第1話:ガリガリ王子との出会い
本日より新連載スタートします!是非ブクマして読んでもらえると嬉しいです( ◠‿◠ )
「私がこの子をふくふくに育てて、大きくなったらお婿にもらいます!」
王の執務室。上質な革張りのソファーの上、目の前の王様に向かって、私はない胸を精一杯張って高らかに宣言した。
ハルカ・オンタリオ。それが、今世での私の名前。
側には、目を大きく見開き固まる父と面白そうに私を見つめる母。王の背後では、不敬を咎めようかと逡巡する補佐官。
「こんな小さな子をガリガリのままほっとくなんて信じらんない! 誰もこの子に構わないというなら、私が貰って帰ります! いっぱいご飯を食べさせて、いっぱい楽しいこと教えて、ふくふくに育ててみせます!その頃になって返せと言われたって、返してあげないんだから!!」
鼻息荒く、噛み付くようにそう宣言すると、目の前の王がそれはもう愉快そうに声を上げた。
「そうか。其方が此奴をふくふくに育てて婿にもらってくれるのか! いいだろう。そなたに我が息子を預けよう。頼んだぞ! ハルカ」
私の隣では、ガリガリに痩せこけた男の子――アーサー・エヴァーランド第二王子が、淡い空色の瞳で私をじっと見つめていた。
◇◇◇
私、ハルカ・オンタリオは、オンタリオ辺境伯家の長女である。
赤みのある栗色の髪と琥珀色の瞳を持つ、ごく普通の貴族の娘――のはずなのだが、実は前世の記憶がある。
前世では、下町で小さな食堂を営んでいた。朝早くから夜遅くまで、カウンターの向こうで包丁を握り、お客さんの笑顔のために料理を作る日々。そして、五人の男の子を育てた。
その中には、拾った子もいた。
冬の夜、店の前に倒れていた痩せこけた少年。服はぼろぼろで、頬は落ちくぼみ、震える手で何かを掴もうとしていた。
私はその子を店に連れ込み、温かいスープを食べさせた。最初は警戒していた子が、スープを一口飲んだ途端、涙を流したのを覚えている。
その子は、やがて私の三男になった。よく食べ、よく笑い、立派に育って、今頃は幸せに暮らしているだろう。
そんな前世の記憶を持ったまま、私はこの世界に生まれた。
魔法のある世界。剣と魔法が当たり前にあって、魔獣が闊歩する森があって、貴族と平民がいる世界。
最初は戸惑ったけれど、五歳になった今、この生活にもすっかり慣れた。それに、この世界には前世にはなかった便利なものがある。
スキル、だ。
私は料理と鑑定のスキルを持っている。前世の記憶のおかげだろうか。とても重宝している。そして、さらに、私はこの世界では珍しいらしい火魔法と土魔法の二属性持ちらしい。今のところ使いこなせているわけではないが、いつか何かの役には立つであろう。ラッキーだと思っている。
父、タイロン・オンタリオは王国一の武勇を誇る炎の剣士だ。熊のような体格で、深い赤銅色の短髪、琥珀より濃い金茶の瞳。笑うと目尻が下がる、娘と妻を溺愛する優しい父だ。オンタリオ辺境領は王国の北辺にあり、隣国と国境を接している。魔の森を警戒し、魔獣を討伐し、領民を守るのが辺境伯たる一族の仕事だ。
母、ミランダ・オンタリオは元王宮魔法使いで、水魔法の達人。転移のスキルも持っている。一説によると、以前スタンピートが起きた際、応援に駆けつけた母に父が一目惚れして口説き落としたらしい。今でもベタ惚れで、隙あらば娘にまで惚気てくるの。母本人はクールなところもあるが、淡い水色の髪と透明感のあるグレーブルーの瞳を持つ、穏やかで優しい人だ。
そして母には、大切な親友がいた。
前王妃ローズ・エヴァーランド。
母がよく話してくれる。ローズ様は優しくて、強くて、誰よりも魔法が上手だったと。王様と結婚して、第一王子レイノルド様を産んで、そして第二王子アーサーを産んで――亡くなった。
母はそれをとても悲しんでいた。今でも時々、ローズ様のお墓参りに行く。
そして今日も、母のお墓参りに付き合う形で、私は王宮に来ていた。父は魔の森の魔獣の動きについて王様に報告するために来ていて、ちょうど三人で王宮を訪れることになったのだ。
大人たちが謁見の間で話している間、私は中庭で遊んで待つことになった。
そこで――私は、アーサーと出会った。
◇◇◇
事の発端は、ほんの一時間ほど前のことだった。
五歳の私にできることはない。大人たちが謁見の間で話している間、侍女に連れられて中庭で遊んで待っていることになった。
王宮の中庭は広く、手入れの行き届いた庭園には色とりどりの花が咲いていた。噴水の水音が心地よく響き、石畳の小道が幾筋も続いている。赤い薔薇、白い百合、紫の菫。どれも綺麗だけれど、辺境の野に咲く花の方が素朴ながらも生命力が漲っていて、私はそっちの方が好きだな、なんて思いながら歩いていた。
