第22話:特産品を作りましょう
六月に入り、オンタリオ領は初夏の陽気に包まれていた。
田んぼでは若い稲が風に揺れ、魔の森からは鳥たちの囀りが聞こえてくる。
私は、アリサとヒナタの世話をしながら、屋敷の中で過ごしていた。
双子はもう六ヶ月。
二人とも元気いっぱいで、最近は寝返りもできるようになってきた。
可愛くて仕方がない。
そんなある日、ルナが私の元にやってきた。
「お嬢様、ミズホ村のトーマスから連絡が入りました」
私は、顔を上げた。
「トーマス……お酒を作ってもらっている蔵元の?」
「はい。『面白いものができたので、一度見に来てほしい』とのことです」
「面白いもの……?」
私は、興味を惹かれた。
日本酒は、新年に初搾りを皆に振る舞ったきりだった。
あれから、どうなったんだろう。
「すぐに行きます。準備を——」
「ワシも行くぞ」
突然、お祖父様の声が響いた。
◇◇◇
振り返ると、お祖父様が立っていた。
「お祖父様、聞いてたんですか?」
「おう。新年のあの酒は実にうまかった。それで『面白いもの』ときたら、行かないわけにはいかんじゃろう」
お祖父様が、にやりと笑った。
「では、お祖父様もご一緒に」
「おう。楽しみじゃのう」
◇◇◇
私たちは、馬車で蔵元へ向かうことになった。
お祖父様と私、それにヒロ、アーサー、レオ、そしてルナも一緒だ。
パトラッシュも連れて行きたかったけれど、お父様に止められた。
「せっかくできた酒に毛が入るといけないからな。パトラッシュは留守番だ」
「えー……」
パトラッシュは、とても拗ねていた。
私が出発しようとすると、プイッと顔を背けて、部屋の隅に行ってしまった。
「ごめんね、パトラッシュ。帰ったら、いっぱい遊ぼうね」
そう言っても、パトラッシュは聞こえないふりをしていた。
仕方なく、私たちはパトラッシュを置いて出発した。
◇◇◇
馬車が蔵元に着くと、トーマスが出迎えてくれた。
「お嬢様、ラオウ様、ようこそいらっしゃいました」
「お久しぶりです。早速ですが、『面白いもの』を見せていただけますか?」
「はい、こちらへ」
私たちは、土壁の分厚い蔵の中に案内された。
じめじめとした外気とはまるで違う、ひんやりとした冷気。
樽やタンクから静かに立ち昇る、甘く、重く、熟成された酒の香りが満ちていた。
「こちらが貯蔵庫です」
トーマスが、奥の扉を開けた。
中には、たくさんの樽が並んでいた。
「これは……」
「新年に搾った酒の一部です」
トーマスが説明してくれた。
「実験的に、搾った後火入れをして、ここで貯蔵していました」
「火入れ?」
私が尋ねると、男性が頷いた。
「はい。蜂蜜酒を作る時と同じように、低温で加熱して、雑味を殺しました。それから、蔵の最も冷たい奥の貯蔵庫で、低温で静かに寝かせていたんです」
「なるほど……」
蜂蜜酒のベテランたちが協力してくれたおかげで、このお酒にも同じ技術が応用されたんだ。
「それで、先日、樽を開けてみたんです。そうしたら——」
トーマスが、透明なグラスを取り出した。
そこに、樽から酒を注ぐ。
私は、息を飲んだ。
「透明……!」
グラスの中の酒は、驚くほど透き通っていた。
新年に飲んだ時は、少し白く濁っていた。
でも、今は——まるで水晶のように、澄んでいる。
「これは……」
お祖父様も、驚いたように目を見開いた。
「火入れをしたことで、この酒の中に混じっていた余分な物が、底へと沈んでいったようです。おかげで、濁りが晴れ、泉の底から汲んだ水のように澄み切った姿になりました」
トーマスが、嬉しそうに説明してくれた。
「それに、味も随分と変わりました。旨みが増して、香りも良くなっています。ぜひ、お試しください」
◇◇◇
お祖父様が、グラスを手に取った。
じっと見つめて、それから香りを確かめる。
「ほう……」
そして、一口。
お祖父様の目が、大きく見開かれた。
「……うまい!」
お祖父様の声が、蔵の中に響いた。
「これは、うまい! 新年に飲んだものとは、まるで別物じゃ!」
お祖父様が、もう一口飲む。
