第40話:オンタリオ領の武威
ラオウファン爆産回です。
訓練場に戻ると——。
倒れ伏す騎士団員たちの中、ただ一人、何事もなかったかのように立つラオウの姿があった。
「な……」
ロデリックが、言葉を失う。
訓練場の端には、リチャード王とレイノルド第一王子が立ち、その光景を静かに見守っていた。
◇◇◇
ロデリックが倒れ込んでいるセシルを見つけ、駆け寄ってその体を助け起こす。
「父上……」
セシルが薄く瞼を開け、呻くように呟いた。
「すみません……全然、歯が立ちませんでした……」
その声には、悔しさと驚愕が入り混じっていた。
「いや……」
ロデリックが、ゆっくりと首を横に振る。
「ヒロ殿にも敵わんのだ——致し方なかろう。これを機に一から鍛え直そう」
はい、と頷いた視線の先——ラオウが、ゆっくりとこちらを向いた。
「おお、戻ってきたか」
その顔には、一滴の汗も浮かんでいない。
まるで、散歩でもしてきたかのような気軽な雰囲気だった。
◇◇◇
ロデリックは、訓練場の様子を改めて見渡した。
意識なく倒れ伏すもの。
片膝をついて呻き声を上げるもの。
剣を杖に立ち上がろうと試みるも、崩れ落ちるもの。
武器が散乱し、砕け散った鎧のかけらがあちこちに落ちている。
それでいて、誰一人として重傷者はいない。
見事なまでに加減された痕跡に、再び打ちのめされた。
——これほどまでの実力差があるのか。
「ラオウ様……」
ロデリックは息子をそっと横たえ、立ち上がって深く頭を下げる。
「稽古をつけていただき、誠にありがとうございました。我が騎士団の未熟さを、思い知らされました」
「何を言う」
ラオウが、穏やかに笑う。
「みな良い動きをしておった。もう少し鍛えれば、もっと強くなれるぞ」
「……ありがとうございます」
ロデリックは悔しさを滲ませながらも、決意を固めたように顔を上げる。
「これを機に、騎士団を鍛え直します」
◇◇◇
「ご覧になりましたか、父上!」
訓練場の端で、リチャード王の隣に立つレイノルドが、興奮気味に語り始めた。
「あの動き……最初の連携攻撃を躱した時の、あの身のこなし!」
「ああ」
リチャードが、静かに頷く。
「三方向から同時に剣が迫ったのに、ラオウ様は最小限の動きで全てを躱して——」
レイノルドの目が、輝いている。
「そして、反撃の一撃は、相手の体勢を完全に崩す位置に正確に入っていました!」
リチャードは、息子の様子を面白そうに見つめた。
——こいつ、いつもは冷静沈着な王太子然として振る舞っているが…。
母ローズに似て、真面目で優等生。
だが、こういう時は、年相応な子供の顔に戻るんだな。
「それだけではありません」
レイノルドが、続ける。
「火魔法を放った騎士——あれ、上級の魔法でしたよね?」
「ああ。マグマバーストだ」
「それを、ラオウ様は手刀で叩き落としたんです! 魔法を、物理で!」
「その話、本当ですか!?」
アーサーが、駆け寄って声を上げた。
「ああ、本当だ」
レイノルドが、弟に向き直る。
そこからは、騎士たちがどんな動きをしたのか、それをラオウがどうあしらったのか、身振り手振りの解説が繰り広げられる。
それを、アーサーがキラキラした瞳で聞き、時折「うわあ」「スゴイ」などと興奮したように相槌を挟む。一頻り説明を終え、レイノルドが「ふう」と息を吐くと、アーサーは、悔しそうに拳を握った。
「俺も、見たかった……」
心の奥底から残念そうにそう呟く声に、リチャードは存外似た者兄弟なのかもしれんな、と愉快な気持ちになった。
そんな息子たちに、リチャードは真実を教えてやる。
「ラオウ殿は、全く本気を出してはないぞ」
「え……?」
レイノルドとアーサーが、揃って目を丸くし、父王を見る。
「倒れている騎士たちを見てみろ——全員、かすり傷程度で済んでおるだろう?」
リチャードの目が、鋭くなる。
「もしラオウ殿が本気を出せば——」
少し間を置いて、続ける。
「あの場の全員を、一瞬で制圧できるだろう」
「……」
レイノルドとアーサーが、息を呑んだ。
「父上」
