第25話 懺悔(ざんげ)のはずが話が弾む二人?
「アリスリンデ?」
ガンターはアリスリンデを彼女の部屋の衣装室で見つけた。
「旦那様? おかえりなさいませ」
アリスリンデは腕にドレスを抱えて、振り返った。
侍女のノアも一緒だ。
「失礼いたしました。ノアと一緒に、衣装室の整理を少ししてましたの。手持ちの服を確認しておこうと思いまして」
「そうか。もし必要な服があれば、自由に購入するといい。後でグレースに言っておこう。彼女がドレスメーカーを手配してくれる」
「ありがとうございます」
「アリスリンデ様、あとはわたくしがしておきますわ」
ノアの声にうなづいて、アリスリンデは衣裳室を出た。
「その、昨夜はすまなかった……」
ガンターが言うと、アリスリンデは首を振った。
「しかも今朝、コリンヌ王女が来たらしいな。重ね重ねすまない。その辺りも含めて、少し二人で話さないか? ノックスが中庭にお茶を用意してくれている」
アリスリンデは微笑んだ。
「中庭で? まあ、素敵ですわね。ありがとうございます」
ガンターが恐る恐る腕を差し出すと、アリスリンデはその細い手でガンターの腕を取った。
そのまま無言で、二人は中庭に向かった。
その日はポカポカとした太陽の光が降り注ぎ、秋も深まる辺境の地も、気持ちよい陽射しに恵まれていた。
中庭のガゼボには、ガンターが言ったとおり、お茶の支度が整っていて、グレースがていねいにお茶を入れてくれた。
ノックスの母が持たせてくれたワッフルも温め直して、お皿の上に並べられていた。
「ご用がありましたらお呼びくださいませ。ごゆっくり」
そう言ってグレースが立ち去っていく。
ガンターはごほん、と咳をひとつした。
「失礼」
「いいえ」
「まず、昨夜のあれは……すまなかった。俺が悪い。レディに恥をかかせるつもりはまったくなかったのだが」
「いいえ、こちらこそすみませんでした。白い結婚なのは、お互い承知のこと。あのような格好で失礼いたしました」
「いや、侍女達が用意したのだろう、それはわかっているのだが———」
「?」
あなたがとても美しくて。そんな言葉はモゴモゴとガンターの口の中で消えていった。
アリスリンデは、ふわりと微笑んだ。
「ご心配なく。こちらは大丈夫ですわ。朝方の王女殿下のご訪問で、それどころの雰囲気ではなくなりましたの。皆さん、てんやわんやの大騒ぎでしたわ。もちろん、わたくしもまだナイトドレスのままでお茶を飲んでいるところでしたので、王女殿下には失礼してしまいました」
「すまない。その、コリンヌのことなのだが———。彼女とはイトコで。セオドアもそうだが、あいつらが小さい時からの付き合いなのだ。それがどういうわけか、コリンヌが俺のことを追いかけ回すようになり、どうしても結婚したいと言う」
「!!」
「アリスリンデ、セオドアと婚約している間、コリンヌと接したことは?」
アリスリンデは思案顔になった。
「……ほとんどありませんわ。王妃殿下のご方針で。セオドア様以外との接点はほとんどなかったのです。なかなか表に出られないキャメロン王太子殿下はもちろん、王女殿下や、フランシーン側妃殿下とも、ほとんどお話ししたことはありません。すべて、イングリッド王妃殿下が決めていらっしゃって」
「そうか。まあ、コリンヌはあんな感じの女性なのだ。あれはあれで、小さい頃は可愛かったのだが……十六歳であれでは。唯一の王女として、甘やかされてしまったのか」
アリスリンデは特に言葉を返すことなく、ガンターの話をじっと聞いていた。
「まあ、それでなぜか俺と結婚したいと何度も王都のタウンハウスはもちろん、この屋敷にもやってくるし、贈り物をひんぱんに届けてくるようになったのだ。言い聞かせてもだめだし、俺はもちろん、家令のアランもほとほと困ってしまって」
「なるほど……それで、結婚してしまえば、王女殿下も諦めるだろうとお考えになったのですか?」
「そうなんだ。だが相手は年若くとも、一国の王女。その辺りの令嬢ではどうしようもない。そこで———」
「王子の元婚約者で、王子妃教育も受けたわたくしならよいだろうと?」
ガンターは黙った。
「すまない」
いさぎよく頭を下げるガンターに、アリスリンデはあわてて手を振った。
「旦那様、頭を下げないでください! お気になさらず。お互い納得しての、契約結婚ですわ。旦那様が契約をとお考えになった理由もよくわかりました。王女殿下の件も、これも辺境伯夫人の業務のひとつとして考えますわ」
ガンターはふうっと息を吐いた。
「そう言ってくれると助かる。実はコリンヌはアランやグレース、屋敷の者達に評判があまりよくないのだ。アマリアとフィンのことも下に見て、あからさまに態度が悪かったと聞いている」
アリスリンデは静かにガンターを見つめた。
