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きみは天性の女優だ!天才だ!と言われ、辺境伯に一年間の契約結婚を申し込まれた悪役令嬢(?)は、輝く貴婦人の星となる☆  作者: 櫻井金貨


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第6話 朗読に心がこもる時

 そうして迎えたマグリット侯爵家でのお茶会の日。


 宰相夫人のお茶会ということで、侯爵家のタウンハウスには、高位貴族の夫人や令嬢達を中心に、そうそうたる面々が集まっていた。


 人数だけで言ったら、先週のイングリッド王妃のお茶会よりもはるかに多い。

 そんな中、少し緊張した面持ちで、アリスリンデはサロンの中央に立っていた。


 マグリット宰相夫人に渡されていた本は、やはりというか、同じものだった。

『悪役令嬢と運命の恋〜これは、真実の愛が生んだ、信じられない愛の物語〜』。


(またこれ!? 王都でまさかそんなに流行っているとは……)


 アリスリンデはもはやあきらめの境地で、本を開いた。


 イングリッド王妃のお茶会では、ヒロインであるクリスタルローズが聖女クラリスに殺されるシーンを朗読させられたが、今回、宰相夫人に指定されたのは、クリスタルローズが生き返るシーンだった。


「時が巻き戻ったのよ。聖女クラリスに殺されたはずのクリスタルローズは、初めて義兄であるアクセルロッドと出会った十四歳の夏に戻るの———」


 そう言って頬をかすかに染めて本のページを開いたマグリット夫人は少女のようで、悪意などないことはよくわかった。


「精一杯やらせていただきますわ」


 アリスリンデは落ち着いた声で、そう言ったのだった。

 そして今、アリスリンデは、宰相夫人のサロンの中央に立っている。


 いつものように、体の線を過度に見せない、控えめなドレス姿だ。

 しかし今日のドレスは赤みのない淡い紫色で、温かな光をたたえる真珠のネックレスを付け、とても優しい印象に仕上がっていた。


 本の中で、少女だったクリスタルローズが着ていたのが、瞳の色に合わせた、紫色のシフォンを重ねたドレスに、真珠と水晶のネックレス。


 アリスリンデは渡された本を読み、ヒロインであるクリスタルローズの悲しみと喜びを知った。

 彼女の物語を読むために、そっとクリスタルローズを思わせる装いを選んだのだった。


(絶世の美女であるクリスタルローズは、黒髪に紫色の瞳。……わたくしは地味だ、暗いと言われる黒髪の令嬢だけれど、同じ黒髪でも、クリスタルローズは華のある令嬢だわ)


 アリスリンデは、彼女を囲むようにして座っている令嬢達を見回した。

 今日は、棘のある視線はない。

 これから始まる朗読をわくわくしながら待っていてくれているようだった。

 アリスリンデは覚悟を決めて、深呼吸をした。


(今だけは、退屈な令嬢、アリスリンデではなく、わたくしは世にも稀な運命に愛された女、クリスタルローズになるの)


 心臓の鼓動が早い。

 ついさっきまで、あれだけ気が重かったのに、今、アリスリンデはどこかふわふわとした高揚感を味わっていた。


「『クリスタルローズは、目の前に現れた、男らしくも美しい、その若々しい顔から目を離すことができなかった。つややかな銀髪をした麗しい青年が微笑みながらクリスタルローズに話しかける』」


 アリスリンデは緊張して早くなる心臓の鼓動をおさめようとしながら読み始めたが、その声はりん、として落ち着いていた。


「『初めまして、クリスタルローズ。私はアクセルロッドと言います。今日からあなたと一緒に暮らします。どうぞよろしく』。


クリスタルローズの目線に合わせて、体をかがめてくれたアクセルロッド。彼の優しい挨拶に、クリスタルローズは心の中で応えた。


(はい、アクセルお兄様。あなたのことはよく存じておりますわ。またお会いできて———よかった———)


アクセルロッドの手が、思わず触れてしまった、というふうにクリスタルローズの頬をなでた。その感触に、クリスタルローズは思わず泣きそうになる。


(大好きなアクセルお兄様。わたくしは、今回、間違えることを許されないのです。わたくしは、生き延びるために、お兄様から離れなければなりません。アクセルお兄様、どうぞ許してくださいませ)


ぱん! と乾いた音が部屋に響く。


……アクセルロッドは驚いて目を見開いた。愛らしい少女からの、まさかの仕打ち。冷たい表情をしたクリスタルローズは、アクセルロッドの手を払い落とすと、眉をひそめて向こうを向いてしまった。長い沈黙の後、アクセルロッドの小さな声がした。『失礼しました、クリスタルローズ嬢』。


アクセルロッドは、クリスタルローズの後ろ姿に向かって、まるで貴婦人にでもするような礼をして、歩き出す。ドアの閉まる音が、妙に長く、長く響いた。


それからしばらくして、クリスタルローズは、ぎゅっとつむっていた目をようやく開き、背後を振り返った。思わず泣きそうになる。閉まったドアは冷たく、よそよそしく、自分の部屋のドアなのに、まるで自分自身を拒絶しているかのように、見えたのだった。


気位の高い、侯爵令嬢。アクセルロッドはそう思ったことだろう。クリスタルローズの胸は痛み、その痛みに彼女はショックを受けた。この時、クリスタルローズは悟る。アクセルロッドから離れることは、思っていた以上に、はるかに、はるかに難しくなるのだと」


 アリスリンデは、長い部分を読み終え、そっと口を閉じた。

 無言で、呼吸を整える。

 最後、クリスタルローズの決意を読む前に、心を落ち着けたかった。


 サロンは、しん、と静まりかえっていた。

 アリスリンデの、抑えようとしても震える声が響いた。

 苦しげに、せつなげに。

 アリスリンデは、クリスタルローズの想いを、自らの声に、乗せた。


「『アクセルお兄様。大好きなお兄様。たとえ、あなたとお話しすることはもう叶わなくとも、わたくしはこれからもあなたを愛し続けます———』」


 ぐす、という音がした。

 あちこちでさざなみのように広がる、すすり泣きの声。


 指定された章を読み終えた。

 朗読は終わりだ。

 アリスリンデは本をそっと閉じた。


(クリスタルローズ。なんて強いんだろう。わたくしは、あなたがうらやましい。あなたは、なんて素敵な———女性)


 万雷の拍手が、サロンに鳴り響いた。


「アリスリンデ様! 素晴らしかったですわ!!」

「アリスリンデ様!! 感動いたしました」

「アリスリンデ様、まさか、いつも落ち着いているあなたから、こんな情感のこもったお声を聞けるなんて———」


「つ、続き! 続きも読んでくださいませ———っ!!」


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