第23話 王女は突然に(2)
コリンヌは朝食室に、大量のお菓子を前にして、ちょこんと座っていた。
肩にかかったストロベリーブロンドのふわふわした髪をいらだった様子で後ろに払うと、ドレスの胸もとからずらっと並んだたくさんのリボンが、ヒラヒラと揺れた。
「遅いじゃない。王女を待たせるなんて、言語道断よ。大体、わたくしは昔からあなたのことが嫌いなの。どうしてセオドアお兄様があなたなんかと婚約していられたのかしらね。パネラ嬢は身分こそ低いけれど、なかなか見込みがあるわ。王妃殿下も気に入っていらっしゃるの。あなたなんかと違ってね」
ふふん、という表情でコリンヌが顎をくいっと上げると、薄い胸がくねくねっ! と動いた。
「さようでございますか」
「何よ、悔しくないの!?」
「まあ。わたくしにはもう関係のないことでございますので」
アリスリンデはコリンヌの話に付き合っているのか、付き合っていないのか、熱のない返しを続けていた。
しかし、コリンヌとしてはなんとかアリスリンデをやり込めないと、気が済まない。
くちびるを噛みながら必死で考えて、ネックレス事件を持ち出した。
「パネラ嬢の、あの事件ね。もう解決したから。王妃殿下が『ネックレスも戻ってきたし、これ以上誰かを咎めるつもりはない』とおっしゃってね。まあ、そもそもパネラ嬢は訳もわからずネックレスを受け取っただけだから、当然無罪よ。あなたも感謝しなさいよ? 王妃殿下がそうおっしゃってくださらなければ、あなたの身の上だって、どうなったことか。まったくネックレスを盗むなんて———」
「お言葉ですが、わたくしは正式に調査をされた方がいいと思っています。わたくしはネックレスを盗んではいないのですから」
アリスリンデがそう言うと、コリンヌは目を剥いた。
「なんですって……!? 呆れた! あなたって人は」
「呆れるも何も、それが事実です。これはわたくし個人だけの問題ではありません。ハノーバー伯爵家として、父は必要な手段を取るでしょう。いえ、取るべきですわ。そうだわ、忘れないうちに、お父様にお手紙で進言しておきましょう」
アリスリンデの言葉を聞いて、侍女のノアがさっと紙とペンをテーブルに置いた。
「アリスリンデ!!」
「それで。本日はどんなご用でいらしたのですか?」
アリスリンデがまったく動じずに、ペンを手に取ってまっすぐコリンヌを見つめると、コリンヌは少したじろいだように見えた。
「あなた……変わったわね。いつもセオドアお兄様の後ろでおとなしくしていたくせに……生意気だわ」
コリンヌの言葉に、アリスリンデは首をかしげる。
「一国の王女殿下のご訪問にもかかわらず、何のお知らせもなし。これは公式の訪問ではありませんね。それにわたくしは殿下を王女として敬っておりますが、もう王子殿下の婚約者ではありません。シュタイン辺境伯夫人です。必要なことは言わせていただきます……己の役割が変わったのですわ。態度が変わるのも当然かと」
「……!!!!」
「本日のご訪問のご趣旨は? 申し上げましたとおり、夫は外出中です。いくら従兄とはいえ、既婚の男性が帰宅するまで、ずっとここでお待ちになるおつもりですか?」
コリンヌは目を大きく見開いて、アリスリンデを見つめた。
まるでガラスのような、コリンヌの緑色の瞳がうるんだ。
「わ、わたくしは、ガンターお兄様を———!」
そう言いかけて、コリンヌははっとして口をつぐんだ。
ふわふわとしたストロベリーブロンドの髪が、かすかに震えている。
突然、コリンヌは真っ赤になって立ち上がった
アプリコットのドレスが盛大にヒラヒラヒラっ! と揺れる。
アリスリンデを見守るようにして、侍女長グレースと家令アランが控えている。
専属侍女のノアも壁際で心配げにアリスリンデを見つめていた。
おそらく廊下のあたりでも屋敷の召使い達が不安げに顔を見合わせているだろう。
つまりは、コリンヌとアリスリンデの会話は、辺境伯家の人間に筒抜けなのだった。
「な、何よ!! アリスリンデ、あなた失礼だわ! これでも、義理の姉妹になるはずだったでしょう!? 少しの親切心もないというの? それに、王女が来たというのに、ガンターお兄様やアマリア夫人が出迎えないのも失礼だわ!!」
「殿下がお越しになったことは、当然、夫に伝えますわ。それに義理の姉妹うんぬんとおっしゃいますが、婚約破棄を命じられたのは、殿下のお兄様です。それとアマリア夫人は前辺境伯夫人。今はわたくしが辺境伯夫人なのです。わたくしの対応に……何かご不満が?」
コリンヌは持っていた扇を両手でぎゅっと絞るように握りしめると、ぷん! と顔を背けた。
アプリコットのドレスが盛大にヒラヒラと揺れた。
「もういいっ!! が、ガンターお兄様にわたくしからの贈り物をちゃんと渡しておいてちょうだい!」
そう叫ぶと、コリンヌは足音も荒く朝食室を出て行ってしまった。
「アラン、お見送りを。それに、贈り物って、何?」
アランは困ったように笑う。
「はあ。王女殿下は見事な白馬を一頭、贈り物だと言ってお持ちになりまして」
「馬」
アリスリンデは呆然としてつぶやいた。
「まあいいわ。とりあえず、殿下のお見送りをしましょう」
「はい」
アランは急いで玄関に向かい、アリスリンデとグレース、ノアも後に続いた。
コリンヌ王女を乗せた立派な馬車が屋敷を離れていくのを、全員で見守る。
つやつやとした毛並みの純白の馬が、王女に取り残されて、さも嬉しそうにヒヒンと鳴いた。
「馬も大変ね」
アリスリンデはぽつりとつぶやいた。
「辺境伯領まで連れて来られて、また王都に帰れとは言えないわ。アラン、白馬は厩舎に連れて行ってあげてください。後で旦那様にご報告しましょう。ところで旦那様はどちらに?」
「はい、心当たりはありますので、すぐ使いを出します。いや、もうこちらに戻られる途中かと思いますが」
「わかりました。任せますね。グレース、悪いけれど朝食室のお菓子を片付けてください。せっかくだから、わたくしもそこで朝食をいただきますわ」
「かしこまりました、奥様」
屋敷の中に入り、朝食室へ戻る途中、屋敷の召使い達がアリスリンデに会釈をして、「おはようございます、奥様」と声をかけてくれる。
心なしか、皆の目がキラキラしていて、好意があふれている。
(まあ、呼び方が変わったわ。わたくし、辺境伯夫人になったのね)
アリスリンデはのんびりとそんなことを思った。




