第25話:大地の盾
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お母様の話を聞いてから、私はずっと「力」と「強さ」について考えていた。
お母様の言うことは、きっと正しい。
力とは、武力だけではない。
権力、経済力、影響力、発言力、政治力——世の中にはさまざまな「力」が存在し、それらをどう身につけ、どう使うかが大切なのだと。
だからこそ、焦らずに多くのことを学んでほしい。
お母様が伝えたかったのは、きっとそういうことなのだと思う。
でも——。
◇◇◇
力は、一朝一夕で身につくものではない。
領主になるための準備は、少しずつ前進している。
お祖父様やヒロから領地について学び、ミズホ村の米の増産計画でも責任者を任されている。
特産品の開発だって進んでいる。
澄み酒はこれからだけれど、すでに商品化して流通しているものもある。
これらは、このまま頑張ればいい。
そのうえで——。
今はやっぱり、「物理的に守る力」がほしい。
もちろん、パトラッシュもルナもいる。
護衛騎士だってついてくれるし、辺境伯家の嫡子として「守られる側」であることも理解している。
だけど、この前みたいに守り手が足りない時は?
アーサーやレオ、子供たちだけの時に襲われたら?
逃げるにしても、子供の足では追いつかれてしまう。
何より——アーサーとレオに怖い思いをさせたくない。
だからこそ、思う。
「自分と、側にいる人を守る力」が必要なんじゃないかな。
攻撃できなくてもいい。
助けが来るまで攻撃を防げれば、生き延びる確率は格段に上がる。
そのための結界や障壁の魔法が使えるようになれば……!
そう考えた瞬間、ハッと閃きが降りてきた。
そうだ、新年にお祖父様からいただいた——お祖母様の魔導書!
あれに、土で壁を作る防御魔法『大地の盾』があったはず!
◇◇◇
「ルナ、この前いただいたお祖母様の魔導書、持ってきてくれる?」
ルナが私の部屋から、布に包まれた古い魔導書を大切そうに抱えて持ってきてくれた。
表紙に刻まれた土の紋章に指先を触れながらページをめくると、丁寧な文字でびっしりと記された呪文や魔法陣が並ぶ。
そして——あった。
『大地の盾』
地面から土の壁を作り出す防御魔法。
難易度は初級と中級の間くらい。
説明にはこうある。
『注ぐ魔力に応じて持続時間が変わり、魔力密度が高いほど硬度を増す』
これだ……!
これが使えるようになれば、少なくとも一撃目を防ぐことができる。
その間に逃げるか、助けを呼ぶか、次の手を考えられる。
それに、練度を上げれば、どんな攻撃も通さない、もっと強い盾も作れるようになるはず。
私は『大地の盾』の載っているページを開き、そのままお母様へ差し出した。
「お母様、この『大地の盾』を覚えたいんです。勉強も特産品開発も続けます。でも、今は防御力が必要で……」
お母様は魔導書を受け取り、少し驚いたような表情を浮かべた。
「お義母さまの魔導書……。そうね、これは良い魔法だわ」
ページをめくりながら、頷いてくれる。
「ハルカの言う通り、強力な攻撃手段がない今の状況では、まずは身を守る術を持つことが大事ね」
「それじゃあ!?」
期待に胸が高まる。
「ただし、この魔法は簡単ではないわ。土魔法の基礎がしっかりしていないと発動が難しいの」
お母様は真剣な顔で続けた。
「だからまず、もう少し土魔法の基礎を固めましょう。そのうえで、少しずつ『大地の盾』の練習をしていきましょう」
「はい!」
お母様は続けて、アーサーとヒロへ視線を移した。
「アーサー様も、風魔法の防御術を身につけましょう。万一また襲撃に遭ったとしても身を守れるように。ヒロ、手伝ってくれる?」
ヒロは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに胸へ手を当て、恭しく頭を下げた。
「私でよろしければ」
アーサーも嬉しそうに頷いた。
◇◇◇
それからの日々、私たちは基礎練習に励んだ。
私は土魔法。
アーサーは風魔法。
土を感じる。
地面の魔力を探す。
それを自分の魔力へとつなげる。
……だけど、土は重い。
全然うまく動かせなかった。
それでも、諦めなかった。
何度も何度も、練習した。
◇◇◇
ある日の実習。
「そろそろ、『大地の盾』を試してみてもいいわね」
お母様の言葉に、私は思わず目を輝かせた。
「まずは小さな壁からよ。硬い土がしっかりと固まって、壁になるイメージを忘れずに」
私は目を閉じ、ゆっくり息を整える。
地面——。
土——。
それが盛り上がり、私を守る壁になる。
「大地の盾!」
魔力を流す。
地面が小さく揺れ——。
ボコッ。
土が盛り上がったが、形にならずに崩れ落ちた。
「……」
落ち込みかけた私に、お母様が優しく声をかける。
「大丈夫よ、ハルカ。最初は誰でもこうよ。焦らなくていいから、しっかりイメージを固めて」
「……はい」
悔しい。
でも、もう一回。
そして、またもう一回。
土を固めて……密度を高めて……壁の形に……。
◇◇◇
私は毎日、練習した。
朝も昼も夕方も、気がつけば『大地の盾』ばかり。
隣ではアーサーも『ウィンドシールド』の練習に励んでいた。
「僕もぜんぜん上手くできなくて」
「一緒に頑張ろうね、アーサー」
「うん!」
二人で励まし合いながら、少しずつ前へ進んでいった。
そして——一週間後。
ついに私は、膝ほどの高さの小さな土壁を作ることに成功した。
「できた……!」
思わず飛び上がって喜んだ。
「すごいよ、ハルカ!」
アーサーが拍手し、お母様も嬉しそうに微笑む。
「よく頑張ったわね。でも、これからよ。集中して」
「はい!」
◇◇◇
まだ小さな壁だし、密度も低い。
強い攻撃には、とても耐えられない。
それでも——。
たしかに一歩、前へ進めた。
お母様の言っていた「いろいろな力」のひとつを、自分の手で掴み始めている。
このまま続けていけば、きっと大丈夫。
じんわりと、胸の奥が温かくなった。
まもなく、アーサーと初めて出会った夏が来る。
魔法が少しずつ形になっていく喜びに背中を押されるように、私は、ますます訓練へとのめり込んでいったのだった。
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