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きみは天性の女優だ!天才だ!と言われ、辺境伯に一年間の契約結婚を申し込まれた悪役令嬢(?)は、輝く貴婦人の星となる☆  作者: 櫻井金貨


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第7話 ご紹介しますわ……辺境伯閣下です

 ふう……。


 アリスリンデは、広々としたマグリット夫人のサロンのあちこちのテーブルで、楽しそうな会話が続いているのを横目で見つつ、そっと立ち上がった。


 壁際で控えていた侍女のノアがそっと寄ってくる。


「アリスリンデお嬢様」


 アリスリンデはささやいた。


「ちょっと気分転換に。お化粧室に行ってくるわ」

「お供いたします」


 そうノアが答え、二人が歩き出した時だった。

 アリスリンデは、サロンの入り口近くで、まるで隠れるように一人そっと立っている一人の令嬢に気がついた。


 貴族令嬢らしい、柔らかな金髪。温かみのある、青い瞳をした令嬢だ。

 すらりと伸びた手足をして、女性にしては身長が高い。

 淡いブルーのシンプルなドレスが、清楚な雰囲気の彼女によく似合っている。


 令嬢はお茶会の雰囲気に戸惑ったように立ち尽くし、空いている席に座ることができないでいるように見えた。


 たしかに、これだけの規模のお茶会は珍しい。

 まるでパーティのように、自由着席制になっていて、テーブルを選ぶのも少し気を遣うだろう。


(素敵なご令嬢。ドレスはシンプルなデザインだけれど、すごく質がいいものだわ……どなたかしら)


 そう思ったアリスリンデは、そういえば王妃殿下のお茶会で見かけた金髪巻き毛の令嬢にも見覚えがなかったことを思い出す。


(だめね。貴族年鑑をもう一度見直さなければ)


 そう思いつつ、アリスリンデは声をかけてみることにした。

 まるで人の輪からわざと外れるようにして立っている姿が、気になったのだ。


「あの……。失礼ですが、大丈夫ですか? よろしければ、ご一緒に座りませんこと?」


 そっとアリスリンデが声をかけると、令嬢は慌てて振り返った。

 そして目の前に立っているアリスリンデを見ると、大きく青い瞳を見開いた。


「あ……! あなたは、朗読をなさった……ハノーバー伯爵令嬢……!」


 アリスリンデは苦笑した。


「えぇ。お恥ずかしいですわ。素人なのに、皆様の前でご披露するなんて」

「いいえ……! 本当に素敵でした。本物の女優さんにも負けませんわ。わ、わたくし、実は王妃様のお茶会で少しだけ朗読を聞いていて、今日はちゃんと聞いてみたいと思って、まいりましたの」


 そう言うと、青い瞳の令嬢は、顔を真っ赤に染めた。


「と、とても素敵でした……」


 令嬢の声は意外にもハスキーボイスだった。

 そのほっそりとした体といい、どこか中性的で、まるで妖精のようにも見える。


 アリスリンデも顔を赤くすると、近くにあったテーブルを指した。

 小さなテーブルで、誰も座っていなかった。


「あちらのテーブルが空いていますわ。もしよろしかったら、少しご一緒しませんか……?」


 しかしアリスリンデの言葉を聞くと、令嬢はまるでバネ仕掛けの人形のように体を震わせた。


「あ、あ、あの。とても嬉しいのですが……わたくし、もう帰りませんと。きっと、侍女が心配してしまいます」


 最後の方はもう声が小さくなっていき、令嬢は困ったようにうつむいてしまった。


「まあ、それはいけませんわ。お引き止めして申し訳ございません」


 アリスリンデは軽やかにそう応じると、微笑んだまま挨拶をする。


「今日はお会いできて光栄でした」


 もしかしたら、何か事情があるのかもしれない。

 アリスリンデはそう言って、令嬢を困らせないようにいったんサロンの外に出ようとした。

 その時。


「あ、あの! 朗読……本当に素敵でした」


 背後で小さな声がした。


「クリスタルローズ嬢は、困難な状況にもひるまず、立ち向かう。とても素敵な令嬢だと思いました。わ、わたくしもいつかそのようになれたら、と。そんなことを———思いました」


 アリスリンデの金色の目が見開かれる。


「え……」


 そうしてアリスリンデが振り返った時だった。


「アリスリンデ嬢、ちょっとこちらへいらして……まあ、ご覧なさいな。珍しい方がいらっしゃったのよ?」


「はは。義母が伺えないというので、代わりにご挨拶をと頼まれていましてね!」


 令嬢達が笑いさざめくサロンに、まるで雷のように、野太い声が響き渡った。


 その声に、青い瞳の令嬢はアリスリンデに軽く会釈をして、そのままするりとサロンを抜け出して行ってしまった。


 マグリット夫人が、手を振っている。

 その傍らには、とても体格のよい男性が一人、立っていた。

 いや、体格がよいどころか、一言で言えば、大男だ。


「アリスリンデ嬢、この方、いつも領地に詰めていらっしゃるから、お会いになったことはないかもしれませんわね? ご紹介しますわ、シュタイン辺境伯閣下です」


 アリスリンデは思いきり首を傾け、目の前の大きな体の男性を見上げた。

 そっとドレスの裾をつまみ上げ、カーテシーをする。


「アリスリンデ・ハノーバーでございます」

「ガンター・シュタイン(です)」


「…………」

「…………」


 辺境伯というからには、武人。

 辺境伯領を治め、国境最前線で、国の安全を守る、そんな国家の重鎮がこの男性なのだ。


(たしかに、実際にお会いしたことはないわ)


 そう思ってアリスリンデがじっと観察すると、たしかに鍛え上げられた、人並外れて大きな体に、華美なところのない、まさに質実剛健といった黒の騎士服を着込んだ男性である。


 しかし、思いがけず、シュタイン辺境伯は、若かった。

 青年、というには無理があるが、若い男性。

 日にやけた、がっしりとした首から続くたくましい肩。

 少し伸びてしまった薄茶色の髪は首の後ろで結んでいる。


 顔は簡単に言えば、ゴツい。

 引き締まった口もとも相まって、一見、怖そうに見える彼だったが———まるでやんちゃな少年のようにぴょこんと跳ねた、後ろ頭の髪に、アリスリンデは気がついた。

 それに、よく見れば人のよさそうな、ヘイゼルの細い目は妙な愛嬌がある。


 アリスリンデがついつい、じっとガンターを見つめていると、ガンターはどことなくそわそわし始めた。


 しかし、見つめたといっても、時間にすれば十秒にも満たない。

 アリスリンデが困惑していると、ガンターは突然「それでは、これで!」と叫び、ぎこちない仕草で歩いて行ってしまった。


 これで! も何も、社交的な会話はおろか、お互いに名前を名乗っただけである。


「ガンター様! どうなさったのですか!? ご令嬢に対して、あまりにも愛想がなさすぎですよ……っ!」


 侍従らしき男性はアリスリンデに一礼すると、あわててガンターの後を追いかける。


「…………」


 呆然としてガンターを見送ったアリスリンデは、まさかこの時、またこの男性と再会することになるとは、思ってもいなかった———。


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