第33話:進化
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一月下旬。
お父様とお母様が、約二ヶ月ぶりに王都から戻ってきた。
今回は社交と商談を兼ねた長期滞在だったため、荷物も人員も多く、転移陣での移動とはいかなかったらしい。馬車での旅は数日かかったそうだが、お父様もお母様も元気そうで安心した。
領主館の前に馬車が止まるや否や、私とアーサーは弾かれるように玄関へ駆け出した。
「ただいま、二人とも。元気にしていたようだな」
私たちの姿を見つけたお父様が、ほっとしたように笑う。
久しぶりに見るその笑顔に、胸がじんわり温かくなった。
「ご苦労だったな、二人とも。ほれ、双子もいい子にして待っておったぞ」
お祖父様が、両腕に抱えた双子を連れて姿を見せた。
アリサとヒナタ——数え二歳(本当は一歳二ヶ月)になる妹たちだ。
「ままー!」
「ままー!」
二人が弾むような声でお母様に手を伸ばす。
「アリサ、ヒナタ!」
お母様が目を細め、嬉しそうに両手を広げた。
「いつの間に喋れるようになったんだ!? ……というか『ぱぱ』は?」
お父様が双子を受け取り、どこか期待するように尋ねる。
だが、双子はお父様の腕の中でも元気にバタバタしながら、
「ままー! ままー!」
とお母様に手を伸ばす。
お父様が悔しそうな、そして少ししょんぼりした顔をしているのが可笑しくて、ついつい声を出して笑ってしまった。
◇◇◇
荷物を運び終えると、家族全員で居間へ移動した。
お父様が双子を床に下ろした途端、アリサとヒナタは嬉しそうに高速ハイハイでお母様へまっしぐら。
「ままー!」
さっきよりも大きく、弾むような声が居間に響いた。
お母様は双子を両脇に座らせ、優しく相手をしながら、私の問いに答えてくれる。
「お母様、お酒の評判はどうだった?」
「すごい反響だったわよ。今年分はもう予約でいっぱい。来年分はいつから予約を受け付けるのか、なんて問い合わせまであったの」
お父様も満足げに何度も頷く。
ふたりがどれほどの手応えを感じてきたのか、その様子からよく伝わってきた。
その他にも、新年の宴の様子、今年注目を浴びた商品や貴族の話、今王都で話題のお菓子など、土産話は多岐に渡った。
一通りの報告を終えると、お母様が思い出したように言った。
「そういえば——」
お母様が、包みを取り出し、「陛下からよ」と、アーサーに差し出した。
「今年は新年のお祝いにこちらに来ることが難しいようで、プレゼントと手紙を預かったの」
アーサーが、そっと包みを受け取る。
手紙を開く。
静かに読んでいる。
その表情が、少しずつ和らいでいった。
「……ありがとうございます」
アーサーが、小さく微笑んだ。
その様子に、私もほっこりと気持ちが温かくなった。
◇◇◇
「それで、二人とも——」
一通り話が終わると、お母様が私とアーサーに視線を向けた。
「留守中は、変わりなかったかしら?」
その問いに、私とアーサーは目を見合わせた。
そして、にっこりと微笑んで、声を揃える。
「「変わったことだらけだった!」」
お父様とお母様が、驚いたように目を見開く。
「それはまた……随分と楽しそうだな」
お父様が笑う。
釣られるようにして、お祖父様も声を上げて笑った。
「実はハルカとアーサー、それにパトラッシュが進化してな」
「進化?」
お母様が首を傾げる。
「見せたほうが早そうだな。どれ、三十分後に屋内訓練場に来てくれ」
お祖父様が立ち上がり、私たちもその後に続いた。
◇◇◇
屋内訓練場。
四方の壁と大きな屋根があり、床面は硬い土で覆われている。天候の影響を受けずに訓練に励める、オンタリオ辺境騎士団自慢の訓練設備だ。
双子を乳母に預けたお父様とお母様が、少し離れたところから見守っている。
「では、始めようか。まず、ハルカ」
お祖父様の号令を合図に、私は深く息を吸って魔力を集中させる。
「『大地の盾』!」
私の前に、土でできた壁が出現する。
しっかりとした厚みがある、私の身長よりも高い立派なものだ。
「おお……」
お父様が感嘆の声を上げる。
「次、アーサー!」
今度はアーサーが、魔力を集中させる。
「『ウィンドシールド』!」
アーサーの前に、風でできた盾が現れる。
半透明で、風が渦巻いている。すごい威力だ。
「二人とも……すごいわ!ついに技を完成させたのね!」
お母様が、嬉しそうに微笑む。
「それだけじゃないぞ」
お祖父様がニヤリと笑う。
「パトラッシュ!」
その声に、今度はパトラッシュが現れた。
——その姿を見て、お父様とお母様が、息を呑んだのが分かった。
「パトラッシュ……たった二ヶ月見なかっただけで、なんだか大きくなったな」
お父様が驚きに目を見張る。
そう、パトラッシュは成獣へと進化していた。
馬よりも大きな体。
銀白の毛が、光を反射して美しく輝いている。
「バウッ!」