「一度は、俺もコリンヌを妻にすることについて考えた。辺境伯夫人として迎えるのに、王女はもったいない身分だ。王家と縁続きになることに益を感じる方が普通だろう。しかし俺は領地の者や家族を大切にしない者を妻として娶ることはできない、と思った」
「旦那様、アマリア様とフィン様は、前辺境伯閣下の———」
ちょうどいいタイミングだった。
アリスリンデは気になっていた。ガンターの義母と義弟について、思いきって尋ねることにした。
「アマリアは養父———前辺境伯の後妻だ。子どものいなかった前辺境伯夫妻はカール国王陛下の弟の子だった俺を養子にして育てた。その後、父は夫人に先立たれ、アマリアを後妻として迎え、フィンが生まれた。アマリアは」
ガンターはお茶を飲みながら、ゆっくりと話す。
「いい人なのだ」
ガンターは言った。
「ただ、とても控えめな女性で、外に出ることを好まない。おそらく、男子であるフィンを産んだことで、俺の辺境伯位の継承に万が一にでも問題が生じてはと、そう思ったのだろう。なにせ、フィンは父の実子だからな」
「まあ……」
「父の死後、家のことは俺に一任してくれている。自分自身はフィンとともに離れに移って、ひっそりと暮らしているのだ。食事も、一緒に取ることはない。そんなに遠慮する必要はない、と何度も言ったのだが———」
「まあ。それでは、旦那様も、お義母様に何もこだわりはないのですね?」
「ない」
「それでは、わたくし、アマリア様とフィン様にもご挨拶をしたいのですが、構わないでしょうか?」
「もちろん、構わない。きみの思うようにやってくれて構わない。きみが辺境伯夫人なのだ。アマリアも同じ女性の話し相手がいたら、嬉しいだろうと思う」
アリスリンデはうなづいた。
「わかりました」
そしてアリスリンデもそっとお茶の入ったカップを持ち上げて、その香りを楽しむ。
「それにしても、王女殿下は、すごかったですわ……」
アリスリンデは思わずぼそりとつぶやいてしまう。
「本当なら、わたくしの義妹になるはずでしたね。でも、セオドア殿下の隣には、あの男爵令嬢がくっついていましたし。殿下には婚約破棄をされるし。本当に、王家に関わるとロクなことがありませんよね。よくわかりますわ」
ガンターに共感して、そう、美しいしぐさでお茶をすすりつつ、あくまで淡々と愚痴るアリスリンデだった。
ガンターはそんなアリスリンデの姿に、ぷっと吹いてしまう。
「アリスリンデ、きみは面白い人だな。そうだ、ひとつ質問があるのだが」
「? 何でしょうか? はい、どうぞ遠慮なく」
「あなたは、犬は好きか? 特に、大きな犬なのだが———」
突然変わった話題に、アリスリンデは首をかしげた。
「犬でございますか? 大型犬というと、よく牧場で羊を追っているような、白い大きな犬のような?」
「それは牧羊犬だな。うん、それくらいの大きさの犬だ」
「家では飼っていませんけれど、以前、おじいさまの家で飼っていましたわ。はい、わたくし犬は好きです」
アリスリンデの言葉を聞くと、ガンターは思わず身を乗り出して、グッとアリスリンデの手を握った。
「!?」
「そうか! じゃあ、屋敷内に犬がいても構わないか!? 実は俺は犬を飼っているのだが、ノックスが『ご婦人は大きな犬は怖がるのでは』なんて言うから、厩舎に預けているんだ———もしあなたが構わないなら、屋敷に戻したいんだが」
アリスリンデはガンターの勢いにびっくりした。
「はい。もちろん、大丈夫ですわ」
その言葉にガンターは嬉しそうに目を細めた。
そして声を落としてささやく。
「……アリスリンデ、王都では、部屋の中で飼う女性向きの小型犬を『お座敷犬』と呼ぶんだ。コリンヌはそんなお座敷犬が大好きなんだ。白くて、ふわふわで、ヘアカットの必要な犬! 俺は大型犬が好きなんだ! 外を元気に走り回るような。コリンヌのような女性が辺境で暮らしていけるか? 辺境には犬の美容院なんてないぞ? ここでお茶会を開いたって、羊しか来ないぞ!?」
(旦那様、羊は嘘ですね。それに旦那様、なんだかんだと犬が大好きなのね。犬の話にとても熱心だわ)
「アリスリンデ、この後一緒に、ドンデを迎えに行こう!」
ガンターはそう叫ぶと、驚いているアリスリンデを連れて、いそいそと中庭を歩いて行った。
しばらくして、大好きなご主人様を見つけた大型犬が喜びのあまり駆け回る音が周囲に響いた。
「わぁ〜、ドンデ!! やめろっ! アリスリンデがびっくりしているじゃないかっ!」
「いえ、大丈夫です、旦那様。大丈夫……きゃあっ!!」
「ドンデ、アリスリンデの顔をなめまくるな!! アリスリンデ、大丈夫か!?」
「え、えぇ、だいじょうぶれす……」
「———ノアさん、そろそろガンター様達を助けに行きますか?」
「ええ、さようでございますね、ノックスさん」
犬と戯れる主人夫妻の様子を遠目から見守っていたノックスとノアは、大きなため息をついたのだった。
辺境伯夫妻のティータイムは、大成功———かもしれない??