私の本日の装いは、淡いアイボリーのドレス。ふわふわと風に揺れる、裾が広がったタイプのもので、とてもかわいらしいとメイドたちに絶賛されたものだ。赤みのある栗色の髪は母が三つ編みにしてくれて、煉瓦レッドのリボンをつけている。動きにくいけれど、王宮ではこれくらいきちんとしないといけないらしい。実に面倒臭い。
とはいえ、普段とは違うドレスで歩く初めての王宮庭園にワクワクした気持ちは抑えきれず、冒険心も湧いてくる。気づけば、侍女から離れ、人気のない奥の方までズンズンと来てしまっていた。
庭園の奥、生垣の陰に、アーサーはいた。
いたというより、倒れていたという方が正しいのかもしれない。彼は、ガリガリに痩せた体を生垣で隠すように、ひっそりと横たわっていた。古びた貴族服はぶかぶかで、腕は骨と皮だけのように細い。艶のない黒髪、落ちくぼんだ頬。薄く開かれた瞼から見える淡い空色の瞳――それは、母が大切にしているローズ様の肖像画と同じ色だった。
追いついた侍女のナタリーが息を呑む。
「この方は……第二王子、アーサー・エヴァーランド様です」
前王妃ローズ様の忘れ形見。一見してわかるほどに衰弱している。病気だろうか?
それにしても、痩せすぎている上、とても怯えた目をしている。
前世で拾った三男を思い出す。あの子よりもひどい。
こんなの、おかしい。
「お父様とお母様のところに連れて行く」
ナタリーに抱き上げてもらい、私たちは宮殿に駆け込んだ。
◇◇◇
そこから、治療してのこの状況である。
ここは、王の執務室。人払いがされたこの部屋には、王様とその後ろに立つ補佐官、両親と私。そして、治療を終え、少し顔色の良くなったアーサーが隣で横たわり、小さく寝息を立てている。
そんなアーサーにチラリと視線を送ると、王様が深く息を吐いて口を開いた。
「ハルカ嬢と言ったかな。息子を、アーサーを助けてくれたこと、礼を申す」
私の方をまっすぐ見つめ、王様が謝意を述べた。続いて、両親に視線を向けると、静かに語り出した。
「アーサーは魔力過多症でな。生まれた頃から体が弱く、定期的に魔力を使う必要があるのだが、それもままならず、このようによく倒れてしまうようなのだ……」
言葉を濁す。
「なぜ、こんなになるまで放っておいたのですか? お付きの者の姿も見えないようですが」
母が、冷たい声で尋ねた。
「言い訳になるが、アーサーの養育については『特に問題ない』と報告されていてだな、私もそれを鵜呑みにしておった。養育係も、侍従も『問題ない』と……」
「陛下、その言い訳は苦しすぎますぞ。殿下は確か娘と同じ五歳のはず。お年の割にお身体が小さすぎるように見受けられる。今までおかしいと思わなかったのですか?」
父の呆れたような追求に、王様もしどろもどろになっていた。二人は学生時代からの友人らしく、気安い空気はあるものの不敬ではないだろうかと、黙って聞いていた私は若干心配になった。
そこに、冷ややかな母の声が重なる。
「現王妃様は?」
「エリザベスは、アーサーを……あまり、快く思っていない。特に、昨年王子を産んでからは、あれの一族も少々騒がしくてな…」
王様の声が苦しげに途切れる。
現王妃エリザベスは、ローズ様が亡くなった後、王と結婚し、昨年王子をお産みになった。結婚、出産、育児と忙しく、目が行き届かなかったということだろうか。それにしても、ここは王宮である。一般庶民とは異なり、メイドや侍女、侍従など、育児の手はいくらでもいるだろうに、どうして誰もこんなになるまで気づかなかったのか。不思議で仕方がない。
けれど、そんな私の理解とは裏腹に父母は納得した様子で冷ややかな笑みを浮かべていた。
私はソファに座ったまま、大人たちの話を聞いていた。事情はよくわからないが、つまり、アーサーは王宮で誰にも気にかけてもらえず、一人苦しんでいたのだろう。生まれた時から庇護してくれる母親もおらず、頼りの父親には忙しさを理由に関心を向けられず……。
母の拳が、ぎゅっと握られた。身のうちの激情を堪えるように、キツく目を閉じた後、静かに王を見据えた。
「ローズが、どれだけこの子を愛していたか。どれだけこの子に会えるのを楽しみにしていたか。陛下はご存知だったはずです。ローズの分もこの子を守るとおっしゃっていたではありませんか」
「わかっている。だが、私は……いや、言い訳だな」
王様は、何も言えなくなった。
こんなの、おかしい。
私は立ち上がった。
「陛下」
「ハルカ嬢?」
王様が驚いたように私を見る。
私は、ない胸を精一杯張って、王様の前に立った。
「陛下、この子、大切な息子さんなんですよね?」
