第19話:サプライズプレゼント
アーサー視点のお話です。
部屋で待っていると、ノックの音が聞こえた。
僕は、少しワクワクしながら扉を見つめた。
父上からのプレゼント。
何が届くんだろう。
剣? それとも手紙?
父上からプレゼントをもらうのは初めてだ。
——考えるだけで、楽しくなってきた。
「どうぞ」
僕は、答えた。
扉が開く。
そこに——。
「……父上!?」
僕は、思わず声を上げた。
立っていたのは、この国の国王リチャード・エヴァーランド。
僕の、父上だった。
◇◇◇
「アーサー」
父上が、優しく微笑んだ。
僕は、信じられなくて、ただ呆然と立ち尽くしていた。
プレゼントが届くって、物じゃなくて——。
父上が、来てくれたんだ。
「父上……本当に、父上なんですか?」
「ああ、久しぶりだな」
父上が、部屋に入ってきた。
ヒロが、深く頭を下げて、部屋を出て行く。
僕と父上、二人きりになった。
父上は、じっと僕を見つめている。
その目は、優しくて、でも少し潤んでいた。
「見違えるほど逞しくなったな、アーサー」
父上の声が、震えている。
僕は、どう答えていいかわからなかった。
嬉しい。
父上が、僕に会いに来てくれた。
でも、どう接していいのか、わからない。
僕は、ただ黙って父上を見上げていた。
◇◇◇
父上が、少し戸惑ったような顔をした。
「座らないか?」
「あ、はい」
僕たちは、それぞれソファに座った。
静かな時間が流れる。
父上が、そっと手にしていた包みをテーブルに置き、僕の方に差し出した。
「六歳のプレゼントだ。おめでとう、アーサー」
「……あ、ありがとうございます」
包みをそっと手に取り、開けても良いかと目で伺う。
父上が微笑みながら頷いたので、僕は包みをゆっくりと開けた。
「わあ、本だ!」
立派な装丁の分厚い本だった。
「本が好きだと聞いたのでな——それは、王家の歴史物語だ。お前の先祖がどういう人たちで、どんな偉業を成してきたのか、子供にも分かりやすく書かれている」
王家の人間として、お前にも知っておいてほしいと思ってな、そう呟く父上の眼差しはとても優しかった。
「ありがとうございます。大切に読みます!」
感動で、少しだけ声が震えた。
父上は、ちゃんと僕のこと「王家の人間」と思ってくれてたんだ!
父上はまるで眩しいものを見るように一瞬だけ目を細めると、照れたように視線を落とした。
しばしの沈黙。
「……それで」
それを破ったのは父上だった。
「オンタリオ領での生活は、どうだ?」
「……楽しいです」
僕は、小さく答えた。
「そうか。それは、よかった」
父上が、安心したように微笑んだ。
「ハルカとは、仲良くやっているか?」
「はい。ハルカは、とても優しくて……」
僕は、少しずつ話し始めた。
ハルカのこと。
毎日、一緒にご飯を食べること。
一緒に魔法の勉強をすること。
パトラッシュとヒロのこと。一緒に鍛えてもらってるということ。
それから、レオのことも話した。一緒に、競い合う仲間だ、と。
父上は、静かに聞いてくれた。
頷きながら、時々微笑みながら。
少しずつ、僕の緊張がほどけていった。
◇◇◇
「ラオウ様は、すごく強くて、かっこいいんです」
僕は、少し興奮して話し始めた。
「時々、訓練をみてくれます。剣の型も教えてくれるし、体を鍛える方法も教えてくれます」
「そうか。ラオウ殿に鍛えてもらえるとは、贅沢だな」
父上が、嬉しそうに笑った。
「ヒロも、すごいんです。色々なことを教えてくれます。マナーとか、計算とか。体力作りも」
「ヒロ?」
「はい。さっきまで一緒にいてくれた僕の侍従です。とても優しくて、頼りになります」
「そうか……」
