第18話:新年の祝いと誕生日会
新しい年が明けた。
この国では、元日の一日は家族と過ごし、十歳以下の子どもがいる家庭では誕生日祝いもまとめて行う習わしがある。
この国では、一月一日に皆が一つ年を取るからだ。
オンタリオ家でも、ほとんどの使用人は家族の元に帰省していたが、屋敷に残ったみんなと私たち家族で、新年と誕生日を祝うことになった。
◇◇◇
大食堂は、いつもより華やかに飾られていた。
長いテーブルには、冬のご馳走がずらりと並んでいる。
討伐でお祖父様が獲ってきてくれた魔猪のロースト。
脂の甘みと香草の香りが、席に着く前から食欲をくすぐる。
秋に遡上した鮭を塩漬けにしておいた身を、根菜と一緒に煮込んだ旨味の深いシチュー。
魔の森で採れたきのこを使った酸味のきいたマリネ。
少しだけ残しておいたお米で炊いた、鶏肉のパエリア風炊き込みご飯。
オンタリオ領特産の蜂蜜をふんだんに使ったしっとりケーキと、ドライフルーツと木の実がぎゅっと詰まったタルトもある。
飲み物は、果実水に蜂蜜酒、南の地方から取り寄せたワイン。
そして今回の目玉は、秋のお米で試行錯誤して仕込んだ日本酒の搾りたて新酒だ!
私はまだ飲めないので、試飲はバルドにお願いし(パトラッシュたちの世話への報酬込みで喜んで協力してくれた)、蜂蜜酒づくりのベテランたちにも力を借りた。前世で見たような透明なお酒とまではまだいかないけれど、バルド曰く「かなりうまい」らしい。
冬の辺境らしい、保存食と魔の森の恵みを生かした食卓に、みんなの顔が輝いた。
お父様、お祖父様、セバス、マーサ、ナタリー、ヒロ、レオ、アーサー、そして私。
警備担当の騎士たちは交代で参加し、どうしても持ち場を離れられない者には、取り分けて届けられる。
お母様は産後間もないので双子と部屋で休んでいて、後で料理を運ぶ予定だった。
バルドは、世話をしている動物の中に具合の悪い子がいるらしく欠席。レオが後で差し入れを持っていくことになっている。もちろん、日本酒を添えて。
「さあ、新年を祝おう。そして、子どもたちの誕生日も祝おう」
お父様がグラスを掲げた。
「新年おめでとう。ハルカ、アーサー、レオ、誕生日おめでとう」
「「「ありがとうございます!」」」
グラスの触れ合う音が、広い食堂に澄んで響いた。
私は今日で六歳。アーサーも六歳。レオは八歳になった。
去年より少しだけ大きくなった自分たちが、なんだか誇らしく感じられた。
◇◇◇
食事が始まると、食堂は一気に賑やかになった。
「ハルカももう六歳か。もうすっかりお姉さんだな」
早速手にした日本酒を味わいながら、お父様が目を細める。
「うん。アリサとヒナタのこと、ちゃんと守るよ」
そう言うと、お父様は嬉しそうに頷いた。
「アーサーもレオも、随分しっかりしてきたな」
お祖父様が二人を見る。その手には、かなり大きめのグラスに注がれた日本酒が並々と入っていた。
「はい。今年も、もっと強くなります」
アーサーが真剣な顔で言い、
「俺も!」
レオが胸を張って続けると、
「うむ、期待しておるぞ」
お祖父様の笑顔は、いつもよりずっとやわらかかった。
◇◇◇
食事が落ち着いた頃、セバスが静かに立ち上がった。
「皆様、少しお時間をいただきたく存じます」
視線がセバスに集まる。
「春に、ナタリーが結婚のため退職いたします」
ナタリーも立ち上がり、セバスの隣に並んで深々と一礼した。
私は思わず声を上げた。
「え? ナタリー結婚するの!?」
「はい、お嬢様。春には東の砦に勤務するトビーの下へ行くことになりました。お側を離れますことお許しください」
「いつの間に! ナタリーったら、ちょっとは教えてくれてもよかったのに——でも、おめでとう! 寂しくなるけど、幸せになってね」
「はい」
そう答えるナタリーは、花が綻ぶような幸せな笑顔だった。
その顔を見ていたら、寂しい気持ちより、嬉しい気持ちの方が大きくなった。
どうか、幸せになってほしいな。
そんな私たちのやり取りを、優しい眼差しで見つめていたセバスが声をかける。
「お嬢様」
「はい」
「ナタリーの後任にはルナが着きます」
「ルナが戻ってくるの!?」
ルナ。
ヒロと同い年のセバスの養女で、私が生まれた時にはもう側にいてくれた人。
メイド兼護衛見習いとして修行を積みながら、いつも私を気にかけてくれた。
他領で研修を受けていると聞いていたのに——。
「ルナは先ほど帰還し、お嬢様の専属侍女として仕えることになりました」
えっ、今日!?