レイノルドが、静かに尋ねる。
「今日のこれは……デモンストレーション、なのですか?」
リチャードが、ニヤリと笑う。
「ああ。方々への、良い牽制になるだろう」
レイノルドは、父の言葉の意味を理解した。
方々。
——ソルティス侯爵家。
——そして、その一派。
塩の流通を止め、オンタリオ領を圧迫しようとした者たち。
その不当な対応を是とし、補助金の打ち切りに反対した者たち。
だが、この光景を見れば——。
オンタリオ領が、どれほど強大な武力を持っているのか、誰の目にも明らかになる。
同時に、この武力を敵に回すことの恐ろしさも。
「アーサーもラオウ殿の活躍を見逃して残念がっていることだし、もう一推ししておくか」
そう言って、リチャードはラオウに歩み寄り、何やら耳打ちを始めた。
「ハルカ、アーサー、少し手伝ってくれ」
話を聞いたラオウが二人を呼び寄せる。二人は目を見合わせてコクリと頷くと、リチャードと共に元いた場所へと戻ってきた。
「皆のもの、できる限りラオウ殿から離れて訓練場の端に寄れ」
リチャードの指示。
倒れていた者たちは肩を貸し合い、指示通り端へと移動する。
「これより、ラオウ殿が剣技を披露してくださる。息子アーサーとハルカ嬢が防御の盾を展開してくれるそうだ。決して、その内側から出ぬように」
その言葉を合図に、二人は同時に魔力を練り上げた。
「——大地の盾」
「——ウィンドシールド!」
轟音とともに、背丈を優に超える土の壁が眼前にせり上がる。
思わず息を呑んだ瞬間、壁の目の高さに、等間隔で窓のような穴が穿たれた。
さらに次の瞬間——
その窓をなぞるように、透明な風の壁が土壁の内側を巡り、渦を巻いて固定される。
なぜ、ここまで複雑な構造を――
そう疑問が浮かんだ、その直後だった。
「——炎舞」
ラオウの低い声に応えるように、大剣が唸りを上げる。
刃を伝って噴き上がった炎は、瞬く間に奔流となり、空気を灼いた。
次の瞬間、ラオウの身体が舞った。
重厚な大剣を振るうたび、炎が軌跡を描き、絡み合い、やがて——
龍の形を成して宙を躍る。
一振りごとに炎が咆哮し、
一歩踏み込むたび、熱波が盾を叩く。
それは剣技というよりも、
——炎そのものを従えた、壮絶な舞。
土壁の窓越しに映る光景に、誰もが言葉を失った。
防御の盾がなければ、訓練場ごと焼き尽くされていたに違いない。
披露されたのは、
剣と炎が一体となった、圧倒的な剣舞だった。
◇◇◇
やがて、ラオウの剣舞が静かに終わる。
その刹那――割れんばかりの拍手と歓声が、波紋のように一斉に広がった。
訓練場に集まっていた騎士たちだけではない。
いつの間にか建物の窓や回廊から身を乗り出していた文官やメイドたちも加わり、その熱は瞬く間に膨れ上がっていく。
幾重にも重なった拍手と歓声は、やがて王宮全体を包み込み、まるで建物そのものが震えているかのように響き渡った。
「すごい……」
魔法を解除したアーサーが、目を輝かせたままラオウを見つめる。
「ラオウ様、本当にかっこいい……」
その言葉に、周囲にいた者たちが口々に、あるいは大きく頷いて同意した。
訓練場の隅では、その光景を静かに見つめるリチャードが、満足そうに口元を緩めていた。
「これで……少しは牽制になるだろう」
独り言のように呟く。
「父上」
そっと、隣から声がかかる。
「補助金打ち切りの件、今度は評議会に掛けてみてはいかがでしょうか」
レイノルドが低く囁いた。
「……そうだな。潮目が変わるかもしれん」
二人の小さな呟きは、歓声に紛れ、誰の耳にも届くことなく風に溶けていった。
この日を境に、騎士団内にとどまらず、ラオウの熱狂的な信者が王宮中に増えました。
その結果、オンタリオ領で行われる「新年雪像祭り」に参加しようと、休暇願いを出す者が続出。
このままでは新年の宴の運営に支障が出る――と危惧した王宮側からの打診により、
オンタリオ領の雪像祭りは開催時期が二月初旬へと変更されたとか、されなかったとか…
真相は定かではありませんが……それは、また別のお話で。