「旨みが深い。香りも華やか。それでいて、すっきりとしておる」
お祖父様が、感動したように言った。
「おかわりをもらえるか?」
「もちろんです!」
トーマスが、嬉しそうにお祖父様のグラスに酒を注いだ。
私も、少しだけ味見させてもらった。
口に含むと、まろやかな旨みが広がる。
お米の甘み。
アルコールの香り。
そして、すっきりとした後味。
「おいしい……」
私も、思わず呟いた。
「これ、すごいです!」
◇◇◇
私たちは、興奮していた。
「これは、特産品として開発するしかないですね!」
私が言うと、お祖父様が力強く頷いた。
「その通りじゃ! こんなうまい酒、他では飲めんぞ」
「そうと決まれば、まずは名前を決めないと!皆さんはどんな名前がいいですか?」
「我々は便宜上、従来のお酒を『米酒』、今回のこの酒を『澄み酒』と呼び分けております」
「ふむ。分かりやすくて良いではないか。この澄んだ泉のような透明感を思えば……『澄み酒』。うん、良い名だ」
「じゃあ、『澄み酒』に決まりですね!」
「ですが、お嬢様」
トーマスが、少し困ったような顔をした。
「まだ、お米の生産量が少ないんです。それに、今年仕込んだ酒もそれほど多くはありません。澄み酒は寝かせる期間も必要ですし、すぐに商品として売るというのは……」
「そうでしたね……」
私は、少し考えた。
「では、まず米の増産計画から練り直しましょう。それから、この澄んだ酒——『澄み酒』をどのくらい寝かせておくのが最も美味しくなるのか、引き続き研究をお願いします」
「わかりました!」
トーマスが、嬉しそうに頷いた。
「あ、それから」
私が思い出したように言った。
「この澄み酒、お父様やバルド、それに屋敷のみんなにもお土産として持って帰りたいんですが……」
「もちろんです! すぐに用意します」
◇◇◇
私たちは、たくさんの澄み酒を馬車に積んで、屋敷へ戻った。
馬車の中では、新しい特産品の売り方について、みんなで話し合った。
「まず、王都の貴族たちに売るのがいいんじゃないか?」
レオが言った。
「高級品として売れば、高く買ってくれるだろうし」
「それもいいけど、領民にも飲んでもらいたいな」
私が言うと、アーサーが頷いた。
「そうだね。でも、生産量が少ないから、最初は限定販売にするしかないかも」
「限定販売か……それなら、特別感が出ていいかもしれないな」
レオが、腕を組んで考えている。
「ヒロ、どう思う?」
私が尋ねると、ヒロが静かに答えた。
「まず、王宮に献上するのがいいと思います。陛下に気に入っていただければ、王都での評判も上がるでしょう」
「なるほど!」
私は、感心した。
「それに、オンタリオ領の特産品として、領内の祭りや市場で少しずつ売るのもいいかもしれません」
ルナも意見を述べる。
「領民たちにも、喜んでもらえると思います」
「そうね。領民のみんなにも、誇りに思ってもらいたいもんね」
私が言うと、みんなが頷いた。
「では、まず王宮に献上。それから、王都と領内での販売。そして、米の増産計画を進める」
お祖父様が、まとめてくれた。
「それでいいじゃろう」
「はい!」
私たちは、声を揃えて答えた。
◇◇◇
馬車が屋敷に着くと、パトラッシュが待っていた。
まだ少し拗ねているようだったけれど、私が降りると、尻尾を振って駆け寄ってきた。
「ただいま、パトラッシュ」
私が抱きつくと、パトラッシュが嬉しそうに鳴いた。
「ごめんね、連れて行けなくて。でも、いいことがあったよ」
私は、パトラッシュに話しかけた。
「オンタリオ領の新しい特産品ができそうなんだ。すごくおいしいお酒なの」
パトラッシュが、小さく「クゥン」と鳴いた。
まだ少し不満そうだけど、許してくれたみたいだった。
「さあ、みんなでお父様とお母様に報告しよう」
私たちは、澄み酒を持って、屋敷の中へ入っていった。
新しい特産品。
オンタリオ領の未来が、また一つ広がった気がした。
お酒は二十歳になってからーー良い子は真似しないでくださいね(*≧∀≦*)




