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メンタルつよつよ令嬢ハルカはガリガリ王子をふくふくに育てたい!  作者: ふくまる


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第11話:英雄たちの真実

興奮で顔を赤くしているのだと思っていたアーサー。その瞳は熱っぽく潤み、焦点がだんだんと合わなくなっていく——。


「これは発熱じゃな」


お祖父様は即座に私たちを両腕に抱え、屋敷まで駆け戻った。


そして、お母様が診察に来ると、「後始末と周辺警護の段取りをつけてくる」と告げ、お父様の執務室へと向かった。


お母様の見立てでは「興奮と疲れによる一時的な発熱。一晩眠れば回復するでしょう」とのことだった。


私はホッと胸を撫で下ろした。


後のことをマーサに任せ、私はパトラッシュを診てもらうため、バルドの元へと向かった。


厩番で動物のお世話責任者であるバルドは、私が拾ってきた動物の世話と躾も担当してくれている、頼れる動物のエキスパートだ。


「バルド、パトラッシュを診てもらえる? キンググリズリーに跳ね飛ばされて……」


私が事情を説明すると、バルドはすぐにパトラッシュを診てくれた。


大きな手で優しくパトラッシュの体を触診していく。


「うん、大丈夫。打撲もなく、骨も問題ないですね。さすがシルバーフェンリル、頑丈だ」


その言葉に、私はその場にへたり込んだ。


良かった。


アーサーもパトラッシュも、みんな無事だった。


安心したら、どっと疲れが押し寄せてきた。


私は重い体を引きずるように自室に戻ると、パトラッシュと一緒に泥のように眠った。


◇◇◇


三日後。


アーサーの体調も回復し、後始末を終えたお祖父様を囲んで、やっと家族揃っての夕食会となった。


その夜の夕食は、いつも以上に賑やかだった。


お祖父様が無事に帰ってきたこと。


魔猪(ワイルドボア)をどう対峙したのか。


魔の森や近辺の村のようすなど、次から次へ話題は飛んだ。


「お祖父様、討伐に連れていった子たちの活躍も教えてください」


私は今回お祖父様の遠征に同行したパトラッシュや他の子たちについて尋ねた。


「おお、そうじゃのう。まずは、パトラッシュ。縦横無尽に駆け回り、魔猪の群れを追い込んでな。お陰で一頭も逃すことなく、群れを殲滅できた。よくやったな」


パトラッシュもどこか誇らしげだ。


「あとはヒロだな。あいつは初陣とは思えないくらいいい動きだった。風魔法と身体強化を駆使して、パトラッシュと共に駆け回っては、群れから逸れた魔猪を仕留めておった」


「ヒロ、すごい! そういえば、姿が見えないけど、どうしたの?」


「ああ、あいつには事後処理の手伝いを頼んだ。ワシより書類仕事に向いておるしな」


カラカラとお祖父様が笑う。ヒロは執事見習いとしても教育を受けている。うん、適任だ。


テーブルには、料理長が腕を振るった肉料理が並んでいた。


魔猪の肉を使ったステーキに香草焼き。煮込み料理もある。


どれもおいしそうで、お祖父様も満足そうに食べている。


「うむ、やはり家で食べる飯はうまいのう!」


そんな和やかな会話が続く中、アーサーは俯いたまま、アーサー用に準備した料理をモソモソと口に運んでいた。


「そう言えば、ヒロのことまだ紹介してなかったね。帰ったら紹介するね」


そっと声をかけても、アーサーの様子はどこかおかしい。お祖父様の武勇伝は大好物のはずなのに、会話に加わろうとしない。時々お祖父様を見ては、また俯く。


その様子を見て、ハッとした。


恥ずかしがってるんだ!


熱に浮かされていたとは言え、あんなに熱く想いを語った後だもの。

穴があったら埋まりに行きそうなアーサーを横目に、私はそっと気づかないふりをした。


◇◇◇


食事が一段落ついた頃、意を決したようにアーサーが席を立った。


「あの……少し、失礼します」


小さな声でそう言って、部屋を出ていく。


しばらくして戻ってきたアーサーは、もじもじしながらお祖父様の隣に座った。


その手には赤い背表紙の本。


『ドラゴンと騎士』


「あの、ラオウ様……」


「おお、どうした?」


お祖父様が優しく微笑む。


「この本……『ドラゴンと騎士』のこと、教えていただけませんか?」


アーサーが、恥ずかしそうに本を差し出す。


「おお、その本か」


お祖父様が本を手に取る。


その表情が、少し複雑になった。


「実はのう、この本は……」


お祖父様が少し困ったような顔をする。


「前大公閣下——今の国王陛下の大叔父にあたる方が、王弟時代に面白がって書いたものでな」


「え?」


アーサーが驚いたように目を見開く。


「事実とは、だいぶ違うんじゃよ」


「え、えぇ!?」


アーサーの声が裏返った。


私も驚いた。


そうだったの?


