第15話 到着
「ガンター様、おかえりなさいませ!」
「ガンター様、お疲れ様です!!」
黒馬に乗ったガンターは辺境騎士団の騎士を従え、堂々とシュタイン辺境伯家の屋敷の敷地へと入っていく。
馬車はずっと湖沿いの道を走っていたのを突然内陸へと方向転換し、そのまま一時間ほど走った。
馬車の窓からアリスリンデが外を見ると、開かれた門を通って、屋敷へと続く馬車道を一行は悠々と走っているところだった。
平らに開けた敷地には、さまざまな建物が点在している。
中央奥に見えているのは、主屋敷だろう。
大きく、歴史すら感じさせる、意外なほど美しい建物だった。
大きな円柱で支えられた玄関と馬車寄せは、ドーム型の屋根で覆われている。
建物は二階建て。
均整の取れた細長い窓が並ぶ壁は白に、ところどころに尖塔が見える屋根は灰色に塗られていた。
敷地内には果樹園や菜園のようなものも見えるし、厩舎と馬場も見える。
離れの建物や倉庫のような建物も複数あり、点在する木々がうまく自然の景観の中に建物を隠しているようにも見えた。
辺境伯家の敷地、といっても、それはまるで小さな村のようだった。
主屋敷の背後には、うっそうとした森が広がっている。
「ガンター様、おかえりなさい!」
敷地のあちこちから、仕事の手を止めて、使用人や騎士達が手を振っている。
彼らの目が、不思議そうにアリスリンデの乗る馬車に向けられているのを、アリスリンデは感じた。
主屋敷の正面で、ガンターは馬を止め、堂々と馬から降り立った。
馬車に近づくと、自ら馬車のドアを開けて、アリスリンデに手を差し出す。
「着いたぞ。疲れただろう。さあ」
アリスリンデはこくり、と小さく喉を鳴らすと、ガンターに手を預けた。
ちらりと振り返ると、背後では従僕がノアに手を差し出してくれている。
覚悟を決めて、アリスリンデはふわりと馬車から降り立つ。
「ガンター様、おかえりなさいませ」
屋敷の前で姿勢正しく待っていた初老の男性が深々と頭を下げた。
「アラン、留守をご苦労」
アランと呼ばれた男性の隣では、同じ年頃の女性がやはり頭を下げている。
「グレース、若奥様を連れてきたぞ」
「長旅、お疲れ様でございました」
ガンターはアリスリンデの肩をそっと抱いた。
「アリスリンデ嬢、彼は当家の家令、アランだ。隣はアランの妻で、グレース。侍女長を務めてくれている」
アリスリンデは二人に柔らかく微笑んだ。
「アリスリンデ・ハノーバーでございます。どうぞよろしくお願いいたしますわ」
グレースがほおっと息を吐いた。
「まあまあ……ガンター様、なんとお若いお嫁さんを連れて来られた」
「ふふ。もう二十歳ですの。それほど若いとは言えませんわ。そうだわ、わたくし実家から侍女を一人連れてまいりましたの。ノアと言います。彼女のこともよろしくね。いろいろ教えていただけるとありがたいですわ」
グレースは力強くうなづいた。
「もちろんでございますわ! お話を聞いて、当家でも若奥様専属の侍女は何名か選んでおります。後ほど、ご紹介しますね。まずは———」
そう言うと、グレースは微笑む。
「旅の疲れもございましょう。お茶を用意しておりますので、まずサロンで一休みなさってください。その後、お部屋にご案内を」
「ありがとう、グレース」
アリスリンデも微笑んだ。
グレーの髪をした、辺境の婦人。
その話しぶりから、しっかりと屋敷の家政を担ってきたのが感じられる。
その彼女が、歓迎の気持ちを込めて微笑んでくれたことが、アリスリンデは嬉しかった。
それに、実家から連れてきた侍女のノアにも親切にしてくれそうだった。
グレースとアランに案内されて、屋敷の中をサロンに向かう際も、行き合う召使い達は一様に丁寧に挨拶をしてくれた。
そんなことも、嬉しい。
(王宮にはそれこそ数え切れないほど通ったけれど、こんなに歓迎されているという気持ちを感じたことはないわ。これだけでも、本当に嬉しいし、気持ちが楽になるのね———)
にこやかに挨拶を返しながら、アリスリンデは感心していた。
「アリスリンデ様、サロンはこちらです。どうぞ」
そうして案内されたサロンに、アリスリンデは思わず声を上げた。
「まあ、素敵……!」
国境線を守る辺境伯家の屋敷。
しかも当主は優美な貴族とは程遠いガンターだ。
質実剛健な家具。
壁には武具が飾られ、狩りで仕留めた動物達の剥製が並んでいたり?
サロンとは言いつつ、さぞかし実用本意の、がっしりとした造りの部屋なのだろうと思っていたら……。
南向きの日当たりのよい広々としたサロン。
室内は白と空色と銀色で統一されていた。
白い壁に、カーテンやテーブルクロスなどは空色。
同じく空色に塗られた、可愛い家具もあった。
カーテンの装飾や用意されているティーセットなどに、さりげなく銀色をあしらっていて、上品で女性的な感じがする。
(信じられない……独身の辺境伯の住まいが、こんなに可愛らしいなんて)
グレースが自らお茶の支度を整えてくれた。
熱い入れたてのお茶をカップに注ぎ、アリスリンデとガンターの前に置く。
お菓子は固く焼いたナッツ入りのショートブレッドクッキーと卵の風味がしっかりと感じられるパウンドケーキだった。
居心地のよいサロンで、アリスリンデもリラックスしてお茶を味わった。
「おいしいわ。クッキーも、ケーキも、風味がしっかりしていて」
「お褒めいただき光栄です。お茶のおかわりはいかがですか?」
「ありがとう、いただきますわ」
アリスリンデがグレースと話しながらお茶を楽しんでいる間、ガンターはちょこんと空色のソファに座り、黙ってお茶を飲んでいた。
アリスリンデがお茶を飲み終わると、ガンターもカップを置いた。
「グレース、アリスリンデ嬢を部屋に案内してくれ。アリスリンデ嬢、俺は少しやることがある。夕食を一緒に取ろう。それまでゆっくりしていてくれ。グレース、頼んだぞ」
「かしこまりました」
グレースがうなづき、アリスリンデに声をかける。
「アリスリンデ様、ご案内いたします」