「……ああ、私とローズの大切な息子だ」
「なら、どうしてこんなにガリガリなんですか! ちゃんとご飯、食べさせてますか? 誰か、この子の面倒見てるんですか?」
私の言葉に、執務室が静まり返った。
補佐官が「不敬である」と言いかけたけれど、王様が手で制した。
「すまない。私の不徳の致すところだ」
王様の視線が落ちる。
誰も言わないなら、私が言ってやる!そう、固く決意して、私は一歩前に出た。
「こんな小さな子をガリガリのままほっとくなんて信じらんない! 誰もこの子に構わないというなら、私が貰って帰ります! いっぱいご飯を食べさせて、いっぱい楽しいこと教えて、ふくふくに育ててみせます。その頃になって返せと言われたって、返してあげないんだから!」
父が「ハルカ……」と呟く。母の瞳が、面白そうにきらりと輝いた。
アーサーも騒ぎに目を覚ましたようで、ぼんやりとした目を私に向けている。
王様が、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、驚きと、そして希望の光が宿っている。
「そなたが、アーサーを育ててくれる……のか?」
「はい! だって、こんなにガリガリなの、見てられません。私がこの子をふくふくに育てて、大きくなったらお婿にもらいます!」
その言葉に、父が固まった。口をぽかんと開けて、私を見ている。
「娘よ……今、何と言った?」
「お婿にもらうって言ったの! だって、こんなに放っておかれてる子、見てられない! 私が全部面倒見るから、大きくなったら責任取ってもらうの! それなら、お互いウィンウィンでしょ?」
前世で育てた五人の息子たち。みんな立派に成長して、それぞれ幸せな家庭を築いた。でも、みんな私の元から巣立っていった。
今度は違う。
この子を私の側に置いておきたい。この子をふくふくに育てて、笑顔にして、そして――大きくなったら、私のお婿さんにするんだ。そしたらずっと側にいられる。
「ううぃ……ん?」
怪訝そうな声で呟いた後、王様が、声を上げて笑い始めた。
「はっはっは!そうか。其方が此奴をふくふくに育てて婿にもらってくれるのか! いいだろう。そなたに我が息子を預けよう。頼んだぞ! ハルカ」
「はい!」
「アーサーの魔力過多症には、定期的な魔力の使用が必要だ。オンタリオ領なら、魔の森があるからな。魔獣を狩れば、魔力も使える。元王宮魔法師のミランダもいるしな。安全対策も魔法指導も任せられる」
王様は父に向き直った。
「タイロン、息子をよろしく頼む」
「陛下……本気ですか。うちの娘はまだ五歳ですぞ」
「本気だとも。アーサーには、優しくて強い環境が必要だ。お前のところなら、それがある。…それに身を守る術を持たぬ身では、王宮は少し生きづらかろう」
王様は私を見た。
「ハルカを見ろ。あの子は本気だ。お前の娘はスゴイな。本気で、アーサーを救おうとしている」
父が深く息を吐いた。
「わかりました。ハルカがそこまで言うのなら、アーサー様をお預かりしましょう。ただし、陛下」
「何だ?」
「半年に一度は、陛下ご自身でアーサー様の様子を見に来てください。手紙のやり取りでも結構です。定期的な交流をお願いします。それと――」
父の声が、一段と低くなる。
「婿の件は保留です。ハルカに結婚はまだ早い!」
父の言葉に、王様の目が潤んだ。一瞬喉を詰まらせ、深く息を吸い込む。そして、しっかりと父を見据えて告げた。
「ありがとう、タイロン。必ず、そうする」
母が静かに言った。
「私も、全力でアーサー様をサポートします。これは、ローズとの約束ですから」
母の声は、もう冷たくない。温かく、優しく、決意に満ちていた。
「ミランダ……ありがとう」
王様が深く頭を下げた。
「タイロン、ミランダ、そしてハルカ。アーサーを頼む。きっと、そなたたちのもとでなら、アーサーは……」
王様の声が震える。父と母は深く頭を下げた。
◇◇◇
そうして、私たちはアーサーを連れて辺境へと戻った。
事情を説明すると、アーサーはこくんと頷き、静かに「お世話になります」と小さな声で呟いた。
母の転移魔法で屋敷の庭に降り立つと、アーサーは大きな瞳で屋敷を見上げた。
広大な敷地、石造りの堅牢な屋敷。遠くには魔の森の緑が見える。空は広く、風は爽やかだ。夕日が屋敷を赤く染めている。
「ようこそ、アーサー。ここが、私たちの家だよ」
アーサーの瞳に、ほんの少しだけ、希望の光が灯り始めていた。
こうして、私とアーサーの物語が始まった。
ガリガリの王子を、ふくふくに育てる物語が。
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