第12話:目指すべき未来
ちょっと短めのお話です。
「あの、お祖父様、もう少しだけお話しが聞きたくて…」
その夜、私はパトラッシュと共に、お祖父様の部屋を訪ねた。
ドアを開け、部屋に招き入れてくれたお祖父様にソファを勧められる。
「どうした、ハルカ。眠れないのか?」
まだ冷えるからなと言って、膝掛けを掛けてくれたお祖父様が優しく微笑んだ。
「お祖母様のこと……もっと聞きたくて」
私がそう言うと、お祖父様は少し驚いたような顔をしたあと、フッと目を細めて私を見つめた。
「そうか。ハルカはリリアに会ったことがなかったのだったな。では、いいものを見せてやろう」
お祖父様が、部屋の奥から一枚の絵を取り出した。
それは、肖像画だった。
私と同じ赤みのある栗色の髪を、後ろでざっくりと三つ編みにまとめている。
優しく、それでいて芯の強さを感じさせる翡翠色の瞳。
二十代くらいだろうか。溌剌とした笑顔の中にも、どこか凛とした強さを秘めた女性がそこにいた。
「これが、お前の祖母、リリアじゃ」
「お祖母様……」
私は、絵をじっと見つめた。
「お祖母様は、どんな方だったんですか?」
私の問いに、お祖父様はすぐには答えなかった。代わりに、目の前のグラスへ琥珀色のお酒をゆっくりと注ぐ。
氷がカランと音を立てた。
「リリアはな……」
お祖父様が記憶を辿るように、遠くを見つめた。
「どんな逆境でもへこたれない、強い人じゃった」
その声には、優しく、懐かしむような響きがあった。
「ドラゴンとの戦いの時も、何度も絶望的な状況になった。食料が尽きかけたり、仲間が重傷を負ったり。でも、リリアは決して諦めなかった。いつだって明るく前向きに、自分にできることを探して動いておった」
「本当に強い方だったんですね」
「ああ。だが、それでいて、人の痛みに敏感でな」
お祖父様がグラスを傾ける。
「リリアが涙を見せるのは、いつも誰かの悲しみに寄り添っている時だった。自分がどんなに辛くても泣かないのに、仲間が傷ついた時、誰かが悲しんでいる時には、一緒に泣いてくれた」
私は、じっと肖像画を見つめた。
優しい微笑み。
でも、その瞳の奥には、強い意志が宿っているように見えた。
「そこにいるだけで、誰もが明るい気持ちになった。リリアの周りには、いつも人が溢れていてな」
お祖父様が懐かしそうに笑う。
「不思議なことに、ピンチになると救いの手が集まってくる。まるで磁石みたいな一面があった。ワシらは窮地に陥るたび、彼女に助けられた」
「素敵な方……」
私は思わず呟いた。
「ああ。世界中どこにもいない、強く、優しく、温かい、実にかっこいい女だった」
お祖父様の目から愛しさが溢れていた。
「ハルカは、リリアにそっくりじゃ」
「え……」
私は驚いて顔を上げた。
「見た目もそうじゃが、それだけじゃない。お前も、リリアと同じように、誰かのために一生懸命になれる。困っている人を見過ごせない。そして、そこにいるだけで、周りを明るくする」
お祖父様が私の頭を撫でる。
「ハルカも、きっと素晴らしい女になる。ワシは、そう信じておる」
「お祖父様……」
胸が温かくなった。
◇◇◇
しばらくの間、私たちは肖像画を見つめていた。
静かな時間が流れる。
私はふと思いついたことを聞いてみたくなった。
「お祖父様は、お祖母様のこと、好きだった?」
「当たり前じゃ。好きなんてもんじゃない、大好きじゃった」
お祖父様が即答する。
「今でも愛している。リリアほどいい女を、ワシは知らない」
その言葉には、一片の迷いもなかった。
お祖父様の目が、肖像画を見つめる。
その瞳には、まるで今でもお祖母様がそこにいるかのように、愛しさと切なさが宿っていた。
私も、もう一度肖像画を見つめた。
お祖母様。
会ったことはないけれど。
でも、お祖父様の話を聞いて、少しだけ、お祖母様のことがわかった気がした。
強くて、優しくて、かっこいい人。
私も、そんな人になりたい。強く、そう思った。
◇◇◇
「ところでハルカ」
お祖父様が、ふと真剣な顔になった。
「アーサーを婿にするという話は、本気か?」
「え?」
突然の質問に、私は驚いた。
「お前に一度きちんと聞いてみたかったんじゃ。話を聞く限り、心配でな。同情しているだけじゃないのか? 可哀想だから、優しくしているだけではないのか?」
お祖父様の目が、私をじっと見つめる。
私は、少し考えた。
「…今は、そうかもしれない」
正直に言った。
「でも、私はアーサーが好きだよ」
「好き?」
「うん。あんなにボロボロになっても、誰かのせいにしたり、人を恨んだりしない。優しくて強い子だと思う。私はそんなアーサーだからこそ、幸せにしてあげたいと思ったの」
私は、アーサーの顔を思い浮かべた。
最初に会った時の、怯えた顔。
でも、今は少しずつ笑顔が増えてきた。
その笑顔を守りたいと思った。
「そうか」
お祖父様が頷く。
それから、少し意地悪そうな顔をした。
「では、もう一つ聞くぞ」
「うん」
「アーサーが、あり得ないとは思うが、万一よその女を好きになったらどうする?」
「え……」
私は、一瞬言葉に詰まった。
考えたこともなかった。
でも、すぐに答えが出た。
「その時は、ちゃんと送り出すよ」
「送り出す?」
「うん。だって、私はアーサーを苦しめたいんじゃない。幸せにしたいんだもん」
私は、真剣な顔で答えた。
「もし、アーサーが他の誰かを好きになって、その人と一緒にいる方が幸せなら、私はそれを応援する。アーサーの幸せが、私の幸せだから」
お祖父様は、少し驚いたような顔をした。
それから、優しく微笑んだ。
「そんなところも、ハルカはリリアに似たのかもしれんな」
お祖父様はそう言うと、手にしていたグラスのお酒を飲み干した。
カランと氷が溶ける音がした。
けれど、お祖父様は気づかない様子で、ただお祖母様の肖像をじっと見つめていた。
その横顔は、どこか寂しそうで、でも幸せそうだった。
◇◇◇
夜も深くなってきたので、私はお祖父様の部屋を出た。
パトラッシュと廊下を歩きながら、先ほどの会話を思い返す。
お祖母様のこと。
アーサーのこと。
そして、自分のこと。
私は、お祖母様のようになれるだろうか。
強くて、優しくて、かっこいい人に。
誰かのために一生懸命になれる人に。
そして、アーサーを幸せにできる人に。
まだ、わからない。
でも、頑張ってみたい、そう思った。
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