五話「ワイ氏、人の感情とか分からん!ンゴー!」
翌朝。目を覚ました田中が鏡に映る。自分の顔は相変わらずブサイクだった。正直これはこの世に生きる人間の顔じゃない。誰がこんな大根の葉っぱにも少し似ているような顔の中学生を勇者にするんだろうか。
せっかくならJ系アイドル顔のやつを勇者にすればいいものを。やっぱりチー牛が調子乗ってキ○トみたいな服を着るとコスプレ味が強い。顔が幼いから余計にミスマッチな感じになってしまう。
自分を罵る言葉だけは永遠に思いつくあたり田中は陰キャなのかもしれない。いや、陰キャだ。根っからの陰キャだ。普通に考えたらあまり近寄りたくないタイプなのだが、なぜミカエルは隣で寝ているのだろうか。看護師も許可するなよ。
(なんだか一晩を過ごしたみたいで落ち着かない…)
頭の傷も良くなって来たので立ち上がる。そしてなんの躊躇いもなくミカエルを置いたまま診療所を出た。どうやらこの異世界では治療に金がかからないらしい。どういう事だ。良心的じゃないか。
さて。ミカエルも置いてきたことだし。伸び伸びダンジョンでもいきますか。と思っていたら、誰かが勢いよく走ってくるエンジン音みたいなのが聞こえた。
「田中ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」
絶叫しながら、陸上部走りでこちらに向かってくる置き去りにしたはずの残像。
「うわぁぁぁぁ!!!!!」
田中は逃げる。目の前の様子のおかしいイケメンに、最近アイドルのライブで全裸になった人と同じぐらいの狂気を感じたからだ。
「田中ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」
化け物並の体力でチー牛に追いつくイケメン。
そのあまりの早さと自分より魅力的なキャラクター設定に、
(もうこいつが主役でいいよ、なんで俺が主役なんだよ…)
と冷静なツッコミを入れる田中。中学生二年生にしては日本一有名なメガネかけ器ぐらいのツッコミの才能があるんじゃないか。
「ちょ、怖い、どうしたの?」
慌てる田中。チー牛には到底理解出来ない。確かに診療所に置いてきたはずの残像がそこに現れたんだから。残像VSチー牛のFIGHT! カンカン。はじまりのベルが会場・異世界の広場に鳴り響く。実際には鳴り響いていない。
「田中!!!!!!なんで僕を置いていくの!? ほかの女が出来たの!!!?????」
騒ぎながら目に涙を溜める陽キャの集合体。陽キャの集合体に立ち向かおうとする陰キャの創造神は今すぐにでも“すいません3種のチーズ牛丼の特盛に温玉つきをお願いします”と言わんばかりの顔つきをしている。
「僕を置いていかないで!!!! 僕は君をこんなにも大事だと思っているのに~!」
よく安くそんな言葉を並べられる。チー牛が人様に大事だなんて思われること、あるはずなかろう。チー牛が大切に扱われるなら、草も木も花も全ての自然を大切に扱って欲しい。
ミカエルは田中の腕に、コロナ禍でYouTuberが飲み会した時の写真のようにしがみつく。
「一緒にダンジョンクリアしよ??? ダンジョンクリアしようよ!!!」
(ダンジョンクリアのことしか頭に無いのかこのアイドル気取りの贅沢顔面は…)
田中は正直、陽キャ全開のミカエルの相手をするのに疲れてしまった。だが、良心はあるのか、涙を溜めたような目を向けられると精神的にも参ってしまう。これが多少の優しさなんだろう。
「いく、いく、いく、いいよ。いいけど、俺は何も出来ないよ、」
とミカエルの誘いに乗った。
ぱぁぁぁぁぁっと明るい顔になるミカエル。
「本当!?? 田中!!! 田中はずっと僕のマイフレンドだよ!!!」
