第42話:休日のひと時
少し短め、のんびり休憩回です。
昼食後、許可をいただいて海岸へと降りてみることにした。
もちろん、アーサーとお祖父様、ヒロとルナも一緒だ。
屋敷の裏手から続く小道を抜けると、視界いっぱいに青い海が広がっていた。
「わあ……」
思わず、感嘆の声が零れる。
白い砂、きらめく波、どこまでも続く水平線。
前世で見た海と同じ——いや、それ以上に澄んでいて、美しい砂浜が眼前に広がっていた。
◇◇◇
(淑女としては、はしたないけど……)
そう思ったのも束の間、我慢は一瞬で限界を迎えた。
「失礼します!」
靴を脱ぎ捨て、裸足のまま波打ち際へと駆け出す。
「お嬢様!?」
「ハルカ!?」
ヒロとアーサーの慌てた声が背後から聞こえる。
けれど、止まれない。
冷たい波が足元を撫でる感触。
砂が指の間をすり抜けていく。
「あはは、冷たい!」
笑い声が、自然と弾けた。
「お嬢様、あまり遠くへは行かないでください!」
必死に制止しようとするヒロに、振り返って手を振る。
「大丈夫! これ以上は行かないから!」
しかし——
「おお、久しぶりの海じゃのう」
私の隣で、お祖父様が靴を脱ぎ捨てていた。
「ラオウ様!?」
ヒロが、今度こそ本気で驚いた声を上げる。
お祖父様は構わず、ざぶざぶと膝まで海へ入っていく。
「ふむ、まだ少し水が冷たいのう」
そう呟いた、次の瞬間——
「フン」
お祖父様の腕が、水中へと突っ込まれた。
ザバッ!
水しぶきとともに、何かが引き上げられる。
「ほれ、魚じゃ」
「え、素手で捕まえたの!?」
私とアーサーが、同時に声を上げた。
お祖父様の手の中では、色鮮やかな魚がぴちぴちと跳ねている。
「どうじゃ、見事じゃろう?」
誇らしげなその表情に、私のやる気スイッチがオンになった。
「私も!」
負けじと、私も波打ち際に目を凝らした。
——いた。
小さな魚影が、足元をすっと横切る。
「えい!」
勢いよく手を突っ込むが、魚は素早く逃げてしまう。
「あ、待って!」
追いかけたその先、魚はアーサーの方へ泳いでいった。
「アーサー! そっち! 捕まえて!」
「え? えっ?」
戸惑いながら手を伸ばした、その瞬間——
ズルッ。
「わっ!」
足を滑らせたアーサーが、派手に転んだ。
ザバーン!
盛大な水しぶきが上がり、私にも容赦なく降りかかる。
「きゃっ!」
気づけば二人とも、見事にずぶ濡れだった。
「だ、大丈夫……?」
そう声をかけると、アーサーが顔を上げる。
濡れた髪から、水滴がぽたぽたと落ち、髪に海藻が絡まっている。
その姿が、あまりにも——
「ぷっ」
「……ふふ」
目が合った瞬間、二人同時に吹き出した。
「あはは!」
「ははは!」
笑いが、止まらない。
動きやすいようにと短めにしていたスカートも、すでに濃い色の染みだらけ。
ポニーテールにまとめた髪からも、水が滴っている。
——ここまで濡れたら、もう一緒だ。
私は両手ですくった海水を、思いきりアーサーに向かって放った。
「えいっ!」
「わっ!」
「やった!」
「ハルカ!」
アーサーも、負けじと水をかけ返してくる。
「きゃあ!」
こうして、即席の水かけ合戦が始まった。
◇◇◇
そんな私たちの背後で——
ルナは、しれっとした顔で何かを拾い集めていた。
籠の中には、貝、カニ、海老——食べられそうな海の幸がぎっしりだ。
どうやら、大漁らしい。
ヒロはその様子を横目に、やれやれといった様子で浜辺の木陰に休憩スペースを整え始めていた。
「春先とはいえ、まだ水も冷たいです。そろそろ上がらないと、風邪をひきますよ」
その声を合図に、私たちは渋々浜辺へ戻る。
「着替えに戻るしかなさそうですね」
困ったように言うヒロに、お祖父様があっさり返す。
「乾けばよいのじゃろ」
そう言って、手をかざす。
ボッ。
火魔法が発動し、ヒロが慌てて流木を集めると、あっという間に焚き火ができあがった。
それを見ていたルナが「着替えなら、ありますよ」と事も無げに言う。
そうして取り出された着替えに、「場所さえあればいいね」という流れになり——
「任せて!」と、私は魔力を練り上げた。
「——大地の盾」
ゴゴゴゴ……。
砂浜に、コの字型の土壁が出現する。
『大地の盾』を応用した、簡易更衣室だ。
「おお」
お祖父様が感心したように頷く。
私は、ちょっとだけ胸を張った。
「ルナ、入口、隠してもらえる?」
布で入口を塞いでもらい、私とアーサーは着替えを済ませる。
お祖父様とルナはほとんど濡れていないので、このままでいいそうだ。
濡れた衣服は焚き火で乾かし、ヒロが用意してくれたお茶をみんなでいただく。
お茶請けのドライフルーツとナッツが、これまた美味しい。
マンゴーやパイナップルに似た果実を乾燥させた甘みと、程よい塩気のナッツ。
甘い、しょっぱい、甘い——無限にいける。
夢中で頬張っていると、お祖父様が、私の作った土壁を興味深そうに見つめた。
「この水を含んだ砂なら、形を保てるのじゃな」
そう言って、砂浜にしゃがみ込み、砂を固め始める。
「よし、城を作るぞ」
「え!?」
あれよあれよという間に、砂が積み上がっていく。
「面白そう!」
私とアーサーも、すぐに参戦した。
「じゃあ、私は塔!」
「ぼ、僕は壁を……」
「……では、私も」
ヒロも観念したように加わり、城門を担当する。
ほどなくして完成したのは、立派な砂の城だった。
「すごい……」
アーサーが、素直に感嘆する。
「皆で作ると、早いのう」
お祖父様が満足げに頷いた。
「ハルカ、この城に固まるイメージを持って、魔力を流してみろ」
どうやら、ゴーレム作りの基礎となる魔力操作らしい。
——動く城はまだ無理かもだけど、固めるだけなら。
私は城に手を当て、砂粒がぎゅっと密集するイメージで魔力を流す。
「もう十分じゃ」
私は手を離した。
——目の前には、つるりと硬い茶色い城があった。
恐る恐る突くと、確かに硬い。
貝殻を投げれば、乾いた音が返ってくる。
「なかなかの出来じゃな」
満足そうなお祖父様の声。
「あ、いいこと思いついた!」
私は再び魔力を練り、砂を膝ぐらいの高さまで隆起させ、先ほどと同じ要領で固めてみた。
「どうぞ。簡易ベンチだよ」
五人で並んで腰掛け、海を眺める。
青く澄んだ空。
やさしい海風。
大切な人たちと過ごす、穏やかで楽しい休日のひと時。
——こんな時間が、ずっと続けばいい。
そう願いながら、沈みゆく夕日と海を、私たちはしばらくの間眺め続けていた。




