第21話:騎乗訓練
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オンタリオ領の冬は厳しい。
深い雪に覆われた辺境の地では、狩りを行う者たち以外、領民は基本的に家に籠る。
男たちは魔獣の皮や角など、魔物由来の素材を使った手工芸に精を出し、
女たちは針仕事や布作りに励む。
子どもたちは、大人たちの手伝いの傍ら、籠を編んだり、蝋燭を作って小遣い稼ぎに勤しんだ。
これが、オンタリオ領の一般的な冬の過ごし方だ。
私たちも、基本的には屋敷の中で過ごしていた。
勉強したり、本を読んだり。
ただ、例外もあった。
◇◇◇
「よし、今日もやるぞ!」
朝早く、レオの元気な声が響く。
レオとアーサーは、お祖父様とヒロの指導の下、体力作りの一環として雪かきと雪像作りを毎朝行っていた。
私も参加したかったのだけれど、お母様に止められた。
「ハルカは、別のことを頑張りなさい」
そう言われて、私は屋敷の中で勉強や魔法の練習、料理や調味料の開発に励むことになった。
でも、窓から見える二人の姿がとても楽しそうで、ちょっとだけ羨ましかった。
◇◇◇
レオとアーサーが作った雪像は、屋敷の前に置かれた。
最初は、単純な雪だるまだったけれど、だんだんと凝ったものになっていった。
魔獣の形をした雪像。
お城の形をした雪像。
時には、私やお母様、お祖父様をモデルにした雪像も作られた。
やがてそれは評判になり、晴れた日には領民たちが見物に来るようになった。
「今日の雪像は何だろうな」
「おお、今日はドラゴンか! すごいな」
子どもたちは特に喜んで、雪像の周りで遊んでいた。
それを見て、レオとアーサーも嬉しそうだった。
◇◇◇
それから、もう一つ変わったことがあった。
アーサーが、レオを手伝って馬の世話を始めたのだ。
「レオ、僕も手伝うよ」
「お、いいのか? じゃあ、こっちの馬を頼むな」
二人は、毎日厩舎に通って、馬たちの世話をしていた。
餌をやったり、ブラッシングをしたり、厩舎の掃除をしたり。
私も一緒にやりたかった。
「私も手伝う!」
そう言って厩舎に向かおうとすると、今度はルナに止められた。
「お嬢様やめた方がいいですよ」
「どうして?」
「パトラッシュが嫌がるから」
その言葉通り、厩舎の入り口にはパトラッシュが陣取っていた。
私が近づこうとすると、パトラッシュは「グルルル」と低く唸る。
「パトラッシュ、どうして?」
私が尋ねると、パトラッシュはプイッと顔を背けた。
なんだか、拗ねているみたいだった。
「パトラッシュは、お嬢様が馬に触るのが嫌みたいですね」
ルナが、クスクスと笑いながら言った。
「えー、どうして?」
「嫉妬してるんですよ。お嬢様が馬ばかり構って、自分を見てくれなくなるって思ってるんでしょうね」
そう言われて、私はパトラッシュを見た。
パトラッシュは、まだプイッとしている。
でも、耳がこっちを向いている。
「もう、パトラッシュったら」
私は、パトラッシュに抱きついた。
「大丈夫だよ。パトラッシュが一番大好きだからね」
パトラッシュが、小さく「クゥン」と鳴いた。
それから、私の顔をペロペロと舐めた。
「じゃあ、馬の世話はレオとアーサーに任せて、私はパトラッシュと遊ぶね」
そう決めて、私は毎日パトラッシュのブラッシングをしたり、一緒に遊んだりするようになった。
パトラッシュは、とても嬉しそうだった。
◇◇◇
そんな風に楽しく過ごしていた冬の終わり、ナタリーの旅立ちの日がやってきた。
私たちはプレゼントを贈り、いつかまた逢おうねと約束を交わして、笑顔で見送った。
ナタリーは幸せそうだった。
でも、ずっと側にいてくれたナタリーと離れるのは辛かったし、寂しかった。
だから、お別れの日、私は布団に包まってワンワン泣いた。
ルナが優しく背中を撫でてくれた。
「お嬢様、大丈夫ですよ。ナタリーはきっと幸せになります」
「うん……わかってる……でも、寂しいよ……」
私は、ルナの優しさに甘えて、思いっきり泣いた。
◇◇◇
やがて雪が溶け始め、待ちに待った春が来た。
少しずつ緑が顔を出す。
空気も温かくなって、外で過ごしやすくなってきた。
「暖かくなってきたことだし、そろそろ子どもたちの乗馬訓練を始めようか」
お父様からのそんな提案を受け、私たち三人は厩舎の前に集められた。
バルドとレオが、二頭のポニーを引いてくる。
茶色のポニーと、白いポニー。
どちらも可愛らしい。
「さあ、お嬢様。まずはこっちのポニーに触ってみてください」
バルドが、茶色のポニーを私の前に連れてきた。
私は、嬉しくなって近づいた。
「よろしくね」
手を伸ばす。
でも——。
ポニーが、顔を背けた。
「あれ?」
もう一度、手を伸ばす。
ポニーは、また顔を背けた。
それどころか、少し後ずさりした。
「え……嫌われてる?」
私は、ショックを受けた。
一方、アーサーが白いポニーに近づくと、ポニーはすぐに顔を寄せてきた。
