表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メンタルつよつよ令嬢ハルカはガリガリ王子をふくふくに育てたい!  作者: ふくまる
第3章:ふくふくの根を張りましょう 〜才能開花と責任の自覚〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/44

第30話:兄としての責任

レイノルド視点のお話です。

大広間を出ると、側近たちとともに自室へ続く廊下をゆっくりと歩いた。

背後では祝宴の喧騒が次第に遠のき、澄んだ夜の空気が、ひんやりと頬を打つ。


デビュタントを終えた今、胸に広がっているのは、無事にやり遂げたという達成感とは少し違う感情だった。


——「レイノルド、あなたはもうすぐ、お兄さんになるのよ」


大きくなったお腹を撫でながら、そう語りかけてきた母上の姿が、ふいに脳裏をよぎる。


「この子をお願いね。困っていたら、助けてあげてね」


そう言って微笑んだ、あのとても幸せそうな表情(かお)

どうして——こんな大事なことを、今まで忘れていたのだろう。


(アーサー……)


弟の名を、心の中でそっと呼ぶ。

オンタリオ辺境伯夫妻から聞いた言葉が、何度も頭の中で繰り返される。


『元気ですよ。毎日、笑顔で過ごしています』


……笑顔。


アーサーが、笑っている。

それは、王宮にいた頃には決して見ることのなかった表情(かお)だった。


「殿下」


エドウィンの声が、僕の思考を遮る。


「大丈夫ですか? 随分と考え込んでおられるようですが」


「……ああ、大丈夫だ」


小さく頷く。


「今日は長い一日だったからな。少し、疲れただけだ」


「無理もありません。デビュタントは、それだけで大仕事ですから」


静かに続けてから、エドウィンは言葉を添えた。


「その上、ソルティス侯との一悶着もありましたし」


「あれは見事だったぞ、レイ!」


セシルが屈託なく笑う。


「あの場を収めた時のレイ、本当にかっこよかった」


「……お見事でした」


隣で、リオネルがいつものように短く呟いた。


僕は、三人の顔を見回す。


エドウィン・アルトリウス。幼馴染であり、婚約者ソフィアの兄。冷静沈着で、的確な助言をくれる存在だ。

セシル・ローゼンベルク。母の甥で、つまり僕の従兄。豪快で裏表がなく、真っ直ぐな男。

リオネル・ヴァンダイク。宰相の息子で、情報収集に長けている。寡黙だが、信頼は厚い。


彼らは、僕のデビュタントに合わせて正式に側近となった、幼い頃からの友人たちだ。



◇◇◇



自室に戻ると、飾りで重くなったジュストコールを脱いだ。

待機していた侍従がそれを静かに受け取り、僕はソファに身を沈める。


その瞬間、張りつめていたものがほどけたように、どっと疲れが押し寄せてきた。


「……すまない。少し、疲れた」


「当然です。本日は一日、気を張っておられましたから」


エドウィンが手慣れた様子で紅茶を淹れ始める。


「大勢の貴族たちを前に、堂々とした振る舞いだったと思うぞ」


セシルがいつも通り明るく続ける。


僕は小さく笑った。


「あれは、お前たちがいてくれたからだ」


そう言って、三人を見回す。


「ありがとう」


「礼には及びません」


エドウィンが、そっと紅茶のカップを差し出してくれた。

一口含むと、温かな液体が喉を通り、じんわりと体に染み渡る。


しばしの沈黙。


やがて、僕は絞り出すように言葉を紡いだ。


「……アーサーのこと、聞いたんだ」


三人の視線が、一斉に僕へと向けられる。


「元気にしているそうだ。笑顔も増えたと」


「そうか……よかったな」


セシルが、穏やかに言った。


「ああ」


頷いたものの、胸の奥がざわつく。


「だが……」


言葉が、詰まった。


「僕は、間違っていたんだ」


声が、わずかに震える。


「アーサーが王宮で、どんな扱いを受けていたか。少し前、父上から聞いた」


握りしめた拳に、力が込もる。


「冷たいパンと水だけの食事。誰も訪れない部屋。古びた服。そして——誰にも気に留められない日々」


「レイ……」


セシルが、心配そうな目を向ける。


「僕は、知っていたはずだ。いや、気づけたはずだった」


顔を上げる。


「すれ違うたび、アーサーは僕を見ていた。あの空色の瞳で、じっと」


母や僕より少しだけ淡い色をしたあの瞳。


「それなのに、僕は目を逸らした。顔を背け、見ないふりをした」


沈黙が落ちる。


「母上が亡くなったのは、アーサーのせいだと思っていたんだ」


部屋の空気が、重く沈んだ。


「——そう、思い込もうとしていたんだ、僕は……」


言葉が途切れ、視線が下がる。


