第11話 悪役令嬢と王妃のネックレス(3)
「控えなさい、アリスリンデ。パネラ嬢。今回は、正直に申し出たあなたに免じて、不問にしましょう。しかし、アリスリンデ嬢。わたくしのネックレスを盗んで、それをパネラに罪をなすりつけるとは。そこまでに嫉妬して錯乱しましたか。そんなにセオドアの愛が欲しかったのですか。残念ですね」
アリスリンデは顔を青ざめさせ、イングリッド王妃を見つめる。
ハノーバー伯爵はたまらず声を上げた。
「恐れながら、王妃殿下———」
しかし、ハノーバー伯爵の訴えも、イングリッド王妃は冷たく無視した。
何かが、おかしい。
それに、セオドア殿下の愛?
それは、どういうこと?
パネラ嬢は、本当にセオドア殿下の恋人なの?
そしてわたくしがパネラ嬢に嫉妬している、と言っているの?
(わたくしは、パネラ嬢のことを何も知らないのに)
どうして、こんな展開になってしまうのか。
アリスリンデは最後の望みとして、セオドアを見上げた。
しかし、セオドアは泣き崩れるパネラを助け起こすと、心配そうに声をかけた。
「パネラ嬢、大丈夫か? 心配しないでいい。別室に案内しよう。そこで母上も含めて、落ち着いて話そう。———アリスリンデ」
セオドアはここで初めて、アリスリンデの顔をまともに見た。
いつも淡々としていたセオドアの顔には、隠しきれない嫌悪がにじんでいる。
「あなたには失望したよ。本当に残念だ。長い間、将来を誓った婚約者として、ともに努力を重ねてきたというのに。こんな———パネラ嬢のような純真な令嬢を傷つけて、どうすると言うのだ」
「セオドア殿下!」
「誰もが、あなたを賢い令嬢だと言う。しかし、あなたはただ、ずる賢く、人を陥れるためにその頭脳を使っているだけではないか」
アリスリンデはただ大きく目を見開いて、セオドアの理不尽な糾弾を受け止めている。
「あなたとの婚約は、一旦考えさせてくれ。このまま結婚することはできない。身分の低い男爵令嬢を、卑怯な手を使って陥れようとするとは。あなたはまるで、物語の中の悪役令嬢そのものではないか———ちょうど先日、あなたが得意げに朗読していた物語の主人公のようだ」
セオドアの言葉に驚いたハノーバー伯爵が、我慢できず一歩前に出ようとしたのを、アリスリンデはそっと押しとどめた。
(もう、遅い)
それは、アリスリンデの直感だった。
残念なことに、もう手遅れなのだ。
誰が仕組んだのかは、もうわからない。
しかし、その策がみごとに成功したのは、たしかだ。
(セオドア殿下が、わたくしを信じることは、もはやない)
アリスリンデは、心を決めた。
「セオドア殿下、それは、殿下から正式に———婚約破棄されるということでしょうか?」
「……そう聞こえなかったか?」
そう言い捨てると、セオドア王子はアリスリンデから視線を外し、パネラを支えるようにして会場出口に向かっていく。
アリスリンデは、ハノーバー伯爵と二人、もう何もすることもできずに立ち尽くしていた。
その時だった。
「ほう? 殿下がこのご令嬢をもういらないと仰るなら、私が結婚を申し出よう」
それはまるで、しんと静まり返った夜会会場に、突然の雷が轟くようだった。
はっきりと間違いようのない口調で、大きな声が響き渡る。
アリスリンデとハノーバー伯爵が振り向き、夜会の会場で呆気に取られていた貴族達も一斉に首を回す。
自然と分かれる人並みの中を悠々と歩いてきたのは、小山のように大きな体を持った男性だった。
鍛え上げた体を黒の騎士服に包み、薄茶色の髪は伸びてしまったせいか、首の後ろで無造作にまとめている。
優雅な、とか、美男子な、とはとても言えない、浅黒いがっしりとした顔だち。
細い目はヘイゼルで、どこか愛嬌も感じられるのだが、今は表情があまりに厳しすぎて、誰もが恐怖で顔を引きつらせていた。
大男はしっかりとした足取りで大広間の中央に来ると、アリスリンデの正面に立った。
右手を胸に当て、ぐっと頭を下げる。
「ハノーバー伯爵令嬢アリスリンデ殿。先日はお目にかかれて光栄でした。シュタイン辺境伯ガンターですが、覚えていらっしゃいますか?」
「!!」
ガンターの堂々とした言い方に、アリスリンデは目を見開いて、ゆっくりとうなづいた。
もちろんだ。こんな大男を忘れるわけがない。
しかし、あの時のどこかぎこちなかった彼とは、まるで別人のようだが———。
すると、ガンターはさっとひざまづくと、迷いのない動作で、アリスリンデの手を取った。
「あなたに結婚を申し込みます」
アリスリンデは動くことができなかった。
「は……? 閣下、それは、あの」
きゃああああ!!! というご婦人方の黄色い悲鳴が会場に響き渡った。
ガンターはひざまづいたまま、微動だにせず、アリスリンデをじっと見上げている。
ハノーバー伯爵は衝撃続きの展開に、はぐはぐと口を動かしていたが、声にならない。
そんな周囲の状況が、かえってアリスリンデを落ち着かせてくれたようだ。
アリスリンデは、考えた末、ガンターにお願いをしてみる。
何しろ突然の申し出だ。しかも、夜会会場という公の場で。
どうせこの場で細かな話などできはしない。
場を改めたいと言っても、失礼には当たらないはず———。
「閣下、できれば当家にて改めてお話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」
アリスリンデの言葉を聞くと、ガンターはすっと立ち上がった。
そして流れるような動作で片腕を曲げて、エスコートの姿勢を取る。
「承知した。今日は馬車までお送りしましょう。そして改めて訪問のご相談を」
「恐れ入ります」
話は決まった。
アリスリンデはガンターの太い腕にそっと手をかけ、エスコートを受け入れる。
その様子を、ガンターは元から細い目をさらに細めてうなづいた。
「落ち着いている。さすがだ」
その一言に、アリスリンデも苦笑した。
「ふふ。ありがとうございます。これでも動揺しておりましたのよ。声をかけてくださった閣下のおかげですわ」
落ち着いた様子で、二人は背後で動揺しながらついてくるハノーバー伯爵を連れて、夜会会場となっている大広間を退出していった。
セオドア王子はパネラの手を取ったまま、その信じられない光景を眺め、まるで凍りついたように、動くことができなかった———。
一方、イングリッド王妃。
さすがの彼女も、ガンターに物申すのは、憚られた。
イングリッドは扇で口もとを隠しつつも、目の前でアリスリンデをさらって行ったガンターを険しい目で見つめていた。




