二話「お主も勇者にならないか。無限ジジイ編」
コントローラーの操作に慣れていない初心者プレイヤーの様に、ウロウロ。ウロウロ。ウロウロ。と辺りを歩いた。ポケットに入れそうな怪物がGOするゲームの電波が悪い時みたいな歩き方だ。
(どうすればいいんだ…)田中は戸惑う。異世界転生なんて、生まれてはじめてだからだ。村の人たちから、怪しげな目を向けられたが、まあいつも挙動不審なので気にする事はない。
孵化作業で自転車を漕ぐかのように、縦を歩く。という行為をしていたらさすがに疲れてきた。田中はため息をつく。辺りを見渡すと普通にモンスターたちが人々と共存している。
(魔王倒しに行くとかそんな設定じゃ無さそうだね)
田中は安堵する。とりあえずこういう時、城に向かった方が手っ取り早いのだろうか。王様とかなんか、いるだろ。そう考えた田中は、城に向かって歩き出した。行ったりきたりではなく、ちゃんと歩き出すのは初めてだ。
田中大智くん。いまは歩く事だけを考えるのよ。と何処かから酒好きの美人の声が聞こえてきそうだ。
城に向かうには、商店街を抜けるしか無かった。商店街では田中の変わった服装にチラホラと視線が集まる。制服のままだから仕方ない。どうせなら服装までしっかり世界観に合わせて欲しかった。
田中は、やっとの思いで城まで辿り着く。だがどうする田中。門の前には警備が二人。
(ひぃえ………)
警備の圧に震えるチー牛。チー牛は大抵、自分より強い者が苦手だ。なぜなら敗北感を味わうからである。なぜお前たちのほうが生物的に成長しているんだ。と心の片隅で思ってしまうから。
恐る恐る警備の前に近づく田中。ネズミー大国の世界観に出てきそうな槍みたいなのを持った警備二人は、「勇者様! ようこそお越しくださいました!!!」なんて馬鹿げたことを田中に言った。
(勇者…様????)
田中は自分の海馬のパターンが青になったかと思った。なんだか軽々と通してくれるらしい。
(いいのかそれで。明らかに不審者だぞ…)
堂々と城の中に入った現代の制服を身に纏うわけのわからない存在がバグ野郎は、城の廊下を進む。
(あー、城って感じだわ。)
もうゲームとかに出てくるベタな城。まさにそんな感じだった。田中と言う名前がこの世界に合わない。キャンティールに改名したい。なんて田中は考えるがキャンティールは女みたいだな、と言う答えに落ち着く。
「勇者様!!! 勇者様!!!!」
家来達は田中を勇者だと本気で勘違いしているのか、道を開ける。
(こいつらはバカなんだろうか。)田中は心の中で思った。
いよいよ城の奥地へ行くと、BGMと共に王様が現れた。
(嗚呼、本当に流れてる音楽だったのね。アレ。後から編集してつけたものだと思ってた。)
王様は、かなりの肥満体だ。百キロは超えてるだろうか。あまりに不健康そうな見た目で見ていられない。
「よく来たな伝説の勇者!!!!」王様は田中を歓迎する。なんだかテロップが下の方に出てきそうな感じだ。そろそろゲーム感が出てきた頃だろうか。でも、まだこの辺はチュートリアルである。
王様はスライムを膝の上に乗せて大事そうに撫でた。
「魔王軍がワシの可愛い可愛いスライムちゃんたちを追い払おうとしていての…悪い奴らから国を守ってくれんか???」
王様の前なので一応跪く田中。テレビ前で歌手の悪口を言いそうな老いぼれ老人からの頼まれ事。田中は、「いや、勇者じゃないんですけど」と丁重に断ろうとする。
「違う!!!! お主は伝説の勇者だ!!! ワシの目に狂いは無い!」
(駄目だこのジジイ!!! 話が通じない!!!!!)
田中は目の前の老害と対話するのを諦める。田中が諦めているのを察してか、王様は「勇者よ!!!! ダンジョンに行け!!!!」とゴリ押しした。(そんな事ある!?)とそろそろ他界してもおかしくないようなジジイの言葉に、「俺は勇者じゃない!!!! ただのチー牛だ!!」と自分でもあまり言いたくないようなセリフを言ってしまう。
王様は、「勇者よーーー!!」と全く動じない。Aボタンを押さないと先に進めない仕様らしい。田中は老人ホーム予備軍の話を聞く。という選択を強制的にさせられる。
「勇者!!!!! お主にダンジョンに行って魔王を討伐して貰いたい!!!!」
王様の言葉に、そろそろ本当に老人ホームに行け。と思う田中だったが、異世界に立派な老人ホームなんてない。田中が取れる選択肢は二つ。黙ってダンジョンに行く。ジジイをいまここで殴る。
「…はぁ…ダンジョン???」と田中は黙ってダンジョンに行くことを選んでしまった。
「最近、ダンジョンに悪さをする男たちが現れるんじゃ、そいつらを全員討伐した後に魔王を倒してくれんかのぉ…」
王様は二度目の説明をする。田中は、「あの…異能とかって」と王様のほうを見つめながら問いかけた。
「異能?」と首を傾げる王様。「ほら、なんかチート級の収納箱出せたり…」と田中は言うが、王様は「お主は何が使えるんじゃ」と首を傾げる。
(言えない…何も使えないなんて言えない!!!!)
「えっと、その、YouTuberのアイスダンス踊れます!!!」
王様は、「じゃあそれがお主の異能じゃー!!!!」と言った。
(つまり丸腰で挑めってことじゃねえか無理だよ!!!! セ○キンダンスの何が役に立つんだ!!!!)
心の中で盛大にツッコむ田中。「あっあの、武器ぐらいくれませんかね!!!」
(自分みたいなチー牛が丸腰でダンジョンに行ったら絶対に死ぬ!)
武器を欲しがる田中に、王様は「武器は商店で買え!!!!」と田中に叫んだ。田中は流行語大賞にも入ったスーを度々差し上げる某芸人のように「現金を…下さい…」と哀愁を漂わせながら言った。
ジジイから金を貰った伝説の勇者(笑)は、商店街へ戻る。
「あらぁ、勇者さん????」と武器商人のおばさんに優しく話しかけられる。
(なんで俺が勇者だって認識されてるんだ!!!!)
もうこのツッコミはこの世界ではほとんど意味をなさない事だろう。
「武器、なんか武器売ってください!!!!」
武器商人のおばさんに叫ぶ経験値もクソもないLv1プレイヤー。
おばさんは、「何番の武器がいい?」と後ろの棚に並んだ武器に番号を割り当てていた。
(コンビニのタバコかよ…)
田中はツッコむ。この世界にまともなやつはいないのか。
「聖なる剣…的なやつで」
と田中が注文しては、おばさんは「はい、八千円ね!」と安いのか高いのかよくわからない値段を提示してきた。
値切り交渉もフリマアプリじゃないしな…と思って辞める。
八千円を素直にお支払いして箱を開ける。紫一色の剣が出てきた。
(かっこいい!!!! かっこいいぞ!!!! これで俺もS○Oの世界の住人になれる!!!!!)
調子に乗る田中。生きてる時間の八割の思考が下ネタかドラゴンな中学二年生に剣を与えてはいけない。
魔王討伐のやる気が無かった田中も、服屋でそれっぽい服を買ってみた。初日から散財だ。
(これで多少は勇者っぽくなっただろうか…)
だがいくら服装で気飾ろうが顔面はチー牛そのものである。決して一夜にしてイケメンになれるとかそんな甘いものでは無かった。