パトラッシュが誇らしげに鳴く。
「二人とも、構えろ。やれ、パトラッシュ!」
お祖父様が再び号令をかけると、パトラッシュが魔力を集中させた。
次の瞬間——風の刃が飛んだ。
「『大地の盾』!」
「『ウィンドシールド』!」
私とアーサーは、同時に盾を展開する。
ーー風の刃が、盾に当たって弾かれた。
「よし!」
アーサーが嬉しそうに声を上げる。
「それだけじゃないぞ」
お祖父様がニヤリと笑って指示を飛ばす。
「次は身体強化だ。ハルカ、アーサー、やってみろ」
お父様が目を瞬かせる。
私たちは、身体強化を発動させた。
ふわりと体が軽くなる。
次の瞬間、跳躍してバク転を決め、その勢いのままパトラッシュを抱き上げてお母様たちの前まで駆け寄った。
「……えっ!?」
お母様が目を丸くし、言葉を失う。
「これなら、パトラッシュに乗っても振り落とされない上に、訓練すれば一体化した動きもできるようになるだろう」
お祖父様が満足そうに頷いた。
◇◇◇
驚きに言葉も出ない両親。
そんな二人に、お祖父様がゆっくりと経緯を説明した。
「実は、成獣となったパトラッシュは風魔法で空も駆けれるようになってな」
「空を……!?」
お父様が驚く。
「うむ。このままハルカがパトラッシュを騎獣として扱うなら、身体強化は必須じゃろうと思ってな。折を見て覚えさせようと、二人に初歩の身体強化を教えたんじゃよ」
「そうだったんですか……」
お母様が感心したように頷く。
「もっとも、“初歩”とはいえ二人とも魔力量が多い。普通は習得まで時間がかかると思っておったし、身につけられたとしても――今より少し身軽になる程度だと思ったんじゃが」
お祖父様が苦笑まじりに続ける。
「ハルカが一発で習得してしまってな。しかも魔力の扱いが思いのほか上手くて……その結果、あのとんでもない動きが可能になったわけじゃ」
そう。『魔力を薄く体に纏わせるように』という説明を聞いた時、咄嗟に思い出したのが、前世で長男が忘年会用に買ってきた全身タイツの白鳥だった。試着した姿を見せてもらった時、私は思わず吹き出した。
真っ白なピッチピチのタイツ素材で全身を覆われた息子。顔だけ露出しており、なぜか腰部分から白鳥の首が伸び、その首元には羽根をイメージした飾りがふさふさと揺れていた。
あまりにインパクトが大きすぎて、忘れたくても忘れられず、脳裏にしっかりと焼きついていた。
——それを、思い出したのだ。
「体を魔力で包み込むというイメージが、とてもわかりやすかったんです」
驚いたまま動きを止めるお父様。
「いや、そのイメージをするのが難しいと言われているんだが……」
「うん。それはアーサーを見ていて気づいたの。だから私、アーサーに全身タイツを作ってプレゼントしたんだ」
「……は?」
お父様がさらに目を見開いて、そのままアーサーを見た。
途端にアーサーの顔が赤くなる。
「……着たのか?」
お父様が興味深そうに、でも憐憫を湛えた瞳で尋ねる。
「……はい」
アーサーが小さく答えた。
「バスルームで着替えて……翌日には身体強化ができるようになりました」
「……それはよかったな」
お父様が複雑そうに笑う。
「でも、あの体にピッタリと張り付く衣装は封印しました」
アーサーがきっぱりと言った。
私は、少し残念だった。
(『身体強化養成スーツ』として売れるかも……?)
なんて思ってたのにな。
◇◇◇
「それと——」
お祖父様が続ける。
「パトラッシュが成獣となったことで、『加護』を与えることもできるようになった」
「加護……?」
お母様が興味深そうに言う。
「ああ。ハルカとアーサーがパトラッシュから『加護』を貰ったんだ」
そう! 加護をもらったことによって、なんと私たちはパトラッシュと意思疎通ができるようになったのだ!
そのことを告げると、お父様たちはとても驚いたようだった。
「言葉ではなく、感覚で伝わってくるんです」
アーサーの説明を聞き、お父様が感心すると共に非常に羨ましがった。
「パトラッシュも、嬉しそうだったぞ」
お祖父様が笑う。
パトラッシュは、私たちの隣で誇らしげに座っていた。
♦︎ 身体強化訓練 ある日の一幕 ♦︎
ハルカ:「アーサー、これ着てみて! アーサーのために作ったの!」
アーサー:「ありがとう、ハルカ! わあ……ハルカの手作りの……服?」
ハルカ:「そう! 名付けて――『身体強化養成タイツ』!
これを着れば、“魔力を薄くまとわせる”イメージが絶対つかめるはず!」
アーサー:「ハルカの手作り……嬉しいけど、これは……外で着ていい服なのかな?」
ヒロ:「あ、あの……お嬢様、アーサー様。
こちらのお召し物は……やや体のラインが、強調されておりますので……
人前での着用は、少々……その、はばかられるかと存じます。
もしお試しになるなら、あちらのバスルームでいかがでしょうか」
アーサー:「(即バスルームへ避難)」
ハルカ:「えっ!? なんで!?」




