第48話 小さな星
「アリスリンデ、この詩を朗読してはくれまいか?」
カールは力なくそう言うと、アリスリンデに紙を差し出した。
キャメロンが書いた詩は、『星の輝き』という小さな物語だった。
子どもでもわかるようにと、平易な言葉を使って書かれた、おとぎ話。
しかし、苦しみの中から自分の輝きを見つける星の心は、キャメロンの心そのものだった。
カールから紙を受け取ると、アリスリンデは深呼吸をし、心を込めて、詩を読み始めた。
輝きたくて震える、そんな小さな星の気持ちになって———。
「小さな星がありました
たくさんの星々が輝く空で
小さな星は震えています
ここは寒いわ
仲間がいなくて
わたしは寂しい
こんなにたくさんの星々の中では
きっと誰もわたしを見つけることはできないわ
その時ひとつの星が言いました
金色にピカピカ光ればいいよ
他の星が言いました
ううん、真っ赤に光って注目を集めようよ
小さな星は言われたとおりに頑張りました
今日は金色に
明日は真っ赤に
明後日は、銀色に光ったら
きっと仲間が見つけてくれる
でも星々は言うのです
金色だから仲間だと思ったけど違うわ
あなた赤いけど、ちょっと違う
あなたは本当に銀色なの?
小さな星は心を決めて
ありのままの光を出すことにしました
どんなに小さくても
どんなに頼りなくても
これがわたし
わたしは小さい星です
それでも生きています
わたしはわたしの光をただひとつの光と信じて
あなたが輝くように、
わたしも、輝きます」
すすり泣きが聞こえた。
そして、ぱらぱら、と拍手が始まる。
小さな拍手はやがて、割れるような大きな拍手に。
涙は、大きな笑顔に変わった。
大歓声の中で、カールが立ち上がる。
カールはいまだひざまづいたままのキャメロンを、抱きしめた。
「おまえがドレスを着ていようが、キュロットを履いていようが、私の愛する子であることは変わらない。皆の者、紹介しよう」
カールはキャメロンを助けて、立ち上がらせた。
その手を取り、大きく掲げる。
「キャメロン王女だ。改めて、わが国の王太子である」
会場は万雷の拍手に包まれた。
「キャメロン王太子殿下、万歳……!!」
「私達の敬愛するキャメロン王太子殿下!」
「キャメロン王太子殿下、あなたこそがこの国を継ぐお方……!」
アリスリンデも涙をこらえながら、大きく手を叩いた。
コリンヌもフランシーンと一緒に手を叩いている。
満場の拍手は、やがてキャメロンだけでなく、アリスリンデにも向かった。
「アリスリンデ様! 素晴らしい朗読でした!」
「アリスリンデ様、ありがとうございました!」
「アリスリンデ様、こんなに心を打たれたのは、初めてです———」
鳴り止まない拍手。
やがて人々の視線は、キャメロンとアリスリンデに向かう温かな視線から、急激に温度を下げて、青ざめ、険しい表情でカール国王の隣に座る、イングリッド王妃へと向かった。
「……あの方が企んだのよ」
「生まれた御子が女子だったから、男子と偽ったのね」
「王太子殿下がご自身で偽るわけがないわ」
「ずっと、わたくし達を騙していらした」
イングリッドはくちびるを強く噛みながら、ただ無言で人々のささやき声を聞いた。
しかし、ある一言によって、イングリッドの表情は一変する。
「———アリスリンデ様が王妃殿下のネックレスを盗んだなんて」
「今となっては、誰が企みあそばしたのか、一目瞭然というもの」
貴婦人達は扇を口もとにかざしながら、冷たい目でイングリッドを見た。
一人、また一人と氷のような、軽蔑する視線がイングリッドを射る。
同時に、一段低い席を用意されていたセオドアとパネラにも、冷たい視線が注がれた。
「イングリッド」
カールが静かな声で言った。
「アリスリンデをごらん」
カールの視線の先には、貴婦人達に囲まれ、一人ひとりから謝罪を受けるアリスリンデの姿があった。
コリンヌが王族の席から立ち上がり、大広間に降りると、アリスリンデに駆け寄った。
ガンターが誇らしげにアリスリンデに寄り添っている。
「キャメロンも、アリスリンデも。ふたつの小さな星達は、本来の光を取り戻したのだ。イングリッド、あなたの偽りの光は、もはや誰の心にも届かぬ」
「……!!」
「今後のことは、落ち着いてから話そう。今はあなたの部屋に戻りなさい」
カールは立ち上がった。
無言で夜会会場を退出する。
「陛下———!」
必死で声を上げるイングリッドを、キャメロンは静かに立ち上がらせた。
控えていた侍女にイングリッドを託す。
「王妃殿下をお部屋にお連れしてください」
***
夜会会場で音楽の演奏が始まった。
騒ぎも少しずつ落ち着き始めた。
王族の席には今夜の夜会の主役であるキャメロン、それにコリンヌと側妃フランシーンが残り、ダンスを踊る人々を見守っている。
アリスリンデとガンターもまた、初めて二人で手を取り合って、ダンスを踊っている。
心なしか二人とも頬がピンク色で、初々しい。
ガンターはけしてダンスの名手とは言い難いが、アリスリンデに圧迫感を与えないように、アリスリンデが動きやすいようにと心を配っていることが伝わる、そんな微笑ましいダンスを見せていた。
そしてそんな二人の様子は会場中の注目を集めるのに十分だった。
アリスリンデがガンターのリードで、くるりとターンをする度に、会場から温かな歓声が沸く。
アリスリンデは困ったように顔を赤くした。
「アリスリンデ」
ガンターは踊りながらそっとささやいた。
音楽と歓声の中で、アリスリンデは聞き取るのに苦労したけれども。
「アリスリンデ、きみがここまで素晴らしい女優だとは思わなかったよ。きみは見事に、小さな星を演じきったな」
女優という言葉に、アリスリンデは、思わず吹き出した。
そうだった。
すべては、そこから始まったのだ。
シュタイン辺境伯ガンターの、おかしな求婚から始まったのだ。
「『……きみは天性の女優だ! 天才だ! この調子で俺の理想とする強気な妻を演じてほしい!』」
ガンターがプロポーズの言葉を繰り返した。
そして言う。
「しかし、問題ができたぞ、アリスリンデ。我々はもう一度、この契約について話し合わなければならなくなった」




