第27話 アリスリンデの辺境暮らし
アリスリンデがアマリアとフィンに出会ったことで、辺境暮らしが動き出した。
日々二人と接することで、ガンターの義母と義弟がとても控えめで誠実な人柄なのがアリスリンデにわかってきた。
(旦那様はどうしてお二人を離れに置いておくのかしら。もっと日々家のことに関わっていただければ、屋敷のことについても、領地についても、力になっていただけるでしょうに)
そんな疑問もアリスリンデの中に生まれてくる。
しかし家族関係というものは、微妙なものだ。特に貴族の家庭では。
アリスリンデは両親に恵まれたが、たとえ親子と言ってもそれぞれの思惑で対立してしまっている家はけして少なくない。
しかし、アマリアがアリスリンデを迎えるにあたって部屋を整えるのを手伝ってくれたのは明白だ。
あくまで目立たないところで、召使い達を助けてもくれている。
(旦那様はとても不器用な方なのかもしれないわ。それにお互いに気を使い合って、遠慮なさっているのでは———)
何より、アリスリンデが離れにお茶を飲みに行く度に、アマリアは家の中のことについて有益な助言をしてくれる。
一方フィンはジャックラビットを飼っている(?)ように、動物好きで素直な青年だった。
フィンはガンターが手配してくれた家庭教師にとても感謝していたし、辺境騎士団の騎士から剣術の教えを乞いたいという希望も持っていた。
(皆、いい人たちなのよね。わたくしは契約結婚の妻に過ぎないけれど、辺境にいる間に、少しでも皆さんのお役に立ちたい)
そんなある日のこと、アリスリンデは侍女長のグレースから、思いがけない話を聞いた。
「お茶会?」
ノアを連れて、屋敷内を回っている時だった。
グレースがにっこりと笑って言ったのだ。
「ええ。奥様、そろそろお茶会を開いてはいかがでしょうか?」
「お茶会ね。どんな方々をお招きするお茶会なの?」
「実は当家では、当主が結婚した際、近隣の婦人達との親睦を深めるためにお茶会を開くのです。堅苦しいところのない、楽しい会ですよ。辺境の気候は厳しく、皆、お互いに助け合うことが普通ですから、顔を知っていると心強いですわ。ぜひ奥様もお茶会をなさっては」
アリスリンデはグレースを見つめた。
(でも……わたくしは期間限定の契約結婚の妻だわ。そんなわたくしでも、いいのかしら……?)
グレースはアリスリンデを励ますように、にっこりとうなづく。
アリスリンデはそれを見て、心を決めた。
「ええ、そうね。ぜひやってみましょう」
***辺境のお茶会***
それから一週間後のこと。
ガンターが昼食のためにノックスと共に屋敷に戻ると、何やら一階のサロンに婦人達が集まって楽しそうな様子であることに気がついた。
よく見ると婦人達は屋敷で働いている者達の家族だったり、近隣の婦人達だったりする。
顔見知りの女性達もいて、ガンターは遠くから会釈を送ってくれるのに同じく会釈を返した。
婦人達は手に手に刺繍などの手芸用品を持っていて、思い思いに座ったグループでお互いに教え合っている様子で、とても活気に満ちていた。
「アラン、あれは?」
「はい、今日は奥様と大奥様が近隣の婦人達を招いて、お茶会を開いておいでです」
「お茶会……」
ガンターにとって、『お茶会』の記憶で新しいのは、黒髪の令嬢が殺される宮廷恋愛小説を同じく黒髪のアリスリンデが読むのを強要された、いわばアリスリンデ吊し上げの『お茶会』である。
(……アリスリンデは大丈夫だろうか?)
