第20話 結婚式、そして初夜をともに……?
「まあ! アリスリンデお嬢様、とてもお美しいですわ……!!」
「本当に。アリスリンデ様、輝いていらっしゃいますわ」
「ありがとう、ノア。ありがとう、グレース」
昨日届けられたばかりのウエディングドレスは、急ぎの仕立てだったにも関わらず、どこもかしこも完璧だった。
鏡には、つややかな黒髪を緩やかなウエーブにまとめ、小さなデイジーの花飾りがついたベールを頭からふわりと掛け、純白のウエディングドレスに身を包んだアリスリンデの姿が映っていた。
胸の真ん中でキュッと結んだ、シルクタフタのリボンの長い裾がひらひらと揺れて、ドレスに掛かっている。
「さあ、参りましょう」
グレースの合図で、アリスリンデは歩き始める。
結婚式を行うのは、屋敷の一角にあるシュタイン家の礼拝堂だ。
今日はそこに司祭を招いて、ガンターとアリスリンデは屋敷の人々に見守られながら、小さな結婚式を挙げる。
家族の参列がないアリスリンデのために、代父役として、家令のアランがアリスリンデをエスコートしてくれることになった。
「これはこれは。まぶしいほどのお美しさですな。ガンター様も惚れ直すでしょう」
「まあ。ありがとう、アラン」
満面の笑顔で迎えるアランに、アリスリンデもつい笑顔になる。
もちろん、ガンターとアリスリンデの結婚が契約結婚だということは、伏せられている。
心からお祝いを言ってくれるのに、心苦しいこともあったが、アリスリンデはそれをこらえた。
(この結婚は、ガンター様だけでなく、わたくし自身をも救ってくれる……!)
アリスリンデは隣に立つガンターを見上げた。
「……どうかしたか、アリスリンデ嬢?」
今日ばかりはガンターも薄茶色の髪をしっかりと撫で付け、純白の礼服を着込んでいる。
服が白いために、日に焼けたガンターの顔は、さらに精悍に見えた。
「なんでもありませんわ。皆さん、とてもいい方ばかりで。わたくしも今日から、シュタイン家の一員になるのですわね。嬉しいと思いまして」
ガンターはアリスリンデをじっと見ると、そのゴツい顔を和らげた。
「何度も言うが、きみのことは、俺が守る。心配するな」
そうして、ガンターはアリスリンデの頬にそっと手を添えて、顔の角度を変えた。
ガンターの大きな頭でアリスリンデの顔が隠れてしまう。
「あぁ〜あ……」
誓いのキスを見ることができなかった人々が、不満の声を上げた。
実際は、アリスリンデの唇にキスをしていないのを隠すためだったのだが、式に参列した人々は、ガンターが独占欲のためにアリスリンデとのキスを隠そうとしていると解釈した。
温かな拍手が礼拝堂を包む。
「ガンター様、アマリア様とフィン様にまだご挨拶をしていませんわ」
アリスリンデがそう言うと、ガンターはうなづいた。
「おりを見て紹介しよう。二人も参列してくれているよ。ほら、あそこに」
「はい」
アリスリンデもうなづいたが、礼拝堂の中でガンターの義母と義弟を見つけることはできなかった。
「大丈夫だ」
重ねてガンターが言う。
アリスリンデはガンターに手を取られて退場する中、穏やかな気持ちに満たされていることに、自分でも驚いていた。
***
「それでは、奥様。私共はこれで」
アリスリンデへの呼び方が変わった。
結婚式後は、『アリスリンデ様』から『奥様』になったのだ。
侍女長のグレースと、ノアを筆頭に、アリスリンデの専属侍女達は頭を下げて、退出していった。
当主夫妻の主寝室につながる、アリスリンデの部屋には、初夜の支度を整えたアリスリンデが一人残された。
軽い夕食の後、全身を磨き上げられたアリスリンデは、ベージュ色のごく細いリボンがあしらわれた、白のナイトドレス姿だった。
このリボンを引っ張ると、ナイトドレスのえりが広がり、肩から胸もとにかけて開くようになっている。
アリスリンデは、主寝室に続くドアを見つめた。
(さてと。支度ができたからには、向こうに行かなきゃね。なにせ、これからはガンター様の妻。辺境伯夫人になったわけだし、主寝室で休まなければ)
アリスリンデは立ち上がった。
(ここにずっとこうしていても変わらないわ。よし)
部屋を横切り、主寝室へのドアを開ける。
「失礼しま……す?」
アリスリンデが部屋に入ると、そこには同じく侍女達によって身支度されたガンターの姿があった。
なんとなく違和感のある、ガンターのナイトガウン姿。
アリスリンデは目を丸くした。
ガンターもまた、目を大きく見開いて、アリスリンデの姿を見ると、まるで酸素が不足とでもいうように、はぐはぐと口を動かした。
「ガンター様!? だ、大丈夫ですか?」
アリスリンデが近づこうとすると、ガンターはびし!! っと両手を前に突っ張った。
全身を震わせての拒否である。
「!?」
「アリスリンデ嬢、近づかないでくれ!!」
「はい!?」
「俺としたことが、大切なことを相談せずに契約書を作ってしまった……一生の不覚……!!」
まるで血を吐くように苦しげなガンターの声に、アリスリンデは目を丸くする。
「あの? ガンター様?」
アリスリンデは困惑してガンターを見つめる。
「そ、そんな無防備な姿で、俺の前に姿を現さないでくれ……!」
「ええ? あの、侍女達が今夜の支度をと。白い結婚なのは、わたくし達だけの秘密ですから———ノアとノックスは知ってますけど、他の侍女達には普通の夫婦と思われるためにはこうしないと———」
「俺としたことが、大切なことを相談せずに契約書を作ってしまった……越境とそれに伴う罰則を決めずに契約書を仕上げてしまうとは———! 一生の不覚……!!」
「えええ!?」
ガンターはがしっとアリスリンデの肩を押さえた。
「アリスリンデ、わが妻よ。これからは俺のことは『旦那様』と呼びたまえ。夫婦として振る舞わなければならないからな?」
「はい、かしこまりました」
「きみのことは、アリスリンデ、と呼ぼう」
「はい、かしこまりました」
「夫婦のベッドはこうして」
ガンターはベッドカバーを剥ぐと、こんもりと積まれた枕の山から、大きくて柔らかくて、ふかふかの抱き枕を引っ張り出し、ベッドの中央にそっと置いた。
「よし、これで大丈夫だ……。この抱き枕はウサギの毛並みほどに柔らかいから、きみに危険が及ぶ心配はない! 抱き枕を境界線にしよう。越境厳禁。ダメ、絶対。アリスリンデ、きみは右でも左でも、好きな方を選びたまえ。俺はこれから出かける! また(俺が)落ち着いたら会おう!!」
「えっ! ガンター様、いえ旦那様、もう夜中ですよ。どこに行かれるんですか……! 旦那様———っ!!!」
こうして、シュタイン辺境伯ガンターは、夫婦の寝室から姿をくらましたのだった。