父上が、目を細めた。
「レオとは、競い合っているんだったな」
「はい。レオは、ヒロの弟で、僕より二つ年上なんです。最初は少し……」
僕は、喧嘩のことを思い出した。
でも、今は違う。
「でも、今は仲良くなりました。一緒に体を動かしたり、勉強したりするのは、楽しいです」
「それは、よかった」
父上が、温かく微笑んだ。
「魔法の練習は、どうだ? 熱は出たりしていないか?」
「はい。ミランダ様が、毎日教えてくれます。最初は全然できなかったけど、少しずつできるようになってきました。最近では熱を出すことも全くありません」
僕は、魔石に魔力を移す練習のことを話した。
それから、風魔法の練習のこと。
ハルカと一緒に頑張っていること。
話し始めたら、止まらなくなった。
聞いてもらいたいことが、どんどん溢れてくる。
父上は、ずっと聞いてくれた。
優しく、温かく。
◇◇◇
「……すみません。話しすぎました」
僕は、少し恥ずかしくなって俯いた。
「いや、いいんだ」
父上が、優しく言った。
「お前が、そんなに楽しそうに話すのを聞けて、嬉しかった」
父上の声が、少し震えていた。
「成長したんだな、アーサー」
父上が、僕の頭に手を置いた。
大きくて、温かい手。
「俺も、そんなお前の成長していく姿を、ローズと共に見たかった」
その声には、深い後悔が滲んでいた。
「父上……」
「アーサー」
父上が、真剣な顔で僕を見た。
「お前を、見捨てたわけではない」
「……」
「お前は、俺の大切な息子だ。この国の王子だ」
その言葉に、僕の胸が熱くなった。
父上が、そっと僕を抱きしめる。
温かい。
安心する。
僕は、父上の胸に顔を埋めた。
涙が、こぼれそうになった。
◇◇◇
しばらくして、父上が僕を離した。
「そろそろ、行かなければならない」
「……はい」
僕は、小さく頷いた。
「アーサー、元気な姿を見られてよかった。また、会いに来る」
「はい……」
父上が、立ち上がろうとした時。
僕は、勇気を出して言ってみた。
「あの、僕、手紙を書いてもいいですか?」
父上が、驚いたように顔を上げた。
それから、とても嬉しそうに微笑んだ。
「もちろんだ! 必ず、返事を書くから、たくさん書いて送ってくれ」
「本当ですか!?」
「ああ。お前からの手紙を、楽しみに待っている」
父上が、僕の頭を撫でてくれた。
僕は、嬉しくて、胸がいっぱいになった。
◇◇◇
父上が、部屋を出て行く。
パタンと扉が閉まる音が部屋の中に響いた。
僕は、一人になった。
でも、寂しくなかった。
父上が、会いに来てくれた。
父上が、僕のことを大切に思ってくれている。
そして、手紙を書いていいと言ってくれた。
必ず返事を書くと言ってくれた。
楽しみにしているとも言ってくれた。
いつでも、父上と繋がっていられる。
僕は、ベッドに座って窓の外を見た。
雪が静かに降り続けている。
外は真っ白でとても寒そうだ。
でも、僕の胸はポカポカと温かかった。
新しい年が始まって、たくさんのプレゼントをもらった。
料理に、剣に、花火。父上から本ももらった。
でも、一番のプレゼントは、父上に会えたこと。
「今まで生きてきた中で、今日が一番幸せな誕生日だ」
今日はたくさんの笑顔に会った——ラオウ様、タイロン様、ヒロにレオ、屋敷のみんな。
そして——ハルカ。
オンタリオ領に来てから、良いことばかりだった気がする。
——その全部にハルカがいる。
父上にたくさん手紙を書こう。
オンタリオ領でのこと。
ハルカのこと、レオのこと、ヒロのこと、それからパトラッシュとラオウ様のこと。
たくさん、たくさん書こう。
僕は、父上からもらったプレゼントを、ギュッと胸に抱きしめた。