「ドラゴンは確かに倒した。それは本当じゃ。だが、何もワシ一人の手柄ではない」


お祖父様が本のページをめくりながら語る。


「それに、このお姫様とも結婚しておらん」


「え、でも、モデルはラオウ様だって……主人公と同じ名前だし……」


アーサーが戸惑っている。


「大体じゃな」


お祖父様が少しむくれたような顔をする。


「前大公閣下も討伐に参加して、聖女様と結婚されたくせに、何だってよりにもよってワシをモデルに話を書くかな。しかもワシの名をそのまま使いおってからに」


お祖父様がぶつぶつと文句を言い始めた。


その様子が、なんだか可愛くて、私は思わず笑ってしまった。


「お祖父様、そんなに嫌だったの?」


「嫌というわけではないがのう。事実と違いすぎて、恥ずかしいわい」


お祖父様が照れくさそうに頭を掻く。


◇◇◇


「では、本当のお話を聞かせてください!」


アーサーが身を乗り出す。


その目は、キラキラと輝いていた。


「うむ、わかった」


お祖父様は「仕方がないのう」とでも言いたげな好々爺の顔で頷いた。


「あれは、ワシがまだ辺境伯を継ぐ前、ちょっとヤンチャをしておった二十歳そこそこの頃」


お祖父様の目が、遠い昔を思い出すように細められる。


「学生時代の仲間とパーティを組んで、冒険者として活動しておった。色々な依頼を受け、あちこちで魔物と戦っていたんじゃ。その時のメンバーの一人が、前大公——当時の王弟殿下じゃった」


「王弟殿下!?」


「ああ。身分に拘らない豪気な方で、大盾遣いの名手じゃった。ワシらを守りながら、敵を引きつける。見事なものじゃった」


予想外の話に目を丸くする私たちとは対照的に、お父様もお母様も涼しい顔でお茶を飲んでいる。


二人は既に知っていた話なのだろう。


「ワシらは、誰も受けたがらない難しい依頼を次々とこなした。そうしているうちに、Sランクパーティとして、名前が売れるようになってな。ドラゴン討伐の依頼が舞い込んできたのはそんな時じゃった」


お祖父様が懐かしそうに語る。


「では、お二人のパーティがドラゴンを倒したということですか?」


アーサーが尋ねる。


「いや、パーティにはワシらの他にもう一人、先代ヒューロン子爵もおった。斥候を担当しておってな、素早い動きと観察力で、敵の足跡や罠を見つけるのが得意じゃった。ドラゴン討伐には、ワシらのパーティ以外にも、王都から討伐隊が派遣されてな。騎士隊に魔導士隊、補給部隊に救助隊、総勢百名からなる精鋭で討伐に挑んだんじゃ」


「その中には、聖女様——当時はまだ見習いじゃったが——も一緒でな。回復魔法の使い手じゃった」


「聖女様も……」


アーサーが息を呑む。


「それから……」


お祖父様の声が、少し優しくなった。


「ワシの妻——リリアもいた」


「お祖母様……」


私は思わず呟いた。


「ああ。リリアは、お姫様ではなかった。だが、『ゴーレムクイーン』との二つ名を持つ、優れた魔導士じゃった」


お祖父様の目が、温かく輝く。


「儂らは、ドラゴン討伐で初めて会った。リリアは王都の魔導士団から派遣されてきたんじゃ」


「お祖母様は、どんな方だったんですか?」


お祖父様が一瞬、愛しげに目元を緩ませた。


「実にかっこいい女じゃった。強くて、優しくて、仲間を守るために必死で戦って。疲れた仲間には肩を貸し、弱い者をその背に庇う」


お祖父様の顔が、少年のように輝く。


「初めて会った時、リリアは一人でゴーレムを五体も操っていてな。その姿が、もう、本当にかっこよくてのう。気づいたら惚れておった」


「素敵……」


私は思わず呟いた。


「ドラゴンとの戦いは、準備に一月、実際の戦闘は三日三晩続いた。何度も諦めそうになったが、みんなで支え合って、なんとか倒すことができた」


お祖父様が拳を握る。


「最後の一撃は、ワシが放った。だが、それは、みんなの協力があってこそじゃ。一人では、絶対に倒せなかった」


「そうだったんですね……」


アーサーが、感動したように頷く。


「そして、戦いが終わった後、ワシはリリアに求婚した」


「え! その場で!?」


私が驚いて声を上げる。


「ああ。もう、我慢できなくてな」


お祖父様が豪快に笑う。


「最初は断られたがな。『身分が違いすぎる』とか『出会ったばかりだから』とか」


「でも、結婚されたんですよね?」


アーサーが尋ねる。


「ああ。ワシは諦めなかった。毎日、手紙を書いた。王都まで会いに行った。プレゼントも贈ったし、デートにも誘った。王家にも協力を要請したし、魔導士団の団長にも援護を依頼した」


「そ、そこまで…」


「ああ。そこまでしても、どうしてもリリアに振り向いてほしかったんじゃ。そしたら、半年後、やっとリリアが『はい』と言ってくれた」


お祖父様の目が、優しく潤んでいる。


「リリアに出会えたことは、ワシの人生で一番の幸運じゃった。そんな彼女を口説き落としたこと、それが最も自慢できるワシの武勇伝じゃ」


そう言って、お祖父様はニカリと笑った。


◇◇◇


「他の方々は、どうなったんですか?」


アーサーが尋ねる。


「参加した者たちはそれぞれに報奨を受けた。戦死した者にはその遺族に授けられたと聞いておる。それから、前大公閣下は、聖女様と結婚され、大公位を授けられて臣籍降下された。先代ヒューロン子爵は領地を賜り、子爵位を継いで恋人と結婚した」


「みんな、幸せになったんですね」


「ああ。あの戦いは、物語ほどには山も谷もなかったが、ワシらにとっては一生の思い出じゃ」


お祖父様が満足そうに頷く。


「だからこそ、この本は少し……のう。事実と違いすぎて、恥ずかしいんじゃ」


「でも、本当のお話の方が、もっと素晴らしいです!」


アーサーが目を輝かせる。


「みんなで協力して、ドラゴンを倒して。ラオウ様は愛する人と結ばれて。物語以上にワクワクしました!」


「ハハハ、そう言ってもらえると嬉しいわい」


楽しげに笑うお祖父様。その目は遠い昔を懐かしむように細められ、ちょっとだけ寂しそうだった。

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