第32話:新年雪像まつり
オンタリオ領サイド ハルカ視点のお話に戻ります。
新しい年が、やってきた。
レオが修行に旅立ってから、初めて迎える新年だ。
今年は、お父様とお母様が王都の祝宴に参加するため不在。
そのため、オンタリオ領での新年の祝いは、お祖父様と私が主催することになった。
「ハルカ、今年はひと味違う年になりそうじゃな!」
お祖父様がニヤリと笑う。
まるで面白い獲物の匂いを嗅ぎつけた武人のように、どこか嬉々としている。
「でも、楽しみ!」
私も笑顔で返した。
実は今年は、特別な企画を用意しているのだ。
『新年雪像まつり』
—— 事の起こりは、レオがいなくなって冬の日課に変化が出たこと。
去年は、冬のトレーニングを兼ねた雪かきと雪像作りを、お祖父様、ヒロ、そしてレオとアーサーの四人で行っていた。しかし、今年はレオがいない。メンバーが一人減ったことを受け、当初は雪像作りをやめようと思っていたのだが——。
「お嬢様、今年は雪像作らないんですか?」
「去年の雪像、すごく楽しかったのに……」
領民たちから、そんな声が上がった。
昨年、領主館の前に作った大きな雪像——うちの家族や魔獣、ドラゴンをモチーフにしたものが、思いのほか評判だったのだ。
「じゃあ、今年も作ろうか」
そう決めると、私とルナ、そしてパトラッシュが新たにメンバーに加わることになった。
それだけではない。
「せっかくだから、もっと盛大にやろう!」
私は、残った領主館メンバーに提案した。
「新年のお祝いを兼ねて、『雪まつり』を開催してみない? 領民のみんなにも参加してもらって、雪像をたくさん作って、投票で一番人気を決めるお祭りができたら楽しいと思うの!」
「雪まつり……!」
アーサーが目を輝かせる。
「面白そう!」
「でしょう? 冬はどうしても家の中に籠りがちだし、たまにはみんなで集まってワイワイやるのもいいよね!」
「それは領民も喜びそうですね」
みんなの賛同を受け、お祖父様のGOサインも出たことで、私のやる気はどんどん高まった。
——こうして、今年の新年のお祝いは急遽『新年雪像まつり』として開催されることになったのだった。
◇◇◇
「お嬢様、景品はどうしましょう?」
ルナが尋ねる。
「そうね……やっぱり、特別なものがいいわよね」
私は少し考えてから、にっこりと笑った。
「一チーム五人までとして、見事優勝したチームには、『米酒&澄み酒の飲み比べセット』と、
『ロックバードとワイルドボアの食べ比べセット』を、どどんと五人分プレゼントします!」
「それは豪華ですね。みんな喜ぶと思います」
ヒロが感心したように言う。
「それから——」
私は、お祖父様を見た。
「お祖父様と腕相撲対決券なんてどうでしょう?」
「何じゃと!?」
お祖父様が驚いて声を上げる。
「ワシが優勝者と腕相撲するのか!?」
「だって、お祖父様、人気者なんだもの。きっとみんな喜ぶと思うの」
アーサーが目をキラキラと輝かせ、コクコクと頷く。
その様子を見て、どうやらお祖父様も観念したようだった。
「うーむ……まあ、祭りだしな。それくらいの協力ならいいじゃろう」
お祖父様が苦笑しながら頷いてくれた。
◇◇◇
翌日、私たちはさっそく領民たちへ雪像まつりの開催を発表した。
——すると、その反応は予想をはるかに超えるものだった。
「雪像まつり!?」
「ラオウ様と腕相撲ができるのか!?」
「米酒と澄み酒のセット!? しかもチーム全員分だって!?」
一気に人々は色めき立ち、「うちのチームに入れ!」「いや、是非ともうちに!」と、我先に仲間を集めはじめる。
親子連れ、騎士団の面々、冒険者たち。
そして——噂を聞きつけた他領の“お祖父様ファン”まで押し寄せ、応募締め切り直前には、領都アルデンブルクはまるで祭り本番のような混雑ぶりだった。
「お嬢様、応募が……多すぎます……!」
ヒロが困り顔で書類を抱えている。
急な告知だったはずなのに、こんなにたくさんの人が集まってくれるなんて。
——これこそ、うれしい悲鳴というやつだ。
「抽選にしましょう。公平に、くじ引きで」
こうして、参加チームを二十組に絞りこむため、抽選が行われた。
——そして、締め切り翌日の当選発表日。
当選したチームは、歓喜に沸き立った。
「やった! ラオウ様と腕相撲できるかもしれない!」
「いや、俺は酒が欲しいんだ!」
「子供たちに雪像を見せたいんです!」
それぞれの想いを胸に、各チームは準備を始めた。
◇◇◇
私とアーサーは、ヒロとルナに手伝ってもらいながら、祭りの準備に奔走した。
「ハルカ、これで大丈夫かな?」
アーサーが、心配そうに尋ねる。
「うん、大丈夫。みんな、喜んでくれるといいね!」
私は笑顔で答えた。
会場の設営、投票用紙の準備、景品の手配、炊き出しのメニューも考えなければ
——やることは山ほどあったけれど、アーサーと意見を出し合いながら楽しく準備した。
