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きみは天性の女優だ!天才だ!と言われ、辺境伯に一年間の契約結婚を申し込まれた悪役令嬢(?)は、輝く貴婦人の星となる☆  作者: 櫻井金貨


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第40話 アリスリンデの贈り物

 白く、ほっそりとした指先が、器用に針を操っていく。

 慎重に革を押さえる左手には、オパールの指輪がはめられていた。


 テーブルの上には、色ごとに分けられた水晶ビーズを載せた小皿が並び、銀色の針が慎重にビーズをひとつひとつ拾っていく。


「まぁ、アリスリンデ様、とても美しい仕上がりですわ! 次はこのひもを通して———」

「この大きめのビーズでひもの先を留めましょう」


 暖かな日差しが差し込む、午後のサロン。


 シュタイン辺境伯家の屋敷では、定例となった婦人会が開かれていた。


 アリスリンデは鹿革を使った、しなやかな小袋を注意深くひっくり返して、その仕上がりを見つめる。


 テーブルを囲んだ婦人達も体を伸ばして、出来上がりに注目していた。


「……完成したわ」


 アリスリンデがついに言った。


 鹿革の小袋は辺境の男達にとってなくてはならないもの。

 アリスリンデは婦人会の女性達に教わりながら、そんな伝統的な小袋を手作りで仕上げていた。


 袋には湖で取れる水晶をビーズにしたものを縫い込んで装飾にしている。


「黒に金、緑に青」


 女性が一人、歌うように言った。


「ふふ。それに鹿革の袋は、薄茶色ですわね?」


 アマリアも相槌を打つ。


「———ガンター様も、お喜びになるでしょう。秋の遠征の前に出来上がってよかったですわね? ご無事を祈って、出発前にお渡しできますもの」


 アリスリンデは照れ隠しに、出来上がった小袋をくるくるとひっくり返した。


「そ、そんな大したものでは。それで、この小袋は、どんな用途に使われるんですの?」


 革細工の先生役をしている女性がおっとりとして説明を始めた。


「えぇ、それはもういろいろに使われるんですよ。もともとはメディスンポーチと呼ばれています。薬草を入れたり、集めた木の実や水晶を入れたりね。火打ち石や研ぎ石を入れたりもするし」


「町に行くときはお金を入れるわよ」

「ただお守りを入れる人もいるの」


「旅に出るときには、塩と胡椒を入れたりねえ。ほんと、万能なのよ。こうしてベルトに下げてね、いつでも手が届くところにおくのです———」


「わたくしは中に恋文を入れて、恋人に渡しましたわ……それが今の夫ですの」


 きゃ———っという歓声がサロンに響いた。

 アリスリンデは気の良い女性達の話にうなづきながら、ぼんやりとガンターのことを考えていた。


***



 あの、炎の色をしたオパールの指輪のセットを買ってくれた日。

 その日以来、ガンターはあの店で見せたような饒舌さを見せるわけではないが、ふとした時に見せる視線だったり……差し出される手だったりにアリスリンデは何かを感じるのだ。


『……よく寝ているな』


 早朝、抱き枕が中央に置かれた夫婦のベッド。

 大きなガンターの体は、抱き枕の高さをはるかに超え、アリスリンデの視界には小山のようなガンターの背中が広がる。


 朝早くから体の鍛錬を欠かさないガンターは、アリスリンデより早く起きる。

 毛布を引っ張らないように気をつけつつ、そろりと体を起こすガンターは、お約束のように眠るアリスリンデの様子を見つめ、何事もないことを確認する。


 大きくて節張った無骨な指で、そろそろと自分がかぶっていた毛布を引っ張り、アリスリンデの口もとをおおうほどの勢いで、アリスリンデの体を包むのだ。


(…………)


