閑話:専属侍女ルナの華麗なる考察 其の一 ~ お嬢様に相応しい婿について~
専属侍女ルナの、止まらない心のつぶやき。
私の名はルナ。
オンタリオ家にお仕えして十年。
ナタリー先輩の後任として、ハルカお嬢様の専属に昇格した忠実なる侍女である。
先日、幼い頃からこの家で共に過ごしてきたレオが、修行のため屋敷を出ていった。
私は、その背中を見送りながらふと思う。
——お嬢様の周囲、いつの間にか男子が増えていないか?
アーサー様にレオ。
そしてヒロもいる。
彼らは皆、お嬢様を慕っている。
これは……婿レースの幕開けでは?
今日はこの機会に、胸の内に秘めていた"ある想い"を語らせていただきたい。
テーマはもちろん——「お嬢様に相応しい婿」について。
◇◇◇
まず、語らせていただきたい。
我らがハルカお嬢様の、その比類なき素晴らしさを。
▪️その一:圧倒的包容力
お嬢様の側は心地がいい。
まるで聖母のような温かさでふわりと包み込んでくれるーーそんな、空気感をお持ちだ。
五歳の時、執事のセバスに拾われた私は、三年間オンタリオ流体術の師範の元で修行をした。厳しい修行だった。何度も挫けそうになった。
だが、戻ってきた時、まだ赤ん坊だったお嬢様が、小さな手で私の指をギュッと握ってくださった。しかも特大の笑顔付きで。
その瞬間、私は思った。
—— 推せる、と。
以来、私の人生はお嬢様のために捧げると決めた。
▪️その二:天才的料理センス
お嬢様の料理は、芸術である。いや、芸術などという言葉では生ぬるい。奇跡である。
四歳で米を育て始め、味噌や醤油を開発し、領の特産品を次々と生み出す。その発想力、実行力、そして味。全てが完璧。
お嬢様の作る料理を食べるためなら、私は喜んで命を賭ける。
実際、お嬢様の「味噌汁」を初めて飲んだ時、私は泣いた。人前で泣くなど、修行以来初めてだった。
▪️その三:慈愛の化身
お嬢様は、弱き者を見捨てない。
飢えた孤児を見れば連れ帰り、傷ついた動物を見れば治療し、困っている人を見れば手を差し伸べる。そして、全員に生きる術を与え、幸せになれるよう導いている。
これぞ、真の貴族。いや、聖女。
オンタリオ領の守護聖女、ハルカ様。
——素晴らしい響きだ。
◇◇◇
さて次に、候補者について考えてみたいと思う。
まずは、アーサー・エヴァーランド第二王子。
お嬢様が「将来の婿」として救い出された、元ガリガリの少年である。
正直に言おう。私は、アーサー様がオンタリオ領に来られる前、現王妃エリザベス様の実家であるソルティス侯爵家にお掃除メイドとして潜入していた。
目的は、情報収集。
アーサー様は、王宮で完全に忘れられた存在だった。養育係は名ばかり。侍女は最低限の世話しかしない。食事は冷たいパンと水のみ。
——許せない。
これが王族の扱いか。いや、これが「人」の扱いか。
なぜ、こんなことが起こっているのか。
いや、なぜ、こんなことが可能だったのか——私は調べに調べた。
結果、わかったこと。
それは、ソルティス侯爵家の暗躍だった。
私は報告書をまとめ、ミランダ様に提出した。
◇◇◇
◆初めて会った時の印象:30点◆
だが、実際にお会いしたアーサー様は——骨と皮だけのガリガリ。怯えた目。自信のなさそうな態度。
容姿については、陛下と亡くなったローズ様の肖像画を拝見するにポテンシャル大と言えるだろう。身分も冷遇されていたとはいえ王族だし。うん、この点は文句なし。
だが、正直に言おう。
私は「これが、我らがハルカお嬢様の婿?」と、思った。
しかし、お嬢様は違った。
「私がこの子をふくふくに育てて、大きくなったらお婿にもらいます!」
そう宣言されたのだ。
漏れ聞いた話によると、お嬢様はアーサー様のお人柄を高く評価されているとのこと。
さすがお嬢様。目の付け所が違う。
——お嬢様の目に狂いはない。
ならば、私も見守ろう。そして、アーサー様が本当にお嬢様に相応しい男になれるのか、厳しく査定しようではないか。
私の観察の日々が始まった。
◇◇◇
◆半年後:60点◆
任務を終えて戻った私が再びお会いしたアーサー様は——見違えていた。
身長も伸び、頬にはふっくらとした丸みが戻っている。骨と皮だけだったあの姿が嘘のようだ。表情も明るく、お嬢様と楽しそうに会話をしている。
流石は我らがお嬢様!たった数ヶ月でここまで回復させるなんて!さすがです!やはりお嬢様は最高です!
