第47話 キャメロン王太子の告白
「キャメロン! 返事をなさい! なぜ、あなたの控室にアリスリンデなんかがいたのよ!? 何か、たくらんでいるのでは———!?」
王族の控室から、夜会会場まではすぐ近くだ。
廊下を曲がって、会場入り口が目に入っても、イングリッド王妃は叫ぶのを止めなかった。
前方では、入り口を守る騎士が、不思議そうにイングリッドとキャメロンを見つめる。
イングリッドはそれに気づくと、背筋を伸ばし、持っていた扇で口もとを隠した。
「ご苦労様」
キャメロンが穏やかに騎士に話しかけた。
「陛下はもう?」
「はっ!! 先ほどお席に入られました!」
キャメロンはうなづいた。
「それでは、王妃殿下。我々もまいりましょう」
キャメロンはそつのないしぐさで、イングリッドの手を取って、エスコートする。
その様子を会場から見ていた令嬢達が、ほうっと感嘆のため息をもらした。
キャメロンが会場に入ると、人々はいっせいにキャメロンを見て、盛大な拍手を送った。
キャメロンは片手を上げて、歓声に応え、イングリッドとともにホルツフェラー王国の国王であるカールの待つ壇上へと上がる。
イングリッドはカールが座る玉座の隣に設けられた王妃の席に着席した。
玉座から一段下がった席には、セオドアとパネラが並んで座っており、反対側にはコリンヌと側妃フランシーンの姿があった。
「キャメロン」
カールは誇らしげにキャメロンの肩に手を置いた。
「今日こうして、おまえの成人を祝うことができて、父として、また国王として感無量だ。皆の者、こうして王太子のために夜会に来てくれて、心より礼を言う」
キャメロンはカールの前でひざまづき、臣下の礼を取った。
そして、王太子として感謝の言葉を述べる、そのタイミングで、キャメロンは静かに口を開いた。
会場を見渡し、穏やかに、落ち着いて。
人々への感謝の気持ちを込めながら、キャメロンは話し始めた。
「私は今日、皆さんにお話ししなければならないことがあります。皆さんは失望するかもしれません。それでも、私は決めたのです。私は、私の運命を生きると。カール国王陛下、そして愛するお父様、申し訳ございません。私は、王太子ではありません。私は王子ではありません。私は———キャメロンは、女性です」
思いもよらぬ王太子からの言葉に、会場は一瞬の沈黙の後、どよめいた。
「キャメロン……!! あなた、気でも狂ったというの!?」
イングリッドは思わず立ち上がり、絶叫した。
ぽかんとしているのは、第二王子のセオドア。
その隣で、パネラは不思議そうに首をかしげている。
カールもまた、言葉を失っていた。
「キャメロン、おまえは、自分が女性であると、そう言っているのか? それはつまり———?」
カールは口ごもった。
「はい、陛下。キャメロンは、生まれた時から女子でございました」
キャメロンはそうはっきりと言うと、深々と頭を下げた。
「陛下を、そして国民に己れを偽った罪、いかようにも受けます」
キャメロンはそう言って、頭を下げ続けた。
「し、しかし、キャメロン! おまえが仮に本当に女性であるとしても、生まれた時におまえは赤ん坊。どうして自分で性別を偽ることができようか!?」
そう言って、カールは蒼白になって隣に立ち尽くしているイングリッドを見た。
「まさか、王妃。そなたが?」
イングリッドは口を震わせて、しかし何も答えない。
カールはがっくりと椅子に倒れ込んだ。
「陛下っ!!」
カールの様子に、護衛騎士や従者が慌てて駆け寄る。
「ずっと、私をあざむいていたということか———」
呆然としたカールの声に、キャメロンは顔を上げた。
「罰せられるべきは、性別を偽った本人である私でございます。廃太子……、いえ廃嫡の覚悟も、できております」
「そうか……」
会場から悲鳴が上がった。
イングリッドは一歩、カールのもとに近づこうとした。
しかし、凍りついたように動くことができない。
キャメロンもまた、ひざまづいたままで、玉座に力なく体を預けているカールに近寄ろうとはしなかった。
国王の許可がなければ、実の父であっても、触れることはできない。
それは、王国の王太子がその身分を失ったことを露呈したかのように見える。
会場の人々の衝撃がさらに深まっていく———。
その時だった。
「……カール国王陛下に、恐れながら申し上げたいことがございます……!!」
美しく着飾った会場の人々の中から、若い女性の、しかし、りんとした声が響いた。
人々はいっせいに声がした方へと振り返る。
人が引き、ぽっかりと開いた空間に立っていたのは、つややかな黒髪を結い上げ、金茶色のドレスを優美にまとった、一人の貴婦人だった。
彼女は自分を守るようにして立つ、黒の辺境騎士団礼服を着た大きな男を見上げると、安心させるように微笑んだ。
彼らのすぐ後ろには、茶色の、同じ髪色と瞳をした年配の夫人と優しげな様子をした青年が手を取り合って立ち、貴婦人を勇気づけるようにうなづいた。
「アリスリンデか」
カールが弱々しくつぶやいた。
キャメロンもはっとして会場に目をやる。
アリスリンデはゆっくりと国王の前に進み出ると、深い、完璧なカーテシーを見せた。
「もし、陛下のお許しをいただけるのなら、申し上げたいことがございます」
カールは弱々しくうなづいた。
「そうだ。アリスリンデ、だな。———見違えた。シュタイン辺境伯夫人となったのだったな。辺境で、よくやっているか?」
カールの言葉に、アリスリンデはうなづいた。
「はい。辺境伯家の皆様のおかげで、わたくしは元気にしております」
カールもうなづいた。
「それはよかった。アリスリンデ、あなたは長いことセオドアの婚約者だった。家族同然だ。言いたいことがあるなら、発言を許す」
「ありがとうございます」
アリスリンデは頭を垂れた。
そっと、キャメロンから受け取った詩を書いた紙を差し出す。
「陛下、これを。これはキャメロン殿下がわたくしにくださいました。殿下が書かれた詩でございます。どうぞこれをご覧くださいませ」
会場はいまや、しん、と静まりかえっていた。
「ふむ」
カールはアリスリンデから紙を受け取り、メガネをかけて読み始めた。
「それは、殿下が子どものために書かれた詩でございます。殿下は、以前、孤児院を訪問された時に、子ども達の幸せを願って書かれたと話してくださいました。そしておっしゃったのです。誰もが、輝ける社会を築きたいのだと。この詩は———小さな星について書かれたこの詩は、キャメロン殿下の、心です」
アリスリンデは、まっすぐにキャメロンを見つめた。
「わたくしは、キャメロン殿下を、信じます」
ぐすっと鼻を鳴らし、令嬢達がハンカチで目もとを押さえる。
「たとえ女性であっても。殿下なら、きっと夢を実現することができると信じています」
カールは沈黙した。
その長い沈黙の後、言った。
「アリスリンデ、この詩を朗読してはくれまいか?」




