第47話:最善
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たくさんの学びと海産物をお土産に、私たちはオンタリオ領へと戻ってきた。
転移陣から離れ、見慣れた屋敷の庭に降り立つと、春風に乗って木々の香りがふんわりと鼻先をくすぐった。
その柔らかな匂いに、思わずほっと息をつく。
やっぱり、ここが私の帰る場所なんだ。
◇◇◇
その日の夕食の話題は、自然とグランフェルトでの出来事が中心となった。
私とアーサーは、代わる代わる向こうで見聞きしたことをお父様とお母様へ報告していく。
製塩所で目にした塩作りの工程や、天へ伸びるように聳える塔。その中で生み出される美しい塩の粒。
市場に並ぶ珍しい魚貝や香辛料、活気あふれる店主と買い物客の姿。
味噌や醤油が現地の人々に喜ばれ、レシピを伝えるとさらに感謝されたこと。
エレノア様の治癒会で、多くの人を救うお手伝いができたこと。
ヒューロン前子爵から聞いた、お祖父様たちの冒険譚。
そして――アーサーと二人で『紅蓮』を教わったこと。
「それは……本当に、たくさんの良い経験をしてきたんだな」
穏やかに目を細めたお父様の声には、喜びと誇らしさが滲んでいた。
お母様も優しく微笑み、頷きながら耳を傾けてくれる。
その姿が嬉しくて、気がつけば私もアーサーも、話したいことが次から次へと溢れ出す。
まだまだ伝えたりないと言わんばかりに、夕食を終えてサロンへ移った後も、食後のお茶を片手に思い出話は尽きることなく続いていった。
「お寛ぎの中、失礼いたします」
そんな家族の団欒の最中、ノックの音とともに、執事のセバスがやってきた。
銀盆の上には、一通の手紙が載せられている。
「王立裁定評議会より、書状が届いております」
その言葉に、場の空気が一瞬で静まり返る。
お父様は黙ってそれを受け取り、封を切った。
それほど長くない手紙に目を通す。やがて、その表情が驚きから、安堵へと変わっていった。
「……そうか」
深く息を吐き、お父様は私たちを見た。
「ソルティス商会によるオンタリオ領への塩の供給停止は、『塩の公正で安定的な供給のための協約』違反と認定されたそうだ」
「本当!?」
私は、思わず声を上げた。
「ああ。即時の流通再開と、損害賠償が命じられたとある」
お父様の声には、明らかにホッとした響きが滲んでいた。
アーサーは、お父様の手にある手紙を静かに見つめていた。
「……父上と兄上が、動いてくれたんですね」
王宮に立ち寄った際、話す機会のあった二人のことを思い出しているのだろう。
その呟きには、複雑な感情が込められているように聞こえた。
「ああ。陛下も殿下も、力を尽くしてくださったようだ」
お父様が、優しく告げる。
「俺たちを、守ってくれたんだな」
「……」
アーサーは、俯いたまま何も言わなかった。
ただ、ぎゅっと握りしめられた拳が、僅かに震えているように見えた。
◇◇◇
数日後。
ソルティス領からの塩の流通が再開されるとの正式な連絡が届き、私たちは再びお父様の執務室へと呼び出された。
扉を開けると、すでに商業ギルド長のベルンハルトが来ていて、お父様と深刻な面持ちで話し合いをしているところだった。
「このような事態が再び起こらないとは限らん」
お父様の声が、低く響く。
「ソルティスからの塩は、最小限の入荷に留める。今後はできる限り、グランフェルト産を優先して仕入れよう」
「承知いたしました」
ベルンハルトは深く頷き、足早に退室していった。
入れ替わるように、私たちは執務室へと入った。
席を勧められ、アーサーと並んでソファに腰を下ろす。
お父様は書類を閉じ、ゆっくりと視線をこちらへ向けた。
「さて……お前たちから話を聞いた岩塩鉱床の件だ」
私たちは、先日、ヒューロン前子爵から教えてもらった話をお父様に報告した。その上で、できるだけ早く魔の森へ探索に向かいたいと訴えた。
「お父様も今、おっしゃっていましたよね。『このような事態が再び起こらないとは限らない』って。なら、一日でも早く動くべきだと思うんです」
思い切ってそう主張すると、お父様は一度目を伏せ、そして首を横に振った。
「お前たちの考えは分かった。その意義も認める。しかし——」
お父様の声が、少し厳しくなる。
「魔の森は、騎士団を派遣して討伐せねばならぬほどの魔物が生息する危険な場所だ。C級以上の冒険者資格を持たぬ者を派遣することはできん」
「でも——」
「ハルカ」
柔らかいが、領主としての威厳を帯びた深みのある声が私の発言を遮った。
「規則は、理由があって定められている。上に立つ者こそ、それを守らねばならない」
お父様は、真っ直ぐに私を見つめる。
「どうしてもと言うのなら——十二歳になり、冒険者資格を得てから試験を受けろ。C級以上との判定が下れば、探索に加わることを許そう」
胸の奥が、悔しさで熱くなる。
でも、返せる言葉はひとつだけだった。
「……分かりました」
渋々頷くと、お父様は今後の方針を告げた。
「大丈夫だ。探索はきちんと行う。まずは探索班を編成し、父上の記憶を手がかりに、ゴブリンの集落跡周辺から調査させよう」
私とアーサーは、黙って頷いた。
「ところで」
お父様が、少し表情を和らげる。
「お前たちは、岩塩鉱床が見つかりやすい場所について、何か知っているか?」
その問いに、私は前世で耳にした知識を思い出しながら答えた。
「木が育たず、土や岩がむき出しになった不自然な空白地帯があったら、そこに岩塩が眠っているかもしれません」
「ほう」
「それから、野生動物が集まって、特定の岩を舐めに来るような場所も怪しいです」
お父様が、真剣に頷きながら耳を傾けてくれる。
アーサーも、本で調べてきた内容を報告した。
「他の山とは明らかに色の異なる、白っぽい岩肌がある場所。それから、崖の断面に層状の縞模様が見えて、その一部に白い脈が走っていれば、岩塩層の可能性があるそうです」
「なるほど……」
お父様は、私たちの言葉をメモに書き留めていく。
「では、探索班にはそういった場所を中心に調査させよう」
そう言って、お父様は優しく微笑んだ。
「二人とも、よく調べたな」
その一言に、胸の奥で張りつめていたものが、ほんの少しだけ緩んだ気がした。
本当は、自分の足で探しに行きたい。
でも、お父様の言葉も確かに正しい。
今は、これが「最善」。
でも、いつかは——。
「私たちが動くことこそ最善だ」って、思ってもらえるようになりたい。
まだ足りない。
だからこそ、積み重ねる。
十二歳になって資格を得て、胸を張って前に進むために。
次こそ、自分の力でオンタリオを支えられるようになるために。
ふと隣を見ると、アーサーも同じように考えているのだろう。
その瞳には強い光が宿り、まっすぐ前を見据えていた。
次回は、いよいよ第3章最終話です╰(*´︶`*)╯♡




