第44話 辺境伯家全員集合、夜会に殴り込むのだ!?
「ああ、お返事が来たわ!」
アリスリンデの声は弾んでいた。
謎の『C』と名乗る令嬢との文通は順調に進んでいた。
ついに、キャメロン王太子の成人を祝う夜会の前にお会いしましょう、との手紙が届いたのだ。
『お会いできるのを楽しみにしています』
アリスリンデは、そう手紙の返信に書いた。
隣国であるノルウェグ王国国王エイリークとの一件があってからはや二週間。
コリンヌ王女は無事王都に帰り、ガンターは改めて期間を短縮した遠征を終えた。
いよいよ、辺境伯一家も王都に出発する時がやってきた。
「ノア、これを王都に出してほしいの」
アリスリンデが部屋に待機しているノアに声をかけると、ノアはにっこりとうなづいた。
「アランさんにお願いしてまいりますね」
その時だった。
アリスリンデの書斎のドアをノックする音がした。
ノアが出ると、そこにはアマリアの姿が。
「お義母様」
ノアが声をかける前に、アリスリンデは嬉しそうに立ち上がった。
「アリスリンデさん、お忙しくはないかしら?」
気を使ってくれるアマリアに、アリスリンデはほがらかに否定する。
「大丈夫ですわ。旦那様はお疲れのせいか、お部屋で昼寝をしていらっしゃいますが、わたくし、ちょうど手紙を書き上げたところですの」
「よかった。実はね、夜会のためのドレスが出来上がったの。よかったら今、確認してくださる?」
「まあ!」
アリスリンデは珍しく高い声を出した。
「お義母様のドレスも? フィン様の宮廷服と旦那様の新しい礼服もですか?」
「えぇ、すべて揃っていますよ」
「嬉しいですわ! すぐまいりましょう。ノア、先に手紙をお願い。その後、あなたも階下に来てね?」
「かしこまりました、奥様」
そうしてドレスメーカーが待っている一階のサロンに入ったアリスリンデは喜びの声を上げた。
当初、アリスリンデのドレスだけ作ろう、と言っていたガンターだったが、一家全員で夜会に出席できると知ったアリスリンデがお願いしたのだ。
全員の服を新しくしたいと。
俺の分はいいと繰り返すガンターを説得するのは骨が折れたが、最終的に、ガンターも辺境騎士団長の新しい礼服を作った。
夜会まで、まもなくである。
アリスリンデはサロンの中央に飾られているドレスに近づき、そっと布地に手を触れた。
アリスリンデの金色の瞳が、キラキラと輝いた。
「すごくお似合いになるわ、アリスリンデさん」
アマリアが穏やかに微笑みながら言う。
完成したドレスや宮廷服を運ぶのを手伝っていたフィンも、力強くうなづく。
サロンでドレスを広げ、アリスリンデの反応を見守っていたドレスメーカーのスタッフ達も、弾けるような笑顔だった。
「ふふ。この際ですから、いっそ、領主様にはドレスの仕上がりは秘密にされては?」
スタッフの言葉に、アマリアもいたずらっぽい笑い声を上げた。
「名案かもしれないわ、アリスリンデさん。さあ、ガンター様がお休みの間に、 荷造りを始めましょう!」
***
王都。
ついに夜会当日がやってきた。
ホルツフェラー王宮は、すみずみまで磨き尽くされ、カーテンやじゅうたんは新しいものに変えられている。
惜しげもなく温室の花を飾り、数え切れないほどのランプやロウソクの灯りが灯された王宮は、この上もなく華やかで、幻想的に見えた。
透明なグラスがちりんと鳴り、貴婦人達の贅を尽くしたドレスが、夜会会場を埋め尽くす。
あらゆる色、あらゆる素材のドレスが入り混じり、色とりどりの宝石がさらに光を添える。
そんな中、会場の人々の注目を集めて、ある一家が入場してきた。
上質な黒の礼服をまとった、人並外れて大きな体をした男性が、誇らしげに一人の貴婦人をエスコートしている。
貴婦人はつややかな黒髪を高く結い上げ、首から肩のほっそりとしたラインを見せる、優美な金茶色のドレスに身を包んでいた。
ドレスには全体に、まるで金色の粉を振ったように、キラキラと輝く黄水晶ビーズが無数に取り付けられている。
純白の手袋をした、貴婦人のほっそりとした指先は傍らの男性の太い腕にしっかりと添えられていた。
