第16話:ワクワクの予感
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誤字報告をありがとうございます☆
早速修正させて頂きました!
アーサーとレオが取っ組み合いの喧嘩をした日。
夕方、私はお父様の執務室に呼ばれた。
扉を開けると、お父様とお母様、お祖父様、そして執事のセバスとヒロがいた。
ヒロは、お父様たちに深々と頭を下げていた。
何が起こっているのか理解するのに、少しだけ時間がかかった。
やがて、皆の視線が私に向けられ、怪我の具合を問われる。
大丈夫だと答えた。
すると、ヒロが今度は私に向かって深く頭を下げた。
「お嬢様、本日は誠に申し訳ございませんでした」
その声は、震えていた。
「弟のレオがアーサー様に暴力を振るい、さらにお嬢様にまで怪我を負わせてしまいました。侍従としても、兄としても、私が至らないばかりに起きたこと。心よりお詫び申し上げます」
ヒロは、さらに深く頭を下げた。
私は慌てた。
「ヒロ、顔を上げて。謝罪はすでに受け取ったわ。何度も言うけれど、小さな子ども同士のことだし、レオだけが悪いわけじゃないわ」
でも、ヒロは顔を上げなかった。
「いいえ。レオは王子であるアーサー様に手を上げました。これは決して許されることではありません」
その言葉は固く、重かった。
王子に手を上げる――この世界では重大な罪。
場合によっては処罰されることもある。
胸が締め付けられるようだった。
「でも……」
「ハルカ、落ち着いて」
お母様が優しく肩に手を置いた。
「ヒロ、顔を上げなさい。あなたを責めるためにここに呼んだわけではありません」
その言葉に、ヒロはゆっくりと顔を上げた。
その瞳は、深い後悔に満ちていた。
◇◇◇
「原因はなんだったんだ?」
お父様の問いかけに、ヒロが小さく答えた。
「恐らく……レオの嫉妬でしょう」
嫉妬。
その言葉に、私は息を飲んだ。
「お嬢様や私を盗られたと……身の程を弁えず申し訳ありません」
ヒロは再び深く頭を下げた。
かすかに震える肩が、必死に感情を押し込めていることを物語っていた。
……そんなはずはない、と思いたかった。
けれど胸の奥がざわつく。指先が冷えていく。
思い返せば、ヒロが遠征で不在の間も、確かに私はアーサーに掛かり切りで――
まだ七歳のレオが兄の不在をどう感じていたか。
そんなの、少し考えればわかることだったのに。
私がもっと気にかけていればーーこれは、間違いなく私の落ち度だ。
重たい沈黙が落ちる。
その気配を受け止め、まるで空気を整えるように、セバスが静かに口を開いた。
「僭越ながら、一つ提案がございます」
いつもの落ち着いた声だった。
「今後、レオとアーサー様が顔を合わせないよう、訓練の時間をずらすなど、計らった方がよろしいのではないでしょうか」
その提案に、私は胸の奥が熱くなり、気づけば声が出ていた。
「それは、ダメです」
セバスが少し驚いたように私を見る。
「お嬢様?」
「二人を引き離すのは、よくないと思います」
お父様も、お母様も、セバスも、ヒロも、私を見ていた。
「子どもが強く、まっすぐ育つためには、競い合う相手が必要なんです。ライバルが必要なんです」
私は、前世で五人の息子たちを育てた日々を思い出していた。
誰が一番速いか。
誰が一番高く跳べるか。
誰が一番たくさん食べられるか。
そんな小さな競争の積み重ねが、彼らを強く、逞しく育てた。
「アーサーとレオは歳も近いし、男同士。意識し合える、いいライバルになれると思うんです」
しばらく沈黙が続き――
それを破ったのはお祖父様だった。
「ハルカの言う通りじゃ!」
豪快に笑う。
「男ってのは競い合って大きくなるもんだ。ワシもタイロンも、学生時代は毎日のように喧嘩しておったわい!」
「父上……」
お父様が呆れたような顔をする。
「でも、それで絆が深まったのも事実じゃろう?」
お祖父様はニヤリと笑った。
お父様は何も言えなくなった。
お母様もやわらかく微笑んだ。