思わず席を飛び上がりそうになる。
「ルナ、入りなさい」
扉が開く。
黒髪をひとつに束ね、灰色の瞳で静かにこちらを見るルナ。
少し背が伸びたけれど、凛とした雰囲気は変わらない。
「お嬢様、ただいま戻りました。ルナです」
その声は落ち着いていて、でも少しだけ嬉しそうで。
「ルナ!」
私は駆け寄って抱きつく勢いで飛びついた。
「おかえり!」
「……ただいま帰りました、お嬢様」
小さな、けれど確かな微笑み。
元気そうで良かった。
胸がじんわり熱くなる。
ルナが、帰ってきた。
ルナも席に着き、食事は再び和やかな空気に包まれた。
控えめながら、時折目が合うとルナがそっと微笑んでくれる。
半年ぶりの再会。
後で、たくさん話そう。聞きたいことが山ほどある。
◇◇◇
食事が終わると、お祖父様が立ち上がった。
「さあ、プレゼントの時間じゃ」
待ってましたとばかりに私たち三人の目が輝く。
まず私の前に置かれたのは、少し古びた厚い本だった。
表紙には土の紋章が刻まれ、革の装丁には細やかな植物の模様が施されている。
「これは……」
「お前の祖母——リリーが残した土魔法の魔導書じゃ」
お祖父様が、優しく微笑んだ。
「リリーは『ゴーレムクイーン』と呼ばれた、優れた土魔法の使い手じゃった。その技術と知識が、この本には詰まっておる」
私は、そっと本を手に取った。
古い革の匂い。
ページをめくると、丁寧な文字で書かれた呪文や魔法陣が並んでいる。
「お前は火と土、二つの属性を持っておる。リリーと同じ土魔法が使えるなら、きっとこの本が役に立つじゃろう」
「ありがとう、お祖父様……!」
その重みが、嬉しかった。
お祖母様の残したもの。
お祖母様の知識。
それを受け継げることが、誇らしかった。
アーサーとレオには子ども用サイズの本物の剣が渡される。
「本物……?」
「まだ訓練用じゃが、いずれは実戦で使うことになる。大切に扱うんじゃぞ」
二人は目を見張り、そして誇らしげに受け取った。
「プレゼントはまだあるぞ」
お祖父様が、にやりと窓の方を見る。
——その瞬間、外で大きな音がした。
ドン、ドン、ドン。
窓の外に、色とりどりの光が咲き誇る。
「花火だ!」
レオの声が弾ける。
赤、青、緑、黄色。
魔導士たちが打ち上げる新年の花火が、冬の夜空を鮮やかに染め上げていた。
「きれい……」
「すごい……」
アーサーもレオも目を輝かせ、私も胸の奥がじんわりあたたかくなる。
新しい年が、始まったんだ。
◇◇◇
花火が終わると、子供達は退出する時間となった。
食堂に残るみんなから「おやすみなさい、良い夢を」と挨拶の言葉がかけられる。
お父様が立ち上がり、扉の前まで送ってくれた。
「アーサー。この後、陛下からプレゼントが届くらしい。部屋で待っていなさい」
アーサーの目が大きく見開かれる。
「父上から……?」
「詳しくは後でわかる」
ウインクをして去っていくお父様の言葉に、アーサーは緊張と期待の混じった表情で頷いた。
そんなアーサーとレオと共に私は食堂を出た。
「じゃあ、僕は部屋に戻るね」
「うん。陛下からのプレゼント、楽しみだね」
「ちょっと緊張するけど……楽しみ」
それぞれもらったプレゼントを大事に抱え、三人はそれぞれの部屋へ戻った。
◇◇◇
部屋ではルナが待っていた。
ナタリーは食堂に残って、みんなから祝福を受けている。
「お嬢様、お着替えを。お風呂の準備もできてますよ」
「ありがとう、ルナ」
着替えとお風呂を済ませ、寝支度を手伝ってもらいながら、ルナの近況について尋ねる。
私からはアーサーのこと、レオも交えて三人で勉強していること、田んぼやお酒造りの進捗具合についても話をした。
まだまだ話したいことはたくさんあった。
でも、夜はどんどん更けてくる。
「お嬢様、そんなに慌てなくても、私はこれから毎日お側におりますよ」
優しく微笑まれ、布団をかけられた。
そうだ、明日からはルナが側にいてくれる。
そう考えると、途端に嬉しくなった。
——この一年、幸せだったな。
お父様・お母様も、お祖父様も元気だし、アリサとヒナタが生まれて家族も増えた。
ヒロもパトラッシュも無事に討伐から戻ってこれた。
アーサーもレオも、共に学ぶ仲間になった。
そして、ルナも帰ってきた。
みんなで、もっと幸せになるために、今年はもっともっと頑張ろう。
新しい年。新しい始まり。
そのすべてが、希望に満ちていた。
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