第15話:初めての喧嘩
アーサー視点のお話です。
ヒロが教育係兼侍従になってから、僕の日常は大きく変わった。
毎朝僕の起床時間に合わせて、ヒロが身支度を手伝いにやってくる。
食堂まで付き添ってくれて、朝の運動にも一緒に参加してくれた。
教育係だけあって、マナーや教養を教えてくれるし、図書室にも散歩にも付き合ってくれる。
その代わり、ハルカは隣室から元の部屋へ戻ってしまった。
休みの日は一緒に過ごすことがほとんどだし、食事や魔法の講義では会えるけれど、やっぱり少し寂しかった。
でも今では、いつでもヒロが傍にいてくれる。
パトラッシュと走るときも、薪割りを手伝うときも。
疲れたら休もうと声をかけてくれるし、頑張れば褒めてくれる。
効率の上がる斧の持ち方を教えてくれて、失敗しても笑ってくれる。
ヒロは優しかった。
ここにいる人は、みんな優しいし、気にかけてくれる。
けれど、みんな忙しそうで、いつも僕の傍にいてくれるわけじゃない。
いつでも傍にいてくれて、僕のことをちゃんと見ていてくれるヒロのことを、あっという間に僕は好きになっていた。
◇◇◇
そんなある日、ヒロが弟のレオを連れてきた。
ハルカが三年前に保護した、ヒロの弟。
僕より2つ年上の男の子。
赤みがかった茶色の髪。
ハルカより少し大きな背丈。
僕は、目の前に立つ男の子を見つめた。
深い茶色の瞳。
ヒロと同じ色の瞳が、じっと僕を見つめる。
でも、ヒロとは違った。
——僕を拒んでいるような、そんな目だった。
「……初めまして、レオです」
「初めまして、アーサーです」
それだけ言い交わすと、レオは「馬の世話があるから」と戻っていった。
嫌われてる?
僕は戸惑った。
僕、何かしたのだろうか。
◇◇◇
その後もヒロとの訓練は続いた。
最初はパトラッシュと走るだけだったのに、少しずつ腕立て伏せも腹筋もスクワットもできるようになった。
「十回、よくできました。休憩しましょう」
水を渡してくれるヒロ。
僕はヒロと体を動かすのが楽しかった。
きちんと僕の調子を見てくれて、褒めてくれて、もっと頑張りたくなる。
「ヒロ、僕もう少しできるよ」
「無理はいけません。休むのも訓練のうちです」
ヒロが笑う。
僕も笑った。
◇◇◇
そんな訓練に、ある日レオが参加することになった。
少し嫌な予感がした。
レオは僕を好きじゃない――それは、なんとなくわかっていた。
でもヒロが言うなら、受け入れるしかなかった。
レオは体がよく動いた。
走るのも速いし、腕立てもたくさんできる。
当たり前だ。
レオは僕より年上だし、体だって大きい。
でも、悔しかった。
ヒロがレオを褒めると、レオは嬉しそうにするのに、僕を見るとまた冷たい目に戻る。
……少し、王宮にいた頃を思い出した。
◇◇◇
ある日の訓練後、ヒロが言った。
「アーサー様、以前とは比べ物にならないほど体力がつきましたね」
頭を撫でられて嬉しかった。
でも、遠くでレオがこちらを見ていた。
その目は何かを言いたそうだったけれど、そのまま厩舎へ戻っていってしまった。
◇◇◇
それからも、時々レオとは訓練で一緒になった。
レオは相変わらず冷たかった。
話しかけてもそっけなく、やっぱり僕を見ることはない。
でも、ヒロは僕にもレオにも平等に接してくれた。
同じだけ応援してくれるし、頑張った分だけ褒めてくれる。
危ないことをした時は、ただ叱るのではなく、どうして危険なのかを説明してから叱ってくれた。
もちろん、二度目にやった時は容赦なく叱られたけれど。
……『兄』って、こんな感じなのかな?
