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メンタルつよつよ令嬢ハルカはガリガリ王子をふくふくに育てたい!  作者: ふくまる
第3章:ふくふくの根を張りましょう 〜才能開花と責任の自覚〜

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閑話:山に籠り、己と戦う少年

久しぶりに登場——レオのお話です。

山での修行は、思っていた以上に厳しかった。


オンタリオ領を離れ、馬車を降り、さらに半日ほど歩いた先。

霧がかかる山腹に、その修行場はあった。


「——ここだ」


そう言った男は、俺を振り返ることなく、小屋の中へ入って行った。


ガイウス。

オンタリオ流体術を修める師範だと聞いていたが、見た目は拍子抜けするほど質素だった。

無精ひげを生やし、着古した上着を羽織っただけの、どこにでもいそうな中年の男。


だが——立ち姿だけで、わかる。


(……強い)


纏う気配が、岩のように揺るがない。

そこに立っているだけで、山と一体化しているようだった。


「まずは三年、耐える覚悟はあるか」


振り返らないまま、ガイウスが俺に問う。


「はい」


即答すると、わずかに鼻で笑う気配がした。


「返事はいい。だが、口だけなら誰でも言える」


それだけ言って、歩き出す。

俺は慌てて後を追った。



◇◇◇



修行は、想像以上に地味で、過酷だった。


剣は、まだ持たせてもらえない。

事前に聞いていた話では、最初の1-2年は基礎身体強化を叩き込まれるという。


基礎体力の養成

基礎十二型の習得


そのすべての基礎となるのが呼吸と歩法なのだそうだ。


「力を入れるな。流せ」

「踏ん張るな。地面に預けろ」

「自分の身体を、敵だと思え」


ガイウスの言葉は少なく、説明も端的なものだった。

できなければ、ただ首を横に振られるだけ。


呼吸と歩法が様になってくると、次は『基礎十二型』を見せられる。

見様見真似で型をとる——けれど、重心が違う、姿勢が違う、指の角度、手の位置、頭の位置が違う。

そう指摘を受け、修正される。


体力が尽きて、倒れる。

起きる。

バランスを崩して、また倒れる。

起きる。


何度も、何度も。


腕が上がらなくなり、脚が震え、視界が滲む。

それでも、止めてくれることはなかった。


「……どうして、こんな訓練ばかり。いったい、いつになったら剣を……」


思わず零した俺に、ガイウスは初めてこちらを見た。


「剣は力を誤魔化す」


淡々とした声だった。


「身体を制せぬ者に、武器は持たせられん」


それだけ言って、また背を向けた。


——厳しい。

だが、不思議と腑に落ちた。



夜。


山小屋の粗末な寝台で、俺は天井を見つめていた。

全身が軋むように痛い。


胸元から、ハンカチを取り出す。


白い布に、歪な刺繍。

青い糸で縫われた俺の名前と、小さな剣。


「……」


指でなぞると、不思議と力が湧いた。


(お嬢、今頃何してるかな)

(アーサーは、ちゃんと飯食ってるだろうか)


そんなことを考えていたら、いつの間にか眠っていた。



数ヶ月後、手紙が届いた。

兄さんからの近況と、ハルカとアーサーからの報告。


魔法の練習が少しずつ進んでいて、盾を出せるようになったこと。

米酒と澄み酒が貴族たちに受け入れられ、予約が殺到していること。

雪像祭りを開催したら、領外からも観光客が来たこと。


——すごいな。


誇らしい。

でも同時に、胸がちくりと痛んだ。


(俺は……まだ、何もできてない)


そう思うたび、胸の奥がざらついた。




翌朝、動きが鈍った俺を見て、ガイウスが言った。


「雑念が多い」

「……すみません」


「謝る必要はない」

短く言い捨てられる。


「心が揺れれば、力も乱れる。流れが見えなくなるぞ」



その夜、俺はもう一度ハンカチを広げた。


お嬢に拾われ、生かされたあの日。

料理を振る舞われ、笑いながら食べたあの時。

訓練場で汗を流した時間。

喧嘩して、ぶつかって、それでも笑った日々。


——守りたい。

——対等でいたい。


その想いを、胸の奥に沈める。


(焦るな)

(揺れるな)

(目の前のことに集中するんだ)



