第50話(最終話) 俺がひざまづくのは、世界でただ一人だけ(2)
「お二人ともとても魅力的なのですもの。閣下は、ご自身の誇るところをお示しになり、勇気を持って、率直なお気持ちをアリスリンデさんにお伝えになればいいのでは、と思います」
「俺の、誇るところ……」
「ええ。そして、想いを伝えるのです」
「!!!」
***
そんなキャメロンの応援を受けて、ガンターは王宮から愛馬を走らせ、王都にある辺境伯家タウンハウスのドアを勢いよく開いた。
「アリスリンデ!!」
ガンターの勢いに、玄関に居合わせたフィンが目を丸くした。
「義兄上!?」
「フィン! アリスリンデはどこだ!?」
「はっ、はい!! 朝食の後、義姉上は、寝室のお片づけがあると———」
「寝室のお片づけ、だと!?」
ガンターは蒼白になった。
「まずい!! ついに、夫婦のベッドを処分してしまおうとアリスリンデは———」
「えぇええ!?」
夫婦のベッド、という強烈なワードを聞いて真っ赤になり、混乱するフィンを置いて、ガンターは勢いよく二階へと駆け上がった。
「アリスリンデ!! すまなかった!! 俺が悪い———悪いのはすべて、俺なのだ。120%、俺の罪なのだ———っ!!」
夫婦円満の秘訣は、夫が全面的に謝ることである。
賢い男、ガンターは本能でそう知っていた。
ガンターは彫刻の施された、立派な主寝室のドアに飛びついた。
ば———ん! と寝室のドアを開ける。
すると。
寝室の中央に置かれた、夫婦のベッド。
そのはしっこにぽつん、と一人座っているアリスリンデの姿があった。
「旦那、様……?」
こてりと頭をかしげるアリスリンデ。
その姿が、頼りなげで、寂しそうで。
よく見れば、目尻が赤く、まるで泣いた後のような———。
その瞬間、あまりに鋭い心臓の痛みに、ガンターは「うぐっ!」と声を漏らして胸をつかむ。
これほどの痛みは、いまだかつて味わったことがない。
そのままよろけるようにして、ガンターはアリスリンデの前にひざまづいた。
「だ、旦那様!? 大丈夫ですか!?」
「アリスリンデ! 俺は正直になることにした。こ、このままでは俺は心臓発作を起こしてしまいそうだ———アリスリンデ、あの契約を、終了してもらえないだろうか!?」
契約終了、という言葉を聞いて、アリスリンデはじわ、と目に涙を浮かべた。
そのままうるうるとした金色の瞳で、じっとガンターを見つめる。
「旦那様———」
「え?」
ガンターはきょとんとして、アリスリンデを見つめ返した。
この時、ガンターの頭の中で、ようやく希望的観測が生まれ落ちた。
もし間違っていても、恥をかくのは自分だけである。
ガンターは心を決めた。
決死の覚悟で、言葉をつむぎ出す。
「アリスリンデ、契約終了が、嫌なのか? 俺は———俺は、アリスリンデと、本当の夫婦になりたいと、そう思って、もう一度求婚しようと思ったのだが」
「えっ!?」
アリスリンデも驚いて、まじまじとガンターを見つめる。
ガンターは、アリスリンデの金色の瞳の中に、驚きと、そして安堵を見出した。
「……俺は、少しは、自惚れてもいいのだろうか」
ガンターの顔が、ふにゃっとふやけた。
そして次の瞬間、ガンターはアリスリンデの両手をぎゅっと握って叫んだ。
「俺には……筋肉しか誇るものがなく、筋肉でおまえを守ることしか、できない」
「はい!?」
「だから、全力で!! きみを守るぞーっ!! アリスリンデっ、きみを愛してる———っ!!」
「きゃ———っ!!」
アリスリンデも、びっくりして叫んだ。
ガンターが顔を赤くする。
「お、おかしかったか? キャメロンがその、俺の誇るところを示し、率直に俺の想いをきみに伝えろと言うものだから……俺の誇るところが頭脳でないことはたしかだ。筋肉しか、思いつかなくて。その。間違っていたら、すまない…………」
「ふ」
最初の勢いはどこへやら、どんどん小さくなるガンターの声に、アリスリンデは笑い出した。
「旦那様は、筋肉以外にも、たくさんの、誇るところをお持ちですわ!!」
ひざまづいても大きなガンターだったが、今はアリスリンデの方が背が高い。
アリスリンデはそっと両手を広げて、ガンターの頭をぎゅっと抱きしめた。
ガンターの大きな頭が、ふっくらとしたアリスリンデのお胸に押しつけられる。
「ひゃあああああ———っ!!」
ガンターが絶叫した。
「あ、アリスリンデ! そんなことをしたら、俺はもう後戻りはできないぞ!?」
しかし、アリスリンデはガンターの話など聞いていなかった。
必死になってガンターの頭にかじりつき、ぎゅむっと胸を押しつける。
「うおおおおお———っ!!」
「ごめんなさい……!! わたくしこそ、間違っていました……!! 旦那様の言葉で不安に思ったりして」
「いやアリスリンデ。それは俺の言葉足らずで———いや、信じてくれ、アリスリンデ! 俺がひざまづくのは、世界でただ一人、きみだけなのだ」
その瞬間、アリスリンデの表情がぱっと輝いた。
世界でただ一人。
これ以上の愛の告白があるだろうか?
