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きみは天性の女優だ!天才だ!と言われ、辺境伯に一年間の契約結婚を申し込まれた悪役令嬢(?)は、輝く貴婦人の星となる☆  作者: 櫻井金貨


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第49話 俺がひざまづくのは、世界でただ一人だけ(1)

 夜会の翌日。

 シュタイン辺境伯家の王都にあるタウンハウス。

 朝食のテーブルの上には、山のような手紙が積まれていた。


 早朝に配達された王都新聞に『数奇な運命を持った王女、王太子となる。国民に愛される王太子、実は王女だった』『識者解説:王女が王太子となったのは、わが国の歴史上、初めて』という見出しが並ぶ。


 王都劇場は『キャメロン王女物語:史上初の王太子となった王女の、数奇な運命』として舞台化を決定、アリスリンデも『王女の秘密の親友』として物語中に登場するという。

 ついてはアリスリンデの許可を得るとともに、お話も伺いたいのですが、というていねいな手紙が劇場支配人から来ていた。


 王都劇場のパトロンは、マルグリット宰相夫妻。夫人からも手紙が届いている。

 さらに社交界の貴婦人、令嬢達すべてから届いたのではと思われるほどの大量の手紙と、アリスリンデの朗読を聞いたという人々からのファンレターが押し寄せていた。


『アリスリンデ様、ぜひ、当家でのお茶会でも朗読を披露していただけないでしょうか』

『アリスリンデ様、わたくしのお茶会にぜひお越しくださいませ』

『アリスリンデ様の朗読を聞いて、すっかりファンになってしまいました。次はどこで朗読されるご予定でしょうか———?』


「キャメロン殿下のところもすごいことになっているでしょうね……」


 開封した手紙を積み上げ、別の山を築きながら苦笑するアリスリンデの前では、フィンが微笑んでいる。


「えぇ、おそらくは。大変な騒ぎになりましたから。でも、さすが義姉上。見てください。私のところにまで手紙が来ています。誰もが義姉上とお近づきになりたいようです———本当に、私の自慢の義姉上です……!」


 しかし、アリスリンデはフィンが一通の手紙だけを大切そうに手もとに置いているのに気づく。


「フィン様、そちらのお手紙は」


 アリスリンデにめざとく見つけられ、フィンは顔を赤くした。


「こ、コリンヌ殿下からお茶会に招かれたのです……!! たまたま辺境からお土産を持って来ているので、これでお渡しできます。た、たまたまですよ!? 本当に嬉しいです……!!」


「まあ。それは素敵ですわ、フィン様!」


 アリスリンデが思わずフィンと一緒になってはしゃいでいる間、アマリアもまた、せっせと手紙を開封し続けていた。


 アマリアのもとにも『久しぶりにお会いしたいです』『お元気そうなお姿を拝見して、ほっとしました。またぜひお茶をご一緒に』と、お茶会の招待状が山のように届いているのだった。


 一方、テーブルの下では王都に連れてきてもらった犬のドンデとウサギのジャックラビットが、仲良くはしゃぎ回っていた。

 しかし。


 ガンターの姿がない。


 昨夜はタウンハウスに戻った後、夜会での礼を述べるアリスリンデに、「今日は疲れただろう。ゆっくり休みなさい」と言って、アリスリンデの頭をぽんぽんした後、そそくさとどこかへと消えていった。

 そのまま、夫婦の寝室には戻って来なかったのである。


(旦那様、昨夜は勝手なことをしたと怒っていらっしゃらないといいのだけれど———まさか国王陛下に朗読を頼まれるなんて)


 思わず、アリスリンデは不安から眉を下げてしまう。

 いたたまれなくなったアリスリンデは、手紙の山をそのままにして、立ち上がった。


「あの……お義母様、フィン様。ごめんなさい。わたくし……ちょっと、失礼して、寝室のお片づけをしてまいります」


 かすかに震える声。

 元気のない様子。

 突然のアリスリンデの変調に、アマリアとフィンは心配げに顔を合わせた。


「アリスリンデさん、大丈夫? ———お疲れじゃないかしら? 少しお部屋でゆっくりなさったら?」


 アリスリンデはいいえ、と首を振った。


「大丈夫です……」


 朝食室のドアをそっと閉めると、アリスリンデは思い返した。

 ガンターは昨夜、夜会会場で言ったのだ。



『しかし、問題ができたぞ、アリスリンデ。我々はもう一度、この契約について話し合わなければならなくなった』



 アリスリンデははっとして顔を上げた。


(そうだわ。旦那さまは、契約の解消を考えておられるに違いない。だから、昨夜は寝室に来られなかったのよ)


 すとん、と納得してしまったアリスリンデだったが、心はどんどんと重くなる。


(悲しい)


 アリスリンデは炎のオパールの指輪をはめた、左手の薬指を見つめた。


(なぜ、悲しいの……? この契約は、お互いに納得の上。それに———コリンヌ王女はすっかり変わられた。もう、契約上の妻を持つ利点は、なくなったのだわ。ただそれだけのこと。旦那様が契約解消をと申し出られても———けしておかしなことでは、ないのだわ)


 しかし、アリスリンデの胸は苦しくて、目の縁がどんどん赤くなってしまう。


(離れたくない……!)