「そうね。あの年頃の男の子は、感情をうまく扱えるようになるまで時間がかかるものよ。黙って引き離すより、自分たちで折り合いをつける機会を与えましょう。失敗から学ぶことも大切だわ」
お母様は静かに言葉を続けた。
「ハルカの言うように、二人でいれば、相手の振る舞いが“お手本”になるでしょうし、好奇心も良い方向に働くわ。言葉だけより、実際に見て、触れて、感じて学ぶ方が男の子には向いているもの」
そして、そっと私の頭に手を置いた。
「危ない時だけ守ってあげればいいの。あとは今まで通り、できた時には褒めてあげて。そうすれば、競い合いながらも自分で考えられるようになるわーーあなたが今までやってきたように。ね、ヒロ」
そう言って今度はヒロに顔を向け、お母様は微笑む。
「そうね。きっと今日の喧嘩だって、ただの衝突ではなく、学びの始まりかもしれない」
私もお母様に全力で乗っかることにした。
「大丈夫。お母様の言う通り、ヒロは、兄としても、アーサーの侍従としてもしっかり役目を果たせているよ」
そして、にっこりと特大の笑顔をヒロに向ける。
ヒロが感極まった様子で、肩を震わせた。
そんな私たちを見て、お父様が深く息を吐いた。
「そうだな。幸い怪我も大したことないようだし、今回のことは不問にする。アーサーの養育に関しては王より我が家が一任されていることだしな。もし苦情が来たら、俺がなんとかするさ」
そしてヒロを見る。
「ヒロ、お前も気に病むな。子どもの喧嘩は、どこにでもあることだ。ただし、怪我には注意しろよ」
「……ありがとうございます」
ヒロは、深く頭を下げた。
◇◇◇
私は、みんなに感謝を述べた。
それから、ふと思いついたことを言ってみた。
「お互いをお手本にし合って刺激し合えるなら、朝の訓練だけじゃなくて、マナーや教養も一緒に学ばせたらどうかな」
ヒロが驚いたように顔を上げた。
「お嬢様、それは……」
「ダメ?」
「いえ……今でも十分過ぎる待遇をいただいています。これ以上は……」
ヒロは恐縮して首を振る。
セバスも言う。
「レオの将来を考えるなら、きちんと仕事も覚えておかなければ本人のためになりません」
確かにその通りだった。
でも、私はまだ諦めきれなかった。
お母様が助け舟を出した。
「両立できる範囲で、ならいいんじゃないかしら?マナーも教養も、どんな仕事にも役に立つわ。学ぶ機会があるなら、学んでおいて損はないもの」
私も続けた。
「アーサーも、一緒に学ぶ相手がいた方が成長が早いと思うの。もちろん私も、時々は一緒に参加するわ。でも、男女でマナーや必要となる教養も異なるから、レオと一緒の方が何かと都合がいいと思うのよね」
「それでも、流石に王族と同じマナーや教養というのは……」
セバスが顔を曇らせる。
お父様が考え、そして言った。
「ならば、まずは一年だけ、一緒にやらせてみてはどうだ?それくらいなら基礎部分と言えるだろう。その後は、それぞれの習熟具合と希望に合わせて、その時考えればいいのではないか?」
「それ、いいと思う!」
思わず飛び上がった。
「流石、お父様!」
お父様は嬉しそうに、でも少し困ったように笑った。
「ただし条件がある。嫌がったら無理強いしないこと。ついていけなくなったら相談すること。決められた授業や仕事はそれぞれきちんとこなすこと。わかったか?」
「はい!」
私には確信があった――レオとアーサーなら、きっと大丈夫。
レオは、不器用なところもあるけれど、真っ直ぐで、向上心が高くて、とても優しい。
アーサーは、少し内向的で自己主張が得意ではないけれど、その分相手をよく観察してて思いやりもある。
そんな二人が一緒に居れば、お互いの努力や、振る舞いが、全てお手本になる。
そしてお互いの好奇心を刺激し合って、どんどん成長していけると思う。
ぶつかり合ってもいい。
競い合い、励まし合い、そして――
いつか、本当の仲間になる。
ビバ!男の友情!!!
明日、二人に話してみよう。
一緒に勉強しないかって。
きっと喜んでくれる。
そう思うと、急に明日が楽しみになってきたのだった。
現時点での年齢関係を整理するとこんな感じです╰(*´︶`*)╯♡
ハルカ;5歳
アーサー:5歳
レオ:7歳
ヒロ:14歳