「ハルカは、いつも楽しそうに働いてるね」
アーサーが、小さく笑う。
「だって、みんなが喜んでくれるの、嬉しいもの」
「……僕も、そう思えるようになってきた」
アーサーが、遠くを見る。
「ここに来てから、楽しいことがたくさんあった。ハルカや、みんなのおかげで」
「アーサー……」
「だから、今度は僕も、みんなに楽しんでもらいたいんだ」
その言葉に、私の胸が温かくなった。
「うん。一緒に、がんばろうね」
◇◇◇
雪像まつり本番三日前。
朝から、領主館前の広場は人でごった返していた。
各チームが、それぞれの場所で雪像作りに励んでいる。
「よし、ここをもう少し削って——」
「いや、もっと丸くした方がいい!」
「子供たち、危ないから離れて!」
あちこちから、楽しそうな声が聞こえてくる。
私たちのチームも、パトラッシュをモチーフにした雪像を作っていた。
「ルナ、そこもう少し高く!」
「はい、お嬢様」
ルナが手際よく雪を積み上げる。
「アーサー、尻尾の形、いい感じ!」
「ありがとう、ハルカ」
アーサーが、嬉しそうに笑う。
パトラッシュ本人は、自分の雪像の隣で誇らしげに座っていた。
——多分、モデルになってくれているつもりなのだろう。
いや、それよりも手伝ってほしいんだけど。
◇◇◇
当日。
今日は新年最初の日。領民たちは朝から家族で集まり、小さな子供のいる家では誕生会も開かれた。
そして午後——投票が始まった。
領民たちは、それぞれのお気に入りの雪像に票を入れていく。
「これ、すごいな!」
「こっちも可愛い!」
「やっぱり、辺境騎士団のが一番迫力あるぞ!」
辺境騎士団のチームが作ったのは、『ドラゴンと騎士』をモチーフにした、お祖父様とドラゴンの雪像だった。
お祖父様が剣を構え、ドラゴンと対峙している——その姿は、圧巻だった。
「すごい……」
アーサーが、感嘆の声を上げる。
「本当に、かっこいいね」
私も頷いた。
◇◇◇
そして、夕方。
投票結果の発表を聞こうと、多くの領民が広間に集まった。
雪像をバックに用意された演台に、私は上がる。
少し緊張するけれど——深呼吸をして、大きな声で告げた。
「発表します!」
広間が静まり返る。
「栄えある『第1回オンタリオ新年雪像まつり』、人気ナンバーワンに選ばれたのは……」
一拍、間を置く。
「『ドラゴンと騎士』をモチーフに、お祖父様とドラゴンを作成した『チーム辺境騎士団』のみなさんです!」
どっと歓声が上がる。
「やったあああ!!」
辺境騎士団のメンバーたちが、抱き合って喜んでいる。
代表者が進み出て、私から目録を受け取った。
「ありがとうございます、お嬢様!」
「おめでとうございます」
私が笑顔で言うと、彼は仲間たちのところへ駆け戻っていった。
「うおおお! リアルラオウ様と腕相撲だよ!」
「どうしよう、俺、一生手が洗えない!!」
子供のように喜ぶ、体の大きな大人たち。
その周りで、嬉しそうに駆け回る子供たち。
広間では、甘酒と豚汁が振る舞われ、領民たちが次々と笑顔で受け取っていく。
「ハルカ、大成功だね」
嬉しそうに言うアーサーに、私もにっこりと頷いた。
ちょうどその時——
ドンッ――!
大きな音とともに、赤・青・黄・緑の花火が次々と夜空に大輪を咲かせる。
「わっ、花火!」
白い息を吐きながら、湯気の立つ飲み物を手に、領民たちは一斉に空を見上げる。
あちこちから歓声があがり、弾ける笑い声が広場に広がっていった。
平和な光景。
賑やかな笑い声。
温かい食べ物と、幸せそうな笑顔。
私の大好きな、オンタリオ領。
レオはいない。
それでも――いや、だからこそ。
みんなで力を合わせて、こんなにも素敵なお祭りを形にできたことが、とても嬉しかった。
「……レオにも、見せてあげたかったな」
アーサーが、ぽつりと呟く。
「そうだね。レオならきっと、すごい雪像を作って『一番は俺だ!』って、誰よりも張り切ってたと思う」
「レオなら言いそう」
くすっと、アーサーが笑った。
「ねえ、アーサー。来年もやりたいね、雪像まつり」
「うん。来年だけじゃなくて……その次も、その次の年も。
毎年、一緒にやりたいな」
「じゃあ、まずは、来年。また一緒にやろう!約束だよ」
アーサーが、小さく笑って頷いた。
領民たちの笑顔と、ささやかな約束。
新しい年の幕開けは、やさしい温もりに満ちていた。
オンタリオ辺境伯騎士団には、ラオウ様を熱烈に推す“ラオウ様ガチ勢”が数多く在籍しています。
毎年春頃に行われる新人募集には、他領からも大勢の若者が押し寄せ、厳しい選抜を勝ち抜かなければ入団できません。
余談ですが──彼らが集まって飲み始めると、なぜか必ず
『俺だけが知っているラオウ様エピソード』自慢大会が開催されます。
そして最近では、その席に こっそりアーサーが混ざっているらしい ……という噂もあったりなかったりしているようです。