アーサーが撫でると、嬉しそうに鼻を鳴らす。
「すごい、懐いてる……」
レオも、茶色のポニーに近づくと、ポニーは嬉しそうに尻尾を揺らした。
「冬の間、ずっと世話してたからな。当然だろ」
レオが、得意げに言った。
私は、ますます落ち込んだ。
その時だった。
「バウッ!」
得意げな鳴き声と共に、パトラッシュが姿を現した。
◇◇◇
最近、パトラッシュは一段と体が大きくなっていた。
もう、大型犬どころではない。
小さな馬くらいの大きさだ。
銀白の毛並みは光を反射して青みがかり、琥珀色の瞳は鋭く輝いている。
シルバーフェンリルとしての風格が、どんどん増していた。
パトラッシュが近づくと、二頭のポニーが怯えて後ずさりする。
「ヒヒーン!」
茶色のポニーが、怯えて鳴いた。
白いポニーも、震えている。
「パトラッシュ、ダメだよ。怖がらせないで」
私が言うと、パトラッシュは「フン」と鼻を鳴らした。
それから、私の前に座って、背中を向けた。
まるで「乗れ」と言っているみたいだった。
「え……パトラッシュ、もしかして……」
「ああ、パトラッシュは、お嬢様に自分の背中に乗ってほしいんだろうな」
バルドが、苦笑しながら言った。
「ポニーがお嬢様を嫌がったのも、おそらくパトラッシュの匂いがついていたからでしょう。魔獣の匂いは、普通の馬には刺激が強すぎます」
「そうだったんだ……」
私は、パトラッシュを見た。
パトラッシュは、私を見上げて、尻尾を振っている。
「でも、パトラッシュに乗るのは……」
バルドが、困った顔をした。
「訓練もしていない、しかも大型の魔獣に騎乗するのは危険です。お嬢様、申し訳ありませんが、パトラッシュではなく、やっぱりポニーで練習を——」
「なんじゃ、訓練してあればいいのか?」
突然、お祖父様の声が響いた。
◇◇◇
振り返ると、お祖父様が立っていた。
「なら、ハルカが騎乗できるよう、ワシがパトラッシュを訓練してやろう」
「ラオウ様!?」
バルドが、驚いたように声を上げた。
「ですが、シルバーフェンリルは気性が荒く——」
「大丈夫じゃ。パトラッシュは賢い。すぐに覚える」
お祖父様が、パトラッシュを見た。
「のう、パトラッシュ。ハルカを乗せられるようになりたいか?」
パトラッシュが、力強く「バウッ!」と吠えた。
「よし、決まりじゃ。ハルカ、一ヶ月待っておれ。それまでに、パトラッシュを立派な騎獣に仕上げてやる」
「お祖父様……!」
私は、嬉しくなった。
「ありがとう!」
「ふふ、礼には及ばん。さあ、パトラッシュ、行くぞ」
お祖父様が歩き出すと、パトラッシュがその後をついていった。
振り返って、私に一度だけ「バウッ!」と吠えてから。
◇◇◇
それから、一ヶ月が過ぎた。
その間、レオとアーサーはポニーでの乗馬訓練を始めていた。
二人とも、すぐに上達した。
特にレオは、もともと馬の扱いに慣れていたこともあり、あっという間に走れるようになった。
アーサーも、最初は少しぎこちなかったけれど、真面目に練習を重ねて、どんどん上手になっていった。
私は、その様子を毎日羨ましそうに眺めた。
パトラッシュは、お祖父様と一緒に毎日訓練に出かけていた。
時々、遠くから「ワオーン!」という遠吠えが聞こえてくる。
頑張ってるんだな、と思った。
◇◇◇
そして、一ヶ月後。
ある朝、お祖父様がパトラッシュを連れて戻ってきた。
「ハルカ、待たせたな」
お祖父様の声に、私は駆け寄った。
「パトラッシュ!」
パトラッシュは、少しやつれていた。
訓練が厳しかったんだろう。
でも、私を見ると、途端に元気になった。
「バウッ! バウッ!」
尻尾をブンブン振って、私に飛びついてきた。
「よく頑張ったね、パトラッシュ」
私は、パトラッシュを抱きしめた。
「どれ、ハルカの騎乗訓練はワシがやろう」
お祖父様が、にっこりと笑った。
「パトラッシュは、立派な騎獣になったぞ」
◇◇◇
結局、二頭のポニーはアーサーとレオが乗り、私はパトラッシュに乗ることになった。
バルドは、最後まで心配そうだったけれど、お祖父様が「大丈夫じゃ」と保証してくれた。
「さあ、ハルカ。乗ってみい」
お祖父様が、パトラッシュの背中を叩いた。
パトラッシュが、私の前に座る。
私は、恐る恐るパトラッシュの背中に跨った。
ふわふわの毛並み。
温かい。
そして、思っていたより、安定している。
「すごい……」
私は、感動した。
パトラッシュが、ゆっくりと立ち上がった。
高い。
ポニーよりも、ずっと高い。
景色が、いつもと違って見える。
「どうじゃ、ハルカ?」
「すごい! すごく高い!」
私は、嬉しくて声を上げた。
パトラッシュが、誇らしげに「バウッ!」と吠えた。
前世からの夢、叶っちゃった!
パトラッシュの背中は、最高だった。
ついにパトラッシュに乗れました!
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