ガンターは思い立ってそっとサロンの入り口まで行くと、中を覗いた。
すると大勢の婦人達の間で忙しく動くアリスリンデと、そんな彼女を温かく見守るアマリアの姿が見えた。
(義母上も一緒だ。そういえば、アリスリンデがそんなことを言っていた)
アリスリンデは今日はお客様を招いているということで、いつもよりもおしゃれをしていた。
黄色のごく細いストライプが入った生地で軽やかに仕立てたデイドレス姿で、笑顔であちこちのテーブルに声をかけていた。
明るい色のドレスは、そんな活動的なアリスリンデによく似合っていて、ガンターはつい見惚れるようにして、アリスリンデの姿を追っていた。
「義兄上」
その時、そっと背後から声をかけられる。
「フィンか。久しぶりだ。元気で過ごしていたか?」
ガンターは義弟にうなづいた。
「おかげさまで元気にしております。今日は、義姉上のお披露目も兼ねてのお茶会ということで、母と少々こちらでお手伝いをしております」
「そうか。それはありがたい」
ガンターはそう言うと、フィンをじっと見つめた。
「……背が高くなったか? フィン、今何歳になった」
そう言われると、フィンは嬉しそうに笑った。
「十六歳になりました」
「そうか」
ガンターは思案顔になる。
「家庭教師からは、よくやっていると聞いている。何か希望はあるか? 学びたい学科だったり、興味があることは———おまえは動物が好きだったな?」
フィンはうなづく。
「動物は好きです。今も時々、厩舎で馬の世話を教わったり、牧場で羊やヤギの世話を教わったりしています」
「あのおかしなウサギはまだ飼っているのか?」
「はい! ジャックラビットも元気にしています———でも———あの、義兄上、もし、よろしかったら———」
そう言って、フィンはおずおずとガンターを見上げる。
「そろそろ、剣術の基本を学びたいと、思っていまして。もしよければ———」
「剣術を?」
ガンターは一瞬驚いたようにフィンを見たが、穏やかな表情に戻ってうなづいた。
「たしかに、辺境伯家の男として、ある程度は剣術を身につける必要はある。考えさせてくれ」
「ありがとうございます」
フィンがほっとして頭を下げた時だった。
興奮した女性達の声が廊下にも聞こえてきた。
「あの……!! 奥様は朗読がとてもお上手だと聞きました……! 王都では何度も朗読を披露されたとか———王妃殿下の前でも……!」
「ええ。わたくし達にも、少し朗読を披露してくださいませんか……?」
まあっと拍手が沸き起こる。
ガンターが興味を引かれてサロンを覗き込むと、顔を赤くしたアリスリンデがアマリアと何か話しているところだった。
アマリアはアリスリンデに何か言うと、安心させるように、肩をぽんぽんと叩いた。
それから部屋に控えている侍女にすばやく言いつける。
侍女はしばらくすると、一冊の本を持って戻ってきた。
「『ジャックラビットの恩返し』ですね。この地方では有名な子ども向けのお話です。私が小さい時、よく母上が読んでくれました———」
フィンがガンターにささやく。
アリスリンデは受け取った本をパラパラと見ると、気持ちを込めて、本を読み始めた。
「『昔々あるところに、大きいな茶色い毛皮のウサギが住んでいました。ウサギは大きくて、子どもくらいの大きさがありました。ウサギの名前は、ジャックラビット。ジャックラビットは、嘘が大嫌いな、正義感あふれるウサギです。あなたが人や動物に親切で、自分の心に正直に生きるなら、困った時にはきっとジャックラビットがあなたを助けてくれるでしょう———これは、そんなジャックラビットのお話です』」
物語は王都から一人の少年がやってくるところから始まり、慣れぬ土地での暮らしの中で頑張り、やがて自分の居場所を見つけていく物語。
「『都会で暮らしていた少年は、ある日怪我をした不思議なウサギと出会います。
やがてジャックラビットと名付けたウサギと共に、少年は辺境での暮らしに楽しさを見つけ、やがて立派な青年に育っていきます———』」
読んでいくうちに、物語に引き込まれたのか、アリスリンデの表情がどんどん明るくなっていった。
あっという間に第一章を読み終わると、サロンに座る女性達から大きな拍手を受けたのだった。
アマリアが立ち上がって、そっとアリスリンデを抱きしめる。
「アリスリンデ様、とても素敵な朗読でしたわ」
「ありがとうございます———楽しい物語で、この先がどうなるのか、気になりますわ」
アリスリンデがそう言うと、アマリアは本を抱えているアリスリンデの手をぽんぽんと叩いた。
「どうぞこのご本をお持ちくださいな。飽きるまで手もとに置いていてください。これ、フィンが小さい頃のお気に入りの本なのです。辺境の美しい景色も挿絵になっています。ぜひ、最後までお読みになって」
ガンターが見ていると、アリスリンデの表情が明るく輝いたのが見えた。
まるで子どものように胸の前でしっかりと本を抱えたアリスリンデを、女性達は微笑ましそうに見つめている。
いつの間に、アリスリンデはアマリアやフィン、それに屋敷の者達、近隣の女性達とこんなに心を通わせていたのだろう。
(俺が知らない間に、アリスリンデはこんなにも頑張っていたのか———)
ガンターは隣でフィンが自分を見つめているのも忘れ、サロンで女性達と温かく交流するアリスリンデの姿から、目を離すことができなかった。




