第46話 『C』の告白
「失礼いたします、シュタイン辺境伯夫人」
大騒ぎの夜会会場の外れ。
ガンターとアリスリンデは用意された休憩室で冷たい飲み物を手に、一休みしていた。
自分に呼びかけられた、ていねいな声にアリスリンデが振り返ると、一人の侍女が立っていた。
若い下位貴族令嬢が多い侍女だが、彼女は明らかに年長で、既婚の婦人のように見える。そのたたずまいも静かなものだった。
ガンターもまた気づいてさりげなくアリスリンデに寄り添う中、侍女はそっと白い封筒をアリスリンデに差し出した。
(いつも『C』様が使っていらしたものと同じ)
アリスリンデが中を開くと、小さなカードには一言メッセージが書かれていた。
『この者を信用してください』
アリスリンデはじっと侍女を見つめた。
それから顔を上げて、ガンターに了解を求める。
ガンターもうなづいた。
「わかりました」
アリスリンデがそう言うと、侍女はそっと会釈をして休憩室を出た。
「アリスリンデ。念のために護衛を付けるぞ?」
そう言うガンターにうなづいて、アリスリンデは侍女の後ろ姿を追って歩き出した。
***
夜会会場の賑わいが続いていたが、侍女は会場に向かうことはなかった。
彼女はそのまま廊下を進み、休憩室からも遠くない、控室のドアのひとつを
ためらうことなく開けた。
(ここは)
アリスリンデは驚愕するしかない。
この場所には覚えがあったからだ。
王族のメンバーごとに分かれた、控室である。
国王夫妻、キャメロン王太子、セオドア王子、そしてコリンヌ王女のために用意された、小部屋。
侍女が開けたのは、キャメロン王太子の控室だった。
「これが私がお話ししたかったことです。アリスリンデ嬢」
聞き覚えのある、穏やかな声がした。
白と金。華やかな、夜会用の宮廷服を身に付けた、若々しい姿。
成人を迎えた、今夜の主役。
「———キャメロン王太子殿下」
アリスリンデは、カーテシーをした。
少し長めの金髪を首の後ろでまとめ、リボンを結んだ姿。
母であるイングリッド王妃と同じ色を受け継いだにもかかわらず、キャメロンの青い瞳は優しく、温かな光をたたえている。
すべてを知って改めて見てみれば、マグリット宰相夫人のお茶会で会った、清楚で控えめな令嬢の姿と、ぴたりと重なる。
キャメロンとアリスリンデは、じっと見つめ合った。
「これを」
キャメロンは、一枚の紙をアリスリンデに差し出した。
「これは私が書いた詩です。以前、孤児院を訪問した時に———子ども達の幸せを願って、書いたものです。そして、気がついたのです。これは、私自身の願いでもある。誰でも輝くことができる、そんな社会を作りたい、そう思っているのは、何より私自身」
アリスリンデは渡された紙に目を落とした。
「アリスリンデ嬢、私は今日、夜会の場で、父上と国民に私の秘密を話すつもりです」
「!!」
「父上は———いや、貴族達、そしてすべての国民は、おそらく私に対して怒りを覚えるでしょう。私は廃嫡され、もう、王家に居場所はなくなるかもしれない。それでも」
キャメロンは淡く微笑んだ。
「この詩を書いた時の気持ちを、忘れないつもりです。自分が王太子でも、王子でなくなっても、私は一人の人間として、自分が願う、誰でも輝くことができる社会の実現のために、力を尽くしたいと思いました」
「キャメロン殿下———」
「どうしてかな。あなたに、打ち明けておきたい、と思いました。あなたの朗読を聞いた時に。それは、長年、あなたの孤独な戦いを、間近で見てきたせいかもしれない。あの頃から、ずっと思っていたのです。アリスリンデ、あなたはもっともっと、輝いていていい人だ、と」
キャメロンはそっとアリスリンデの手を取った。
「この詩はあなたに託します。私に何があっても、私からあなたへの友情は、失われることはありません。アリスリンデ、あなたにはガンター殿がいる。もう、安心です」
「キャメロン殿下……!!!」
アリスリンデが叫んだその時だった。
控室のドアが荒々しく開けられた。
「キャメロン。準備はいいわね? 夜会に出る時間ですよ」
そう言って、上機嫌に現れたイングリッド王妃だったが、そこにアリスリンデの姿を見て、表情は一変した。
「アリスリンデ! 何しに来たの!? やはり、おまえが!! おまえは王家の子ども達を破滅させる、恐ろしい女だわ」
険しい表情で目を吊り上げ、自分につかみかかろうとするイングリッドに、アリスリンデは青ざめた。
「母上!!」
キャメロンはイングリッドとアリスリンデの間に割って入る。
「アリスリンデ」
そのままキャメロンはアリスリンデの手をつかむと、無理矢理、控室の外へと押し出した。
「あなたはもう行って。母上は私が相手をするから。———ありがとう、話を聞いてくれて」
「キャメロン殿下———」
一瞬、キャメロンとアリスリンデは見つめ合う。
キャメロンはあくまで優しく微笑むと、静かに控室のドアを閉めた。
「奥様」
アリスリンデは振り返った。
そこには、ガンターが寄越したのだろう、辺境騎士団の騎士、スピノザが待機していた。
アリスリンデはぎゅっとキャメロンの渡してくれた詩を握りしめる。
「旦那様は———」
「はい」
「すぐ、旦那様のところに連れて行って」
「かしこまりました、奥様」
アリスリンデは大切な詩を胸に抱えて、スピノザの後について、再び夜会会場へと向かった。




