六話「十四歳、敗北です」
ダンジョン1-2。相変わらず薄暗い空間。なんの取り柄も無いただの道端に生えている雑草と背中合わせをするのは誰もが美しいと見蕩れてしまうような真っ赤な薔薇。
もっとわかりやすく言えば琲世物と海鮮料理ぐらいの差だ。 剣を持つ田中の手は、どこか震えていた。いきなり異世界転生と言われても適性がないだろう。
どこまで続くかわからないダンジョンに身を投げるチー牛。ただし本人の意思ではなく運命がそうさせているのだから仕方ない。王様に任命された人間が魔王討伐のためにダンジョンに駆り出されるのがこの異世界でのルールだ。
敵はどこから現れるかわからない。倒すことが出来なければ、ダンジョンの中に永遠に閉じ込められるだけ。
(はぁ、かったるぃ…)
魔王討伐も、異世界ダンジョンクエストも対して興味が無い。一体ダンジョンはどこまであるんだ。生前、異世界転生みたいな設定を永遠と小説に綴っていたが、その小説の中の自分は特別な能力持ちだった。だからやる気も湧いた。異世界に来てまでチー牛なんて。なんて日だ!!!!!!ふざけてる!!!!!粉バナナァ!!!!!!!
ミカエルはそれでも終始笑顔だった。慣れているのだろうか。まあいいよな。あっちには異能があるんだから。田中はミカエルに嫉妬する。嫉妬したタイミングを狙ったかのように黒服は現れた。
「出たな伝説の勇者!!!!殺してやる!!!!」
黒服は拳銃を懐から取り出した。拳銃だと!?!?武器が剣しかない田中に銃の相手なんか出来るはずがない。
田中は後ずさるがその先は壁だった。ミカエルが「田中!!!怯えないで!!!目の前の敵だけを見て!!!!」 なぜかセリフを待ってくれる敵。
(これ言ってる間に攻撃すればいいんじゃないか?)
田中は触れちゃいけないことに触れる。敵は、拳銃を所持しているが一人だ。一人ぐらい剣でもなんとか…その考えが甘かった。拳銃を握りしめた黒服は二人に向かって銃弾を放つ、と見せかけて分身の術を使った。
「なに…!?分身の術だと!?!?」
分身に目を奪われる田中。わからない。黒服の本物が一体どれなのか。なんだかジャンプ漫画みたいになってきた。物語の趣旨が変わって来るんじゃなかろうか。なんの異能も持たないただのチー牛じゃ、分身から本物なんて当てる事が出来ない。一体、一体どうすれば。元から備わってない頭を回す田中。
ミカエルは「大丈夫。分身している間は奴は撃ってこな…」と言うが腹を黒服に撃たれてしまう。 「ミカエルゥー!!!」 なんて早さのフラグ回収だ。黄色の生首でも勝てない怒涛のフラグ回収だったぞ!!!っていうか異能持ちが倒れたってことは自分もやばいって事だ。
田中は「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」と無我夢中で剣を振る。だが拳銃相手には無意味!!!!!!剣、かすりもせず黒服に心臓を拳銃で撃ち抜かれるチー牛!!!! その場に倒れる二人。まずい。ミカエルが倒れている。誰も、誰も助けに来る人がいない!!!
(ここでゲームオーバーだって言うのか…!!?)
