第16話 ここが、わたくしのお部屋なのですか?
「屋敷の中は、明日改めてご案内いたしますが、配置は難しくはないんですよ。基本的に王都にある一般的な貴族家のお屋敷と同じ造りですから。ただ、寒いところなのでその備えはしておりますし、地下の貯蔵庫はかなり大きいんですの」
グレースはアリスリンデを玄関ホールから上に伸びる階段に案内した。
辺境伯家に仕える侍女長のグレースは、グレーヘアを上品にまとめた初老の婦人だった。
しっかりとした仕立ての古風な黒のドレスに、働き者らしく白のエプロンを重ねている。
足もとはしっかりとした厚い革のブーツだ。
小さいが暖かそうなショールで肩から首のあたりを覆っている。
グレースは、まだ旅行着姿のアリスリンデを、心配げに見つめた。
「そのお召しものでは、少し肌寒いかもしれませんわ。お部屋を暖かくするように侍女達に言っておきましょう。それにすぐ重ねられるような羽織りもご用意しましょうね」
アリスリンデは金色の目を見開いた。
「まあ。グレース、ありがとう」
「お風邪を召したら大変ですもの。さ、ご案内いたします」
グレースはアリスリンデがちゃんと階段の手すりを掴むのを見届けてから、階段を上がり始めた。
「寝室は二階にございます。あの彫刻の入った大きなドアが主寝室。当主夫妻の寝室になります。それぞれに個室が付いておりまして、ガンター様は左側のお部屋、アリスリンデ様のお部屋はこちら、右側です」
そう言って侍女長のグレースはドアを開け、アリスリンデを通してくれた。
「まぁ!」
入ってすぐわかったのは、上品な、甘い香りだった。
アリスリンデは思わず部屋中を見回してしまう。
アリスリンデが案内されたのは、とてもセンスのいい部屋だった。
失礼だが、正直、ガンターが指揮してこの部屋を整えたとはとても思えない。
それくらい女性好みの、優しい雰囲気に仕上げられていた。
王都と違い、ゆったりとした辺境らしく、部屋は広々としている。
空色が印象的だった一階のサロンとはまた雰囲気を変え、この部屋は淡いベージュと金色で統一されていた。
壁紙はもちろん、カーテンやベッドリネンといったファブリックだけでなく、あちこちに配された家具もその優しげな配色のまま。
テーブルやドレッサーの上には、花が飾られ、つやつやとしたガラスのポットにはポプリが入れられているようだった。
「この香りは、バラではないわね?」
アリスリンデが尋ねると、グレースはうなづいた。
「はい。ピンクのピオニーの香りです。大奥様が夏の間に庭からピオニーを摘んで、ポプリを毎年作られるのです」
アリスリンデはうなづいた。
「素敵な香りだわ」
アリスリンデはゆっくりと室内を歩き回った。
厚手の絨毯がしっかりと敷かれた室内は、耳障りな足音ひとつ響かない。
夫婦の寝室に続く、女主人のための部屋。
大きな窓からは、美しい庭園がよく見える。
ベッド、ドレッサー、書き物机、それにソファとテーブルも置かれていて、この部屋だけで一日中快適に過ごせてしまいそうなくらいだ。
「浴室はあちらに、衣裳室はあのドアから。主寝室へのドアは左のドアになります。あ、どうぞご心配なく。結婚式までは、ドアは開かないようになっていますので」
グレースがちゃめっ気たっぷりに微笑んだ。
「———ガンター様のいびきも、こちらには聞こえませんわ。どうぞご結婚後の楽しみになさってくださいませ」
その一言に、アリスリンデも思わず笑ってしまう。
少女のようにくるりと回って、部屋のあちこちに目を向けた。
部屋には暖炉が造られている。
薪がすでに組まれており、寒い夜にはすぐに火がつけられるようになっている。
暖炉の上には、お花の浮き彫りが施された小さな本棚が取り付けられていて、そこにさまざまな種類の小説が並べられていた。
それはまるで、最近朗読をすることが多かったアリスリンデの近況を知っているかのよう。
窓際の明るいところに置かれた机には、まるでいつでも始められるように、数冊の本とノート、便箋と封筒、それに刺繍道具などがきちんと箱に入って用意されていた。
「本当に素敵」
アリスリンデは心を込めて言った。
「ね、グレース。正直に答えて? このお部屋を整えてくださったのは、どなたかしら?」
アリスリンデが微笑みながら質問すると、グレースも笑みを返した。
「お察しのとおり、大奥様、つまり前辺境伯夫人が選んでくださいましたの。ガンター様は質問ひとつすることなく、注文書にすべてサインをしてくださいましたわ。お手柄でございます」
アリスリンデは笑った。
「とても素敵に整えてくださったわ。お夕食の席ではご一緒できるかしら? お礼を申し上げたいのだけれど」
「さようでございますか……ええ、大奥様も喜ばれるかと思いますが、お夕食にはいらっしゃらないと思います。ガンター様からお話があるかと思いますが、大奥様とフィン様は、離れで暮らしていらっしゃいまして、お食事も別に取られているのです」
アリスリンデは目を見開いた。
「まあ」
「大奥様……アマリア様とおっしゃるのですが、ガンター様と険悪とか、そんなことはございませんの。ただ……とても控えめなお方なのですよ。あとはガンター様からお聞きくださいませ」
アリスリンデはうなづいた。
「わかりました。話してくれてありがとう」
グレースは時計を確認した。
「ノアさんはアリスリンデ様のお荷物を運び込む準備をしていますわ。まずはお着替えが必要ですからね。もうすぐお部屋に来られるはず。当家の侍女を寄越しましょう。夕食前に入浴されて、お支度をなさってください。———それでは後ほど」
夕食。
アリスリンデははっとした。
そうだった。
(ガンター様は、夕食を一緒に、そう仰ったのだわ)
一日はまだ終わらない。
アリスリンデは、気を引き締めた。