「旦那様———!」
もはや、アリスリンデの顔には、不安の色はなかった。
照れ笑いをしながら、炎のようなオパールの指輪がはめられた細い指先で、目尻にたまった涙をそっと拭いた。
「いつも守ってくださって、ありがとうございます。旦那様がいたから、わたくしは、強くなれました」
アリスリンデはガンターの額に、ちゅ、っとキスをした。
アリスリンデも赤くなったが、それを上回る勢いでガンターの顔が真っ赤に染め上がっていく。
「ふふ。旦那様ったら……大好きですわ!!!」
(だ い す き だと!?)
ついに、ガンターはトドメを刺された。
ガーン! と頭に響くほどの衝撃を、ガンターは受けた。
(若くて、美しくて、賢くて、まるで本物の女優のようにいきいきと、人々を、いや全世界を感動させる朗読をする才能を持つアリスリンデが!)
(俺がこれ以上ないほど愛する妻が、俺のことを<大好き>と言っているだと!?)
(これはまさに、話に聞く『相思相愛』!?)
(ついに———『相思相愛』の最愛が、俺のもとに———!)
ガンターはアリスリンデの手にそっと口づけると、一瞬、ふわりと彼女を抱きしめた。
それから寝室のドアに体当たりして開け、廊下に転がり出ると、そのまま怒涛の勢いで階段を駆け降りて行った。
アリスリンデの耳に、ガンターの叫び声が聞こえる。
「辺境に戻るぞっ!! 可及的速やかに抱き枕を撤去する!! 全員、すぐ旅支度にかかれ!!」
「はい!?」
混乱する召使い達の声が響く。
アリスリンデは真っ赤になって両手で顔を覆った。
「ああ、気の毒なノックス。きっと、旦那様が何を言っているか、わからないわね?」
アリスリンデはぱっと立ち上がると、寝室の中を歩き回って、自分の荷物を集め始めた。
自分でも現金だなと思うが、その足取りは妙に軽々としていた。
まもなくアリスリンデの侍女であるノアが旅行カバンを持って、寝室に飛び込んでくる。
「奥様! 大変です。すぐ辺境に戻るとのことです。急いで荷造りを始めましょう!!」
一階では、アマリアがお弁当の準備を指示するためにキッチンへ走り、慌てたフィンは急いで馬車を出し、辺境のお土産を持ってコリンヌ王女に会いに行くのだった。
侍従のノックスは辺境への伝令の支度に、馬の準備にと駆け回る。
なぜ人間が大慌てになっているのかわからない犬のドンデとウサギのジャックラビットは、二匹でダンスを踊るようにじゃれまくり、荷造りの邪魔なことこの上なかった。
アリスリンデは自分も階下に降りた方がよさそうだと判断して、階段に向かった。
「アリスリンデ!」
階下に降りてきた愛する妻を見て、ガンターが微笑む。
「続きは、辺境で話そう。俺達の屋敷で。辺境こそ、俺達がこれから暮らす場所なのだから———だが、いいか。心配は無用だ! 俺は、きみを一生離さないのだからな?」
アリスリンデも微笑んだ。
「はい、旦那様!」
シュタイン辺境伯領では、体だけでなく、少々想像力もたくましいが、妻を一筋に愛する若き辺境伯と、いきいきとした朗読を得意とする、賢く優秀な辺境伯夫人の、温かな暮らしが待っている。
契約結婚から始まった、二人。
二人の想いがひとつに重なるのも、もうすぐ———。
♡♡♡ハッピーエンド♡♡♡
完結です!
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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