第37話 王妃のたくらみ
「うふふふ、セオドア様ぁ……!」
甘ったるく、甲高い声が王宮の中庭に響いた。
まるで平民の若いカップルがデートを楽しんでいるかのよう。
バラの茂みの向こうでは、豊かな金髪巻き毛の令嬢がセオドア王子の腕にしがみつき、反対の手で持っているパラソルをくるくると回してはしゃぎまわっている。
日除けのパラソルは今にもセオドアの頭を突きそうで、二人の後ろに控えている侍女達は、なんとか令嬢からパラソルを取り上げようと苦慮しているようだ。
セオドアは仏頂面で、腕に絡みつく令嬢を引きずるようにして歩いている。
「セオドア様ったらぁ、少しゆっくり歩いてください? わたくし、転んでしまいそう……キャッ……!!」
金髪巻き毛の令嬢はわざとらしくつまづくと、大げさにセオドアに倒れかかった。
セオドアははぁ、とため息をつきながら、令嬢の体を抱き留めた。
「うふん。セオドア様ったらぁ、や・は・り! 頼りになりますね。ありがとうございますっ!」
「———パネラ嬢、くねくねしていないで、少しはちゃんと歩いたらどうなのだ? それにそのパラソル、そんなにくるくる回して、危ないではないか」
金髪巻き毛の令嬢———パネラ・ベルトラン男爵令嬢は、てへっと舌の先をのぞかせると、パラソルを背後の侍女に押しつけた。
「…………」
そんなセオドアとパネラの様子を、イングリッド王妃が自分の部屋の窓から見ていた。
「まあ。あれではセオドア殿下は大変ですわね。あの男爵令嬢ときたら———」
そっと首を振りながら、イングリッドの侍女がため息をつく。
イングリッドは窓から離れると、鏡の前で髪の乱れを直した。
「そうね。おかげでセオドアもすっかり熱が冷めたよう。でもいいのよ。パネラはアリスリンデと婚約破棄させるためだけに、近づけたのだから」
「さようでございましたね。もともと、どんな出自のご令嬢でしたの?」
「パネラ? ああ、あの子は、わたくしの実家の執事の娘よ。娘、といっても召使いに生ませた子どもなの。パネラ自身も、ずっと屋敷で侍女として働いていたのよ。ベルトランの正妻の娘は、親に似ず優秀でね。父に愛想を尽かして家を出てしまったと聞いたわ。だいぶ前のことだけど。それで、パネラを娘として扱いなさい、とわたくしが助言してあげたのよ……あの子、器量だけはいいもの」
イングリッドはソファに腰かけた。
「側妃の子ども達は、二人ともダメね。セオドアは考えが浅くて愚か。アリスリンデの価値もわからない。妹のコリンヌときたら、ヒラヒラのドレスを着て、いまだに従兄のガンター・シュタインを追いかけ回しているわ」
嬉しそうに目を細めると、手にした扇で口もとを隠す。
「もう十六歳よ? さすがに、子どもだからと笑って済ませるのは無理よ。常識がないと思われるだけ。わたくし、コリンヌには好きにおやりなさい、と言ってやったの。あの馬鹿げたドレスもどんどん買えばいいのよ。そうすれば、わたくしのキャメロンの優秀さがますます際立つでしょう?」
イングリッドの笑い声が響いた。
侍女が紅茶をいれて、イングリッドの前に置いた。
「本当に。キャメロン王太子殿下は別格でございますわ。お美しくて、お優しくて、とても聡明でいらっしゃる。これ以上ない存在でいらっしゃいます」
イングリッドの赤いくちびるが弧を描いた。
「そのとおりよ。あの子は———わたくしの、最高傑作なの」
イングリッドの部屋。
赤いバラがあちこちに飾られた部屋の向こうには、こじんまりとしたサロンがある。
そこでキャメロンがピアノを弾いていた。
イングリッドはキャメロンが奏でる音に耳を傾ける。
(万難を排し、キャメロンを王位につけなければ。それこそが、わたくしの最終目標。そのためには、どんなに小さな問題も芽のうちに摘んでおかなければね。そう、アリスリンデ。うまく辺境伯家に取り入ったようだけれど、安心するのは早いわ。あなたはいまだに———邪魔者なのだから)
「イングリッド?」
その声に、イングリッドははっとして顔を上げた。
さっと立ち上がって、カーテシーをする。
「……陛下。ごきげんよう」
イングリッドの部屋にやってきたのは、イングリッドの夫、カール国王だった。
「うん、きみも元気でやっている?」
「えぇ。陛下、お茶を召し上がりますか?」
「そうだね、もらおうか」
イングリッドは侍女に合図をして、お茶の支度を命じる。
カールは穏やかな表情をして、イングリッドの隣に腰を下ろした。
「政務の間に、急に時間が空いてね。きみの顔を見たくなったのだ」
「まぁ、陛下……」
イングリッドは嬉しそうに口角を上げた。
「このピアノは、キャメロンかい?」
「はい」
カールはしばらく無言でピアノの音色に耳を傾けていた。
「いい音だね」
「ふふ。ありがとうございます」
やがてピアノの音が途切れ、しばらくして、キャメロンは別な曲を弾き始めた。
「イングリッド、キャメロンはそろそろ婚約者を決めないといけない」
イングリッドは戸惑ってカールを見つめた。
「……陛下、まだ早いですわ。あの子は体がまだ弱くて……」
「イングリッド」
カールが厳しい声で言った。
「あの子はもう十八歳で、王太子だ。体が弱いという言い訳はもう通じない。やがて王位を継ぐ者の義務はわかるだろう。あの子も、世継ぎをもうけなければならないのだ」
イングリッドは言葉に詰まった。
「ええ。それは存じております、でも———」
「あの、セオドアが婚約破棄をした令嬢は、ガンターと結婚したそうだね?」
「アリスリンデでございますか? えぇ、そう聞きました———本当に呆れましたわ。変わり身が早いと言いますか、どうしても王家と縁続きになりたかったのか———執念ですわね。ガンター様も後で後悔なさらないといいのですけれど———」
「イングリッド。きみがキャメロンを大切に思っているのはよく知っているよ。キャメロンも、とてもいい青年に育った。しかし」
カールはじっとイングリッドを見つめた。
「キャメロンの婚約者は、私が決める。きみのネックレスは、大切に保管しておくことだ。キャメロンの身の回りで、おかしな事件が起こることは、私が許さない」
「……!!」
カールは立ち上がった。
そのままイングリッドの部屋を出ると、ピアノを弾いているキャメロンのもとへ。
父が来たのに気づいたキャメロンは、手を止めて、笑顔で父に挨拶をしている。
イングリッドは震えた。
カールは何か、気づいたのだろうか———?