「殿下」


エドウィンが、静かに口を開いた。


「後悔や反省は、必要です」


僕はハッと顔を上げ、まっすぐエドウィンを見た。


「それがあるからこそ、人は前に進める。過ちを認め、償おうとする——それが成長です」


深い青の瞳が、まっすぐに僕を射抜く。


「殿下は、今、正しく後悔しておられる。ならば——次にすべきことは、明白です」


「……次に、すべきこと」


僕が、確かめるように繰り返す。


「ええ。償うことです。アーサー様に。そして——目を逸らし続けてきた、ご自身の弱さに対しても」


「……そうかもしれない。だが、どうすれば……」


迷いが、そのまま言葉になってこぼれ落ちた。


「会いに行けばいい」


セシルが、迷いなく言った。


「謝って、話して、それから……今度は一緒に前を向けばいい」


「簡単に言うな」


苦笑する。


「簡単じゃないのは分かってる。でも、難しいからって逃げるのか?」


まっすぐな眼差し。


「アーサーは、お前の弟だ。俺の従弟でもある。ローズ叔母様の息子だ」


想いのこもった声。


「俺は叔母様に会ったことはない。でも、母上から何度も聞かされた。優しくて、強くて、誰よりも家族を大切にした人だって——それは、お前の方がよく分かってることだろ?」


セシルは続ける。


「そんな人の息子を、俺は……助けたい。今度こそ守ってやりたい」


胸が熱くなる。


「……ありがとう」


小さく、微笑んだ。


「殿下」


リオネルが、珍しく自分から口を開いた。


「……どうした」


「お耳に入れておきたいことがあります」


声は低く、重い。


「アーサー様の冷遇は、偶然ではありません。ソルティス侯爵家による、意図的な工作だったようです」


「……何だと?」


思わず立ち上がる。


「侍女、養育係、人事の多くをソルティス家が握っていた。陛下への報告も虚偽だったそうです」


灰色の瞳が鋭く光る。


「目的は、恐らくクリス殿下を次代の王にすること。そのために障害となる殿下方を排除することでしょう」


「僕たちを……?」


「はい。アーサー様に万一があれば、クリス殿下の王位継承順位は繰り上がります。その時、継承権第一位である殿下より支持を集めることができていれば、あるいはと考えたのでしょう」


エドウィンが続ける。


「ソルティス家は現王妃を通じて王宮の人事を掌握し、経済力で多くの貴族を従えています。つまり、クリス殿下を支持する者が増える可能性があるということです」


「殿下の後ろ盾でもあるローゼンベルク家は……」


セシルが歯噛みする。


「武官だ。その影響力はどうしても騎士団周辺に限られる。それに——」


言葉が途切れる。


「文官貴族との繋がりも薄い。特にローズ様が亡くなられてからは、影響力は落ちている」


エドウィンが静かに補足した。


「対抗は、容易ではないでしょう」


「……くっ」


拳を握りしめる。


「知らなかったことは、罪ではありません」


エドウィンが言う。


「ですが、知った今、何もしないことは罪です」


視線が定まる。


「幸いにして、殿下の優秀さは貴族諸侯に認められています。まだ三歳のクリス殿下が同じように実績を積み、周囲に認められるようになるまで十年以上時がかかります」


皆が頷く。


「今のうちに誰もが認めざるを得ないような力をつけましょう。それが、ひいてはアーサー様を守る力にもなります。もちろん、我がアルトリウス家も、微力ながらお手伝いさせていただきます」


「俺たちも支える」


セシルが力強く言った。


「側近として。友として」


リオネルも、無言で頷く。


僕は、三人を見回した。


信頼できる仲間たち。


「ありがとう」


深く頭を下げる。


「僕は——力をつける」


顔を上げ、仲間たちをまっすぐに見据えた。


「王太子として。兄として。

アーサーを守れるだけの力を、必ず身につける」


三人は、力強く頷いてくれた。



◇◇◇



皆が退室し、一人きりになる。

窓の外では、月が静かに輝いていた。


「……オンタリオ領は、確かこちらの方角だったな」


窓を開け、遠くの空を見上げた。


(アーサー)


もう、目を逸らさない。

もう、逃げもしない。


僕は、お前の兄だ。

そして——お前は、僕の大切な弟だ。


(待っていてくれ、アーサー。必ず迎えに行く)


小さな決意は静かに芽吹き、

胸の奥で、確かな根を張り始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
良い友達(´;ω;`)頑張れ!!レイノルド!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