 アリスリンデは目が覚めていても、そんなガンターに遠慮して、寝たふりをするしかない。


 ガンターは毛布にくるまったアリスリンデの背中をぽんぽんしようとして、慌てて手を引っ込める。


『よし、寒くはないな。アリスリンデ、今日もよい日を』


 そうつぶやくと、ガンターは静かにベッドを離れていく。



 そしてある朝のこと。

 朝食室でアリスリンデと一緒に朝食を食べていたガンターは、ふと、壁際に置かれているサイドテーブルに目を留めた。


 そこには白のシンプルな布地に、水色の縁取りを施し、赤やピンク、オレンジ、黄色や青といった色とりどりの糸で花を刺繍したテーブルクロスが掛かっていた。


 アリスリンデの腕前では、まだまだダイニングテーブル用のクロスなどは作れない。

 練習も兼ねて、小さめのテーブルクロスを作ったのだ。


『あの、テーブルにかかっている布の刺繍は?』

『恥ずかしながら、わたくしの刺繍ですわ。婦人会では皆さん、いろいろなものの作り方を親切に教えてくださるのです』


 そう言われたガンターは、細い目をさらに細めて、笑った。

 くしゃりとした笑い顔に、アリスリンデは目を奪われる。


『そうか』


 ガンターは数回ためらった後に、そっとアリスリンデの手を取った。


『この細い指先で、作ってくれるのだな』


 ガンターは指輪を付けていない右手を優しく撫で、オパールの指輪をはめている左手を一瞬、切なげに見つめた———ような気が、した。



「アリスリンデさん?」


 気がつくと、ぼんやりと記憶に浸っていたアリスリンデを、アマリアが心配そうに見つめていた。


「ごめんなさい、大丈夫ですわ、お義母様」


 そう微笑んだアリスリンデを見ると、アマリアは言った。


「ね、アリスリンデさん」


 そう話しかけられて、アリスリンデは何だろうとアマリアを改めて見つめる。

 茶色い髪と瞳をした穏やかなアマリアが優しく続ける。


「あなたほどしっかりとしたご令嬢をわたくしは見たことがありません」


 アマリアは励ますようにようにうなづいた。


「それでも、何か困ったことがあったら、遠慮なくおっしゃってね? わたくしやフィンや———ガンター様を頼ってくださいな。わたくし達、家族なのですから」


「———!!」


 アリスリンデとアマリアは見つめ合った。


「ありがとうございます」


 アリスリンデはそっと言った。


「……素敵な指輪ね?」


 アマリアは微笑む。


「ガンター様も、きっとメディスンポーチを喜んでくださるわ」


 アリスリンデは胸がいっぱいになって、小さな声で「はい」と答えるのが精一杯だった。


 婦人会の女性達は、そんな小さな出来事があったのも気がつかず、それぞれ楽しげに指先を動かしている。

 今日も、美しい手芸作品がたくさん出来上がるだろう。

 シュタイン辺境伯家には、穏やかな時間が流れていた———。


***



 そして迎えた出発の日。

 ガンターは辺境騎士団を率いて、毎年恒例の遠征に出かける。


 アリスリンデの姿も、敷地内にある辺境騎士団の本部前にあった。

 アマリアとフィンもアリスリンデの後ろに立っている。


 遠征という名前であるが、現在どの国ともホルツフェラー王国は戦争状態にない。

 ガンターは隣国との国境線の見回りに向かうのである。

 国境線の中には、湖も含まれるので、湖では船に乗り換えて国境を偵察するという。


「二週間ほど留守にする。屋敷のこと、領地のこと、頼む」


 ガンターの言葉に、アリスリンデはうなづいた。


「はい。旦那様、いってらっしゃいませ。どうぞお気をつけて」


 そしてアリスリンデはそっと、先日の婦人会で仕上げた小袋を差し出した。


「あの……これ。どうぞ」

「!!」


 ガンターの顔色がさっと変わった。

 アリスリンデは一瞬、びく! として、ガンターの動きを見守る。

 ガンターは、こほん、と小さな咳をした。


「……メディスンポーチか。ありがとう———これは、きみが?」

「は、はい。恥ずかしいですが、わたくしが作りました」

「…………!!」


 ガンターはかすかに震えると、そのまま自然にアリスリンデに体をかがめ———おそらく、くちびるにキスをしようとしたのだろう。

 しかし、途中で自分の行動にはっと気づいたらしく、ぎこちなく方向を変えて、アリスリンデの額に、キスを落とした。


「…………」


 それでもアリスリンデは顔を赤くしたが、その時、実はアマリアとフィンはいかにも残念そうな顔をしていた。


「義母上、フィン、留守を頼むぞ。アリスリンデを助けてやってくれ」

「はい。ご心配なく」

「かしこまりました、義兄上!」



 ガンターはベルトに小袋を取り付けると、馬にまたがった。

 きりっと上体を伸ばし、アリスリンデに声をかける。


「できるだけ早く戻る。戻ったら、王都に向かう。義母上にドレスのことは頼んである。彼女に相談して、いいドレスを作るんだぞ」

「はい、旦那様」


 ガンターは出発した。


 ガンターの愛犬であるドンデも同行するという。

 あまりに大きくて、まるでオオカミのようにも見えるドンデは純白の美しい犬だったが、興奮してガンターの周囲を駆け回って、ノックスに叱られていた。


 そんな様子にほっこりしていたアリスリンデだったが、いざ一行が動き出すと、ドンデはまるで別人のように大人しくなり、主人であるガンターの馬のそばにぴたりと位置取る。


 そして、吠えた。


 アオォオ———ン……!


 まさにオオカミのような遠吠えである。


(まあ……オオカミみたい。本当に大型犬なのかしら)


 アリスリンデは手をかざして、ドンデとガンターの姿を追い続けた。

 辺境騎士団の隊列が敷地を出て、やがてその姿は小さくなって消えていった。


「…………」


「アリスリンデさん」


 そっとアマリアが声をかけた。


「そろそろ屋敷に戻りましょうか?」

「あ」


 アリスリンデは立ったままで、騎士団を見送り———どれくらいそこに立っていたのだろうか。

 同じように見送っていた人々の姿もすでになく、アリスリンデは驚いて振り返った。


「体が冷えてしまいますよ」


 アマリアはアリスリンデの手を取って、一緒に屋敷への道を戻り始める。


「奥様……!」


 家令のアランが小走りにやって来た。


「た、大変でございます!! コリンヌ王女様がお越しです……っ!!」


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