 アリスリンデは、その時気づいた。


(わたくし、ここにいたいのだわ。旦那様と、お義母様と、フィン様と一緒に。辺境でまた一緒に暮らしたいと———それに)


『アリスリンデ、何があっても、俺は、きみを守る!』


 あんなにはっきりと、旦那様は誓ってくれた。

 そして、誓いのとおりに、行動してくれるのだ。

 有言実行の男。

 まさにそれがガンターだった。


(あ、あんな殿方は、ほかにいないわ———)


 アリスリンデはドレスの裾を両手で持ち上げると、タウンハウスの階段を駆け上がった。

 そして、昨夜、一人で眠った寝室のドアを開ける。


 辺境の屋敷では、律儀なガンターが、侍女が整えたベッドに、いつもそっと大きな抱き枕を忍び込ませる。


 妙に困ったような顔をして。


 でも、今アリスリンデの前に見えるベッドは、そつなく美しく整えられたベッドで、ブランケットの中にこっそりと入れられた抱き枕は、ない。


「…………」


 アリスリンデはふらふらとベッドに向かうと、はしっこにそっと、腰を下ろした。


***



 その頃、ガンターは王宮にいた。


「どういう意味なのだ、ガンター。『妻に改めて愛を誓いたい』というのは」


 カール国王は早朝から王宮を訪れ、大きな体でらしくもなく、しょぼんとうなだれた甥っ子を、不思議そうに見つめた。


「そなた達は似合いの二人ではないか。アリスリンデには、イングリッドが気の毒なことをしたとずっと申し訳なく思っていたが、そなたが付いているのなら安心だと———喜んでいたのだが。私は何かを見落としていたのかね?」


「う」


 ガンターは一言うなったが、何も反論できず、ますますうなだれるばかりだった。


 カールの隣では、父によく似た面ざしのキャメロン王太子が、シンプルなデザインの淡いブルーのドレス姿で、同席していた。


 きちんと結い上げるには少々短い金色の髪を、自然なままにふわりと下ろしている様子がとても若々しい。


 キャメロン王太子が実は女性だったと知った侍女達は、さっそく王家御用達のドレスメーカーにドレス製作を依頼した。


 この優しく美しい王太子を女性用衣料品で着飾らせるという、新たな楽しみが生まれたのである。

 王宮で働く者達は大興奮だった。


 そんな騒ぎの中にあっても、キャメロンのたたずまいは、変わらない。

 母に内緒で作っていたシンプルなドレスを着たキャメロンは、穏やかな表情で年上の従兄の様子を見守る。


「それは」


 そう言って、さすがにガンターは口ごもった。

 いくら実の伯父であっても、一国の国王に、実はアリスリンデとは契約結婚で、契約上、白い結婚を通しているなどと告白はできなかった。


 カールはどう見てもアリスリンデに好感を持っている。

 そんなアリスリンデにこんな契約を強いていると知られたら、ガンターはさすがに居心地が悪い思いをしなければならないだろう。


 最悪、そんな無責任な男に優秀なアリスリンデを任せられるか! と叱られて離婚を迫られたら———。


 ガンターは心の中で、だらだらと冷や汗をかき続けている。


「私にはもちろん、お二人のご事情はわかりませんが」


 その時、女性にしては少し低い、落ち着いたハスキーボイスで、キャメロンが言った。


「お二人ともとても魅力的なのですもの。閣下は、ご自身の誇るところをお示しになり、勇気を持って、率直なお気持ちをアリスリンデさんにお伝えになればいいのでは、と思います」


「俺の、誇るところ……」


「ええ。そして、想いを伝えるのです」

「!!!」


 ガンターはがばっと立ち上がった。


「ガンター?」


「伯父上、キャメロン殿、それではこれにて!!」

「おい!?」


 次の瞬間、ガンターは王宮の中を全力疾走で走り始めていた。

 行き合った人々が、悲鳴を上げて廊下の両端へと体を避ける。


「あいつは。人騒がせなことだ。朝早くから何事かと思えば……」


 カールは深いため息をつく。

 ふふ、とキャメロンは笑った。


「何を悩んでおられるかはわかりませんが、きっとうまくいくと思いますわ」


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