聞けば、魔法の訓練にも真面目に取り組んでおり、『ウィンドシールド』も形になってきているとのこと。お嬢様への想いも、言葉の端々から伝わってくる。
ナタリー先輩やマーサからの報告によれば、この半年、一度も弱音を吐かず、お嬢様のために努力を続けてきたそうだ。
うん、良い傾向だ。
◆一年後(現在):65点◆
だが——まだ足りない。圧倒的に足りない。
確かに心身ともに成長している。だが、お嬢様の婿になろうという男が、この程度でどうする。
もっと強く。もっと賢く。もっとお嬢様を支えられる男に。
アーサー様、あなたにはまだまだ伸びしろがある。
今後に期待するとしよう。
◇◇◇
先日、レオが『オンタリオ流体術』に興味を示したので、素晴らしく有益な助言を与えてみた。
「お嬢様の婿の座だって狙えるようになるわ」
なぜ、そんなことをしたかって?
簡単だ。
——アーサー様に発破をかけるためである。
アーサー様は優しい。真面目だ。努力家でもある。だが——ぬるい。圧倒的にぬるい。
お嬢様の婿になろうという男が、その程度の覚悟でどうする。
だから、私は言った。こっそりと。お嬢様にバレないように。レオという強力なライバルがいるのだと。平民だからと油断すれば、婿の座は簡単に奪われるのだと。
これは、アーサー様にとって良い刺激だ。いや、刺激であってほしい。でなければ、私が認めない。
そして、私は見たかった。アーサー様の本気を。お嬢様への想いを。その覚悟を。
——結果、まだ見えていない。
アーサー様、もっと頑張っていただきたい。
◇◇◇
次に、レオについても語っておこう。
レオは、お嬢様が幼い頃に拾われた孤児である。ヒロの弟で、現在八歳。お嬢様とは幼馴染のような関係だ。レオの方が年上ではあるが、引き取られてきた当初、お嬢様が甲斐甲斐しくお世話をしていた影響か、若干弟のように思われている節がある。
◆レオの現時点評価:50点◆
現時点では、婿候補として微妙である。
理由:まだ子供すぎる。魔力がない。貴族ではない。
だが、ポテンシャルはある。真っ直ぐで、誠実で、お嬢様を慕っている。『オンタリオ流体術』を極めれば、この領の主戦力として存在感を示せるようになるだろう。
そして——お嬢様は、レオを「友達」として大切にしている。
これは、将来的に「恋愛感情」に発展する可能性がある。そうなってしまえば、「身分」なんて養子縁組でどうとでもなる。
——だから、私は言ったのだ。「お嬢様の婿の座だって狙えるようになる」と。
◇◇◇
最後に、ヒロ。
同僚でもあり、幼馴染でもある彼のことは高く評価している。文武両道だし、お嬢様より九つ年上ではあるが、まあ貴族の結婚なら許容範囲だろう。
だが、忠誠心が高すぎる——私同様、お嬢様を『崇拝対象』としてしか見てない気がする……。
——よし。除外しよう。
◇◇◇
では、私が考える、ハルカお嬢様に相応しい婿の条件とは何か。
【条件その一】
お嬢様を心から愛していること。
これは絶対条件。打算ではなく、地位でもなく、純粋な愛。お嬢様の笑顔のために命を賭けられる男。
——アーサー様、レオ、現時点で合格。この点は認める。
【条件その二】
お嬢様に相応しい強さ。
武力だけではない。知力、政治力、経済力、影響力。あらゆる「力」を持ち、お嬢様を支えられる男。