と勢いよく抱き着く。田中は、はじめて人に友達だと言われた。まあ、友達が出来るのは悪くない。悪くないんだが。距離が近すぎるし、何よりも魔王討伐ってクエストが邪魔過ぎる。普通に異世界生活したい。勇者辞めたい。
「レッツラダンジョン!!!」
上機嫌にスキップまでしてダンジョンに向かうミカエル。そんなに楽しいか。こんなダンジョンが。黒ずくめの男に襲われるだけだぞ。田中には理解出来なかった。この国ってまともな人間いないんだろうか。
また薄暗い雰囲気のダンジョンに戻ってきた。1-1で倒された田中は、とにかく早めに剣を取り出すが、少し足が震える。
「背後から来る」
田中が言うと、ミカエルは、
「いや…同じ手は二度も使わないよ」
と呼吸を整える。
黒ずくめの男。いや、黒服の男。と表現した方がいいだろうか。奴らは急に襲いかかってくる。また足音が鳴る。
「ファイアー!!!!!!」
叫んだミカエルは、手から炎の矢を出現させる。ミカエルは敵を見つけるとすぐさま、その矢を黒服の男たちへ放った。男たちは攻撃を避ける。
「えっ、!? えっ、!?」
田中は状況が飲み込めないまま、剣を小学生のチャンバラのように闇雲に振る。
黒服の男二人は、
「魔王様の主張の方が正しいんだ!!!」
と無力な田中の方へ走ってくる。
「魔王様の主張??? 知らんけど…ミカエル!!! ミカエル!!!! カモーン!!!」
パニックになりながらとにかく助けを求める田中。
「おっけー!!!」
黒服の男たちに向かってまた、
「ファイアー!!!!」
と、今度は火の玉を出現させ蹴っ飛ばした。黒服の男たちはファイアー攻撃を食らって、
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」
と痛々しい悲鳴を上げながら焼け焦げる。
1-1。ステージクリア。毎回ここまでして敵を倒さなければならないと思うと面倒臭い。本当に面倒臭い。チー牛に課せられた運命じゃない。
(魔王様の主張とか言ってたけど…。ぶっちゃけ俺興味無い…)
次のダンジョンの扉が開く。次は1-2だ。こんなめんどくさい事をさせられるならもう金輪際異世界転生なんてしない。
(せめて異能をくれ。異能を。普通チート主人公だろ!!!)
田中はツッコミを入れた。何故チート異能を与えられなかったのか、と愚痴を零す。
(こんな運命を背負わされるぐらいなら、いっそ白い化けうさぎと契約して魔法少女になるほうがいい。あわよくば巨乳の美少女にしてくれ!!!)
なんて考える中学二年生の田中。
ミカエルは田中の手を引っ張る。
「行くよ!」
(なぜミカエルはたかがチー牛の俺に優しいんだろうか。哀れみを持って見ているのだろうか。)
人の善意を一々疑いたくは無いけれど、電車の写真と野獣の写真で育った田中はこちらに向けられる他人の笑顔にイマイチ親しみが無かった。田中は共感能力が一般ピーポーより欠けている事を自覚している。
(なんだか自分ってイヤな性格だ…)
満面の笑みでダンジョンの順路を進むミカエルとは裏腹に、田中はどこか自分自身の嫌な部分を痛感したような表情を浮かべるのだった。
暗い表情になる田中を見て、ミカエルは、
「疲れちゃった? 元気を分けるお星様キラキラー!!!!」
と田中に魔法をかけるような仕草をする。ミカエルが発した言葉は完全に幼稚なふざけたセリフだが、与える人間を間違っている整った顔立ちのせいでまるで本物の魔法使いが現れたみたいだった。
(嗚呼、こういう男の事をイケメンと言うんだろうな)
田中には少々眩しかった。同時に、自分には無い素晴らしいものを全て網羅しているようで、悔しかった。
ダンジョンの次のステージに辿り着いたミカエルと田中は、さらなる敵に身構える。なんだか本当に異世界転生っぽい展開になって来たが、勘違いしないで欲しい。この主人公はイケメンでも何でもなく、ただの“チー牛”だ。