二人で倒れていると、やたら運がいいのか、たまたまダンジョンにいたおじさんが現れた。 「お二人さん。おじさんのきんのたまいる?」
中学生男子と恐らく未成年男子の二人に怪しげな言葉をかけるそのおじさんの声で、「…」と目を覚ました。
「うぐぐ…」 心臓を抑えるチー牛。痛くて起き上がる事すらままならない。 「おじさんのきんのたま。おじさんたくさん余ってるからあげるよ」 と渡す。
きんのたまを疑いながら触る田中。
(きんのたまを渡してくるおじさん、どこかで見たことがあるぞ…)
だがそのきんのたまの効果はバツグンで、見る見る身体の痛みが引いていく。「!!!」 アリより勉強出来ない田中でも、それがこの異世界の"回復アイテム"だと言う事は理解出来た。田中は、これが異世界パワーか。と感心する。
身体の痛みが引いた田中は、ミカエルの手にきんのたまを渡す。ミカエルの身体の周りに黄色の波動が満ちる。ミカエルは、「ん…」と起き上がる。
ミカエルは田中を見るとすぐさま飛びついた。「田中ァ!!!!!」 そのまま抱き締めて、田中を離さない。段々と距離が近くなっている気がするが。おじさんに丸見えだ。
「うわぁぁん、負けちゃった!!!ダンジョンクリア厳しいね~!!」
ミカエルはなぜか毎度生き返る生命力ゴキブリ並のチー牛に泣きつく。 (はぁ…ダンジョンもこいつの相手もめんどくさ…) 白けた顔をする田中。完全空気になるきんのたまおじさん。
「あ、あの…仲良いのはわかるけど…私にも喋らせて貰えないかな」
ミカエルは「誰?」と首を傾げる。いや、そこにおじさんがいたの知らなかったのか。きんのたまおじさんは語り出す。おじさんの話は相変わらず長い。田中はとりあえず聞き流す程度にしておこう。と心に決めた。
「私は勇者マニアでね。このダンジョンを回って、たまたま倒れた勇者がいたら私が作った回復アイテム、きんのたまを配っているのさ。このきんのたまに触れるとあら不思議。見る見る身体が元通り。」
説明するおじさんに、「ダンジョンを回ってる???」と、田中は(危ないぞこのおじさん…)と思うのだった。だがきんのたまおじさんは語る。
「私は元々勇者だった!!!スライムやゴブリンと戦うくらいにはな!!!でも身体は衰え勇者は引退!!」
どちらにせよ人生を満喫出来てそうなおじさんの若い頃は凄かったんだぜ話を聞きながら、スライムやゴブリン。その言葉に田中は耳をピクピクさせる。あいつら、なんか町で共生してたよな、と。
きんのたまおじさんは、「まあ昔話だ!せいぜい頭の片隅にでも入れておけ!!!!」と若き勇者二人に言った。おじさんの若い頃は凄かったんだぜ話を聞かされたが、回復してもらった事への謝礼。と考えれば許容できる範囲だろう。
ミカエルは「助けてくれてありがとうございます!!!」ときんのたまおじさんに礼をする。慌てて田中も礼をした。きんのたまおじさんは、「また見かけたらいつでもきんのたまを配る。それに、二階まで辿り着くことが出来たら色んなアイテムがたくさん落ちているぞ!!!!」と二人に説明して去って行った。
(終始説明役だったな、このおじさん)
田中はきんのたまおじさんの走り去る背中を見ながら心の中で呟いた。負けたせいで、先へと進む扉が開かない。ミカエルは「明日また来ないとダメっぽいね」と田中に言う。田中は、「でも寝床はどうするんだ、診療所に行くわけにも行かないだろ」と現実的なことを言う。
「まっかせて!知ってる!!!」
ミカエルが自信満々に言うと、田中を連れてダンジョンの外を走っていく。
勇者管理センター。どこかで聞いたことある曲調をアレンジしたような軽快なBGMが流れる施設だ。ここが勇者が寝泊まりする場所。田中は辺りを外観を見つめる。赤い屋根、青い窓。窓の真ん中には剣をモチーフにしたロゴマーク。
(見た事ある。凄く見た事ある。)
田中はあるゲームでこういう場所あった!と思うと同時に、思考回路が捻くれているので著作権大丈夫か…?と法律を気にする。だが異世界。生前の法律が通用しないのはあの老人ホーム予備軍の王様やイケメンなのに話があまり通じないミカエルを見ていればわかる話だ。
「行こ!!!田中!!!」
ミカエルはどんどん中へと走っていく。田中はつまらなそうに後からついていく。異世界転生、思ってたより…思ってたより…
(つまんな!!!!!)
田中は異能を持っていないことにずっと不満を抱えているが戦う相手も、もう少しかっこいいモンスターとかスライムとかが良かった。なんだ黒服って。人じゃん。なんて今更遅いツッコミを入れる。
小説に書き綴るほど夢に見た、あんなに憧れていた異世界転生だったのに、どうも思い通りにいかないことを、田中は嘆いた。