その手袋の上からはめられていたのが、珍しいファイアオパールであることに気づいた女性達は、ざわめき始めた。
「ご覧になって。なんて見事なドレス……それに燃えるようなオレンジに青と緑が散った、ファイアオパールの指輪」
「イヤリングとネックレスもお揃いですわ。王都でもなかなかお目にかかれないお品ではありませんか……!」
「あの方は、シュタイン辺境伯でしょう!? ———ということは、あの貴婦人は」
その時、顔を上げつつも伏目がちだった貴婦人が、美しく目を見開いた。
珍しい、間違えようのない金色の瞳があらわになる。
「そうよ! アリスリンデ嬢———いえ、シュタイン辺境伯夫人だわ……!!」
「なんて、お美しい———」
「それに、見事な装い。堂々として、本当にご立派ですわ」
ガンターとアリスリンデが通り過ぎると、女性達のささやき声が高くなる。
若き辺境伯夫妻の後には、まだ少年のように見える、顔だちの整った青年と、彼の母親らしい美しい貴婦人が続いた。
二人とも同じ茶色い髪に、茶色い瞳。
優しく、穏やかな表情までよく似ていた。
「ねえ、あれは———もしや、前辺境伯夫人のアマリア様ではないかしら」
「ということは、あの青年は、辺境伯閣下の弟君ということね!?」
「まあ……お珍しいこと。ずっとひっそりと暮らしていらっしゃったのに」
「閣下との関係が良い証拠ではないかしら? だからこそ、ご一家でこうして国王陛下の正式な夜会にいらしたのよ」
女性達はため息をついた。
アリスリンデの金茶色のドレスを引き立てる、ガンターの黒の礼服。
アマリアとフィンは落ち着いた色合いの紺色でドレスと宮廷服を揃えている。
お互いに微笑みを交わしながら会場を歩く四人は、人々の視線を集めた。
「なんてお美しいご一家でしょう」
なんとも華やかな絵面に仕上がり、辺境伯家はすっかり社交界の貴族達に強い印象を残すことになったのだった。
「義兄上、義姉上、すごいですね。皆がお二人の噂をしています」
フィンが顔を赤くして、そっと二人にささやきかける。
「フィン、はしたないですよ」
アマリアがあわててフィンを制する。
「いや、構わない。事実だからな。アリスリンデは素晴らしい。それに今さらだが気づいたのだろう。好きに噂させておけばよい」
「だ、旦那様……」
アリスリンデが困惑して、目の下をちょっと赤くしてガンターにささやきかけると、ガンターはアリスリンデの手をぎゅっと握った。
「フィン、どこぞの男どもがアリスリンデの噂をしているのを聞いたら、俺に教えろ。大丈夫だ、今日もちゃんと剣を持っているからな。いつでもそんな奴らを蹴散らしてやれる」
「旦那様! だめですよ!? それになぜ帯剣を許されているんですか」
ガンターはにやりと笑った。
「それは、伯父上のお許しを得ているからに決まっているだろう? 俺は国の安全を守る辺境伯だからな?」
伯父上、つまりカール・バーデン国王の許可がある、ということなのだろう。
アリスリンデは眉を八の字に寄せて、小さなため息をついた。
「旦那様はお強いのです。剣を使わなくても、十分、大抵の殿方を蹴散らすことができるのでは?」
アリスリンデの可愛い反論に、ガンターは満面の笑顔になった。
しかし、こんなやりとりを見守っていた人々は、辺境伯の満面の笑顔に、ギョッとして後ずさった。
「これは……辺境伯家も、変わりましたな」
「奥方のあの言には、さすがの閣下も全面降伏ですな……!」
「なんて麗しい方々なのかしら」
「辺境伯様の、奥様を見るまなざしをご覧になって?」
「アリスリンデ様も、なんて堂々として」
「本当にお幸せそうですわね」
そんな、微笑ましい空気だったが、ある一言によって、空気が一変した。
「なんだアリスリンデは。相変わらず自分は賢いと思って、小賢しいことばかり言っているのだな!」
全員の目がいっせいに声の主へと向かう。
そこに立っていたのは、金髪巻き毛の令嬢を連れた、セオドア王子———アリスリンデの元婚約者だった。