◇◇◇



一年が過ぎた頃。


呼吸は自然と身体に馴染み、地面の感触がわかるようになってきた。

相手の動きの“重さ”が、わずかに読める。


ある日、ガイウスが木剣を放ってよこした。


「……拾え」


胸が高鳴る。


「剣は、身体の延長だ」

「振るな。流せ」


言われた通りに構えると、ガイウスは一歩踏み込んできた。


圧が、のしかかる。

だが——受け流せる。


衝撃が、地面へと逃げていく。


「……」


ガイウスは何も言わなかったが、初めて首を縦に振った。

それだけで、報われた気がした。



◇◇◇



二年目の春だった。


山の雪解けが進み、地面がぬかるみ始めた頃。

俺はガイウスと向かい合い、受け流しの稽古を続けていた。


「来い」


短い合図。


踏み込んできたガイウスの一撃は、相変わらず重い。

だが——以前ほど“怖さ”はなかった。


(……流れてる)


視界の端で、何かが“わかる”。


剣の軌道。

体重の乗り方。

次にどこへ力が向かうのか。


考えるより先に、身体が動いた。


木剣で受け、わずかに角度をずらす。

衝撃が腕を抜け、足裏へ、地面へ——


「……?」


その瞬間、右腕の奥が、じんわりと熱を帯びた。


(……なんだ?)


筋肉が膨らむ感覚とは違う。

内側から、必要な分だけ“満たされる”ような、不思議な感覚。


一瞬だけ、世界が静止したように感じた。


次の瞬間。


ガイウスの一撃が、明確に“軽く”なった。


「——!」


思わず息を呑む。


受け流したはずなのに、

俺の腕は、いつもより確かに耐えていた。


「……今のは」


問いかける前に、ガイウスが距離を取った。


じっと、俺を見る。

その視線は、これまでと少し違っていた。


「……感じたか」


低い声。


「自分の中の“溜まり”を」


俺は、ゆっくりと拳を握った。


まだ熱が残っている。

でも、外に溢れるような感覚はない。


「はい……少しだけ」

「そうか」


それだけ言うと、ガイウスは背を向けた。


「外に頼らず、内に残っていた力だ」

「魔力と呼ぶ者もいるが——使い方を誤れば毒になる」


振り返らずに、続ける。


「お前の場合は、流れを理解したからこそ、表に出た」

「無理に使うな。今は“にじむ”程度でいい」


その言葉を聞きながら、俺は胸の奥が熱くなるのを感じていた。


(……俺にも、あったんだ)


兄さんは俺には対外魔力がないだけで、潜在魔力はあると言ってくれていたけど…。

今まで魔力なんて感じることはなかった。だからこそ、身体を鍛えるしかないと思っていた。


でも——


(流せば、活かせる)


それは、オンタリオ流体術の教えそのものだった。




その夜。


いつものように、ハンカチを取り出す。

刺繍の剣を見つめながら、俺は思う。


(追いつける)

(まだ、片鱗だけど)


ハルカやアーサーの“力”とは違う。

けれど、俺には俺の戦い方がある。


流れを読み、

必要な瞬間だけ、内側の力を使う。


(これが——俺の道だ)


静かな山の夜。

胸の奥で、小さな希望が灯った。



◇◇◇



三年目。


獣型の型を繰り返し、実戦に近い動きが増えていった。

傷も増えたが、心が折れることはなかった。


手紙は、今も届く。

成長していく二人の話を読みながら、胸の奥に誓いを立てる。


(俺も、負けない)

(帰る時は、胸を張れる男になる)


夜明け前。

剣を振る俺に、ガイウスがぽつりと言った。


「守るために強くなろうとする者は、折れにくい」


驚いて振り返ると、すでに背中を向けている。


「だが、想いに呑まれるな」

「想いは時に力となるが、時に判断を狂わせる」

「力となるものは、常に流し、巡らせろ——それが、オンタリオ流体術の極意だ」


その言葉を、俺は深く心に刻み込んだ。

ハンカチを胸にしまい、剣を握る。


——待っててくれ。

——必ず、強くなって戻る。


山の空は、今日も静かに澄み渡っていた。

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― 新着の感想 ―
レオ君が 出来るようになる度に、ガイウス師が ちょっとだけ微笑んでそう。
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