第35話 ようやくお買い物へ出発!?
その日、アリスリンデはアマリアとともに、辺境騎士団の訓練を見学していた。
フィンが訓練に参加しているからである。
大きなウサギのジャックラビットも、アリスリンデと並んで座りながら、おとなしくしている。
その後はアマリアとともに昼食を取り、屋敷内を歩き回りながら、冬用のものと交換したカーテンや絨毯などの手入れと管理について教わっていた。
「カーテンや薄手のファブリック類は、屋敷内で洗濯できますよ。でも厚手のもの、ラグや絨毯は外に洗濯を依頼しているわ。手入れの済んだもの、使っていない家具や絨毯は倉庫に置いてありますからね。目録は家令のアランが管理しています。もし新調するものが必要な時は———」
アリスリンデは侍女のノアを従え、手には家政についてのメモを取るノートとペンを持ち、動きやすいエプロンドレスを着ていた。
アマリアは茶色い髪をふっくらと結い上げ、濃いえんじ色の襟が詰まったドレスに、ブローチを付けた落ち着いた装いである。
ふとアリスリンデを見つめていたかと思うと、アマリアは考え考え言った。
「ねえ、アリスリンデさん。辺境での冬は厳しいわ。王都からお持ちになったドレスだと寒いと思うの。まだ秋のうちに一通り必要な衣類を揃えておいた方がいいわ。領地にもお店はありますよ。お買い物に行ってはいかが? 雪が降り始めたら、馬車を出すのも大変ですからね」
アリスリンデは目を見開いた。
「まあ。それは思い至りませんでしたわ。でも、どういったものを揃えればいいのか———お義母様、一緒に行ってくださいますか?」
アマリアは瞬いた。
「そうね、わたくしでもいいけれど———」
そうアマリアが言った時だった。
バタン、と玄関のドアが開き、なぜかどんよりとした雰囲気のガンターが入ってきた。
「旦那様? おかえりなさいませ、どうかなさったのですか? お食事は———」
ガンターは顔を上げて、アマリアと一緒にいるアリスリンデを見つけると、顔をほのかに赤くした。
「いや、大丈夫だ。食事は騎士団に行って食べる———」
そう言ったガンターはアマリアと視線が合った。
ガンターの眉が力なく、へにょ、と下がった。
すると何かを感じたのだろう、アマリアはアリスリンデの肩をぎゅっとつかむと、ガンターの方にぐいぐいと押しやった。
「え!? お義母様!?」
アリスリンデが驚いて振り返る。
「おほほほほ! ガンター様、ちょうどアリスリンデさんとお話ししていたところですの! いいところにお見えになりましたわ! 実は、アリスリンデさんは冬服を十分にお持ちではないのです。ぜひ、お時間のある時に、アリスリンデさんをお買い物に連れ出していただけませんか!? わたくしが言っても、どうも遠慮がちで———」
「え、買い物?」
ガンターの顔色がパッと明るくなった。
「でも、義母様、わたくし、どんなものを買ったらいいのか、わかりませんのよ?」
「大丈夫! わたくしがノアさんに具体的に必要なもののメモを作ってお渡ししておきます! ガンター様、ぜひ、アリスリンデさんをお買い物に連れて行ってくださいませね!?」
「わ、わかった」
ガンターはアマリアの迫力に押されて、即座に了解する。
「明日はいかがですか? ガンター様もお忙しいのですから、今、予定を決めてしまいましょう!」
「わ、わかった」
アマリアはくるりと振り返ると、アリスリンデに言い聞かせた。
「アリスリンデさん、お聞きになりましたわね? 明日は、ガンター様とお買い物に出かけてくださいませ」
「は、はい」
アリスリンデも迫力に押されて、こくこくとうなづく。
その様子を見て、ガンターはゆっくりと息を吐いた。
これで決まった。
ようやく。
アリスリンデに贈り物を買える。
積極的な義母への感謝の念が込み上げる。
義母上、ありがとう……!
ガンターは心の中で感謝し、ひそかにガッツポーズをしたのだった。
***
「「「いらっしゃいませ」」」
ここは辺境伯領で一番大きな町。
意外にもさまざまな店が軒を並べている中に、アマリアが教えてくれたドレスショップはあった。
ガンターはずらりと並んで出迎えたドレスショップの店員に、思わず後退りをしてしまった。
一方、ガンターの腕に手をかけていたアリスリンデは、グッと彼の腕を引いて逃げようとする動きを封じると、にっこりと微笑んだ。
「今日はよろしくお願いね」
アリスリンデの侍女のノアが、アマリアから受け取った詳細なリストを見ながら、店側に注文を出す。
アリスリンデは運ばれてきた品物を検分し、必要なものを選んで行った。
ガンターには侍従のノックスが同伴しており、ノックスが売り場の端にあるソファへとガンターを誘導して行った。
「ええと、ニットの靴下、毛皮の裏打ちをしたブーツ。同じく毛皮を裏打ちしたミトン。毛皮の縁取りをしたウールの上着。同じくロングコート。毛皮の帽子。ウールのデイドレス。それにウールの乗馬服」
アリスリンデはノアの持っているリストを覗く。
「乗馬服もいるの?」
アリスリンデが不思議そうに言うと、店員の女性が、うなづいた。
「ええ。冬の間は、ちょっと庭に出ようとしても雪が積もっていたりしますから。乗馬服は歩きやすくて、いろいろ便利に使えますよ」
「まあ、そうなのね」
「奥様、ちょっとこちらへ。ドレスの丈を確認いたしますわ」
アリスリンデは言われたところに立って、店員にサイズを測ってもらう。
今日の買い物は既製服ばかりだが、体に合わせて細かな調整をしてくれるのだ。
「幅を詰めて、丈は少し出しましょうね。奥様、すらっとしてとてもお美しい体型でうらやましいですわ」
「まあ、ありがとう」
「ドレスのお色はどういたしましょうか? 紺色と濃い茶色があります。奥様はどちらでもお似合いかと思いますが———瞳の色が金色でいらっしゃいますから、濃い茶色の方に?」
「そうねえ」
アリスリンデは思案げに振り返ると、ソファに座って待っているガンターと目が合った。
「アリスリンデ。サイズが合うのなら、両方買うといい。着替えは必要だから」
「!!」
「はい、領主様。では、両方、お直しをいたしますね? それから、このコートとお帽子なのですが、赤色でお揃いのデザインがございますのよ。奥様、いかがでございますか?」
「ええと」
アリスリンデが口ごもっていると、ガンターが代わりに返事をする。
「それももらおう」
「はい! 領主様、ありがとうございます!!」
ノックスがドレスショップからたくさんの箱を抱え、荷馬車に積み込んで行った。
ノアはお直しをした品物の納品日を確認している。
「旦那様、今日はいろいろ揃えていただき、ありがとうございました」
アリスリンデははガンターに礼を言った。
「いや。必要なものだからな。遠慮しないでいい。今日は実用的なものばかりだったが、今度は機会を見て、よそ行きのドレスなどもオーダーで作ることにしよう」
「ありがとうございます」
ノックスが荷物を積み終えて振り返った。
「ガンター様、この後はどうなさいますか? お屋敷に戻りますか?」
「うむ。行きたいところがあるのだ。もう一軒、回ってほしい」
「はい」
「アリスリンデ、疲れてはいないか?」
「大丈夫ですわ」
アリスリンデが微笑むと、ガンターはアリスリンデの手を取って、馬車に乗せた。
「もう一軒、付き合ってくれ」
そして一行は、とある店の前へとやってきた———。