本当は、僕にも血のつながった兄がいる。
けれどレイノルド兄上には避けられていたし、こんな風に気にかけてもらったこともない。
ヒロが本当の兄上だったらよかったのに——レオのことが、ちょっとだけ羨ましかった。
◇◇◇
ある朝、訓練が終わったあと、ヒロから嬉しい提案があった。
「もう少し体力がついたら、剣の基礎を始めましょうか」
「剣!?」
「と言っても、体に見合った重さの木剣ですが」
「やった!」
喜ぶ僕。
笑うヒロ。
そのとき。
「兄さん!」
レオが走ってきた。
怒っているようだった。
「兄さんは僕の兄さんだ!」
指をさされる。
「お嬢だけじゃなく、兄さんまで!俺の兄さんに馴れ馴れしくするな!」
驚いた。
どうしてこんなに怒っているのか分からなかった。
レオの目に涙が浮かんでいた。
ヒロがレオを諌める。
レオはまだ何かを言い募っていた。
――寂しいんだ。
ヒロもハルカも、僕に盗られたように感じているんだ。
でも僕だって。
大切な人をやっと見つけたんだ。
「僕だって、ヒロともハルカとも一緒にいたい!」
そう叫ぶと、レオが顔色を変えて、飛びかかってきた。
押し倒され、胸を叩かれる。
痛い。
でもそれ以上に、悔しかった。
悲しかった。
僕も押し返した。
取っ組み合いになった。
◇◇◇
「やめて、二人とも!」
慌ててハルカが屋敷から飛び出してきた。
ヒロも僕たちを止めようと、肩を抑える。
ヒロの反対側から間に入ろうとしたハルカを、僕とレオの手が同時に押してしまった。
「きゃっ!」
ハルカが倒れた。
擦りむいた掌。
血がにじむ。
「「あ!」」
胸が締め付けられた。
僕が。
僕たちが。
ハルカを傷つけた。
◇◇◇
ハルカが手当を受けるため、ヒロと共に屋敷へと戻る。
僕達はその場に立ち尽くし、呆然と二人の後ろ姿を見送った。
気まずい空気が漂う。
暫くして戻ってきたヒロに促され、二人でハルカに謝りに行くことにした。
部屋の扉の前に立つ。ノックをする勇気が、なかなか出なかった。
レオも、同じように躊躇っていた。
僕たちは、顔を見合わせた。
レオの目には、もう怒りはなかった。
ただ、後悔だけがあった。
僕も、同じだった。
僕は、小さく頷いた。
レオも、頷き返した。
そして、二人で、ドアをノックした。
「ハルカ、入ってもいい?」
僕たちは、小さく声をかけた。
しばらくして、ハルカの声が聞こえた。
入っていいよ。
僕たちは、ドアを開けた。
ハルカが、ベッドに座っていた。
手には、包帯が巻かれていた。
僕は、また胸が痛くなった。
「ハルカ……ごめんなさい」
僕は、頭を下げた。
レオも、隣で頭を下げた。
「僕たちのせいで、ハルカを傷つけた。本当に、ごめんなさい」
僕たちは、一緒に謝った。
ハルカは微笑んで言った。
「うん。わかった。もういいから、気にしないで。それより二人に怪我はない?」
ハルカはアッサリと許してくれた。おまけに、怪我の心配までしてくれる。
……許してくれたのに、余計に僕の胸は痛くなっていた。
◇◇◇
部屋を出た後、レオが言った。
「突っかかって、悪かった。ごめん」
僕は驚いてレオを見た。
——初めて、しっかりと視線が合った。
「……お前、強いな」
レオが、まっすぐに僕を見つめる。
「弱いと思ってた。でも、違った。ちゃんと戦った。……お嬢を大切に思ってるのも、わかった」
レオが、手を差し出した。
「俺、レオ。改めて、よろしく」
僕も、その手を握った。
「僕、アーサー。よろしく」
それから、少し心配になって尋ねた。
「——それと、僕もごめん。痛くなかった?」
レオは笑った。
「ああ、あのくらい平気だ」
その顔は、少しだけ得意げだった。
「——それよりも、兄さんの一番弟子は俺だし、お嬢を守るのも俺だからな」
「僕だって、ハルカを守れるくらい強くなる!」
「じゃあ、勝負だな!」
「ああ、絶対負けないからな!」
二人して、声を上げて笑った。
その瞬間、ふと――何かが変わった気がした。
レオは、もう僕のことを嫌っていない。
僕も、レオを嫌っていない。
――何か、通じ合えたような気がした。
\ ★大感謝★ 20万PV 突破しました! /
読んで頂きありがとうございます☆
評価、ブクマ、感想、リアクション、全て励みにしています╰(*´︶`*)╯♡