——アーサー様、レオ、現時点で不合格。要努力。『ウィンドシールド』程度では話にならない。レオは身体強化を身につけられたなら合格。途中で挫折するようならその時点で不合格。
【条件その三】
お嬢様の料理を愛せること。
これも絶対条件。お嬢様の料理を「おいしい」と心から言える男。毎日食べても飽きない男。
むしろ、毎日食べたいと懇願する男。
——アーサー様、レオ、合格。この点は文句なし。お嬢様のおにぎりを食べて涙を流していた姿は、高評価である。レオに至っては幼い頃から既に胃袋を掌握済み。
【条件その四】
お嬢様と対等でいられること。
お嬢様は、守られるだけの存在ではない。共に領を治め、共に戦い、共に笑い、支え合える。そんなパートナーが必要だ。
——アーサー様、レオ、現時点で微妙。要成長。まだ「守られる側」である。早く「共に戦う仲間」になっていただきたい。
【条件その五】
私を認めること。
私は、お嬢様に生涯を捧げると誓った専属侍女である。婿殿には、私の存在を認め、尊重していただかなければならない。でなければ、認めない。絶対に。
——アーサー様、現時点で合格。私に対して礼儀正しく、敬意を払ってくださる。この点は評価する。
レオはまあ、既に身内みたいなものだし、多分大丈夫。
◇◇◇
以上の観点からまとめた結果を述べよう。
現時点の候補は二人。
総合評価:アーサー様65点、レオ50点。
及第点ではあるが、まだまだ足りない。
だが、私は見ている。二人の成長を。お嬢様への想いを。その真剣さを。
そして期待している。いつか、私が心から「お嬢様の婿に相応しい」と言える日が来ることを。
——その日が来るまで、私はこれからも厳しく見守っていくことだろう。
◇◇◇
最後に、私の使命を語ろう。
私は、お嬢様の幸せを願っている。
お嬢様が、心から愛する人と結ばれ、幸せになることを。
そして——私が、その側で、ずっとお嬢様に仕え続けることを。
お嬢様の笑顔を、毎日見続けることを。
お嬢様の作る料理を、毎日食べ続けることを。
お嬢様が「ルナ、これ食べて」と笑顔で差し出してくださる、その瞬間を永遠に。
だから、アーサー様、レオ、そして今後現れるかもしれない全ての婿候補たちよ。
頑張ってほしい。
私は、これからもお嬢様の側で、厳しく、そして温かく、見守っている。
そして、もしもお嬢様を泣かせるようなことがあれば——その時は、容赦しない。
私の身体強化を駆使した暗器術の恐ろしさを、その身をもって知っていただくことになるだろう——その機会が永遠に来ないことを、私は切に祈っている。
◇◇◇
以上、ルナの華麗なる考察、其の一でした。
次回のテーマは「お嬢様の婿レース、中間報告」。アーサー様とレオ、果たしてどちらが成長しているのか。そして、新たなライバルは現れるのか。
——乞うご期待。
それでは、私はお嬢様のお部屋の掃除に戻ります。お嬢様が「ルナ、一緒におやつ食べよう」と呼んでくださる時間が近いので。
——ああ、至福。
ルナ・専属侍女・十五歳・ハルカ様至上主義者・暗器使い
(本人による評価:お嬢様への愛 ∞点)
閑話:『ルナの華麗なる考察』は定期的にお送りする予定です!
次回をどうぞお楽しみに〜 (о´∀`о)
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