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武装タクシー ATX205号

作者: 美濃勇侍

これは2008年に、別の作家名義で書いて、ここに投稿していた作品です。

この別名義のログインパスワードを忘れてしまっていたのが、

今日になって見つかったので、ひとつの作家名義に統合しました。

2年前に書いたヤツですが、忘れたころに読んでみるとなかなかいいと思えたので、

ふたたび掲載してみます。


さいきんこの作品を発見して、読んだ人はすいません。

 あのクソくだらない法律ができたのは、たしか西暦2083年だったかな。

 あのときは地球温暖化が行くとこまでイっちまって、どっかのバカなオバサン議員がテレビで「呼吸法を制定しましょう」とか何とか言ってたころだ。


 ちがうちがう、赤ん坊を生むときにやる、ヒッヒッフーのアレじゃない。息を吸って吐くやり方を、法律で決めようとか言ってたんだ。あのオバハンは。二酸化炭素を減らすためです!とかって。なんだっけな、100メートル以上の全力疾走は禁止とか、開いた口がふさがらん法律だったよ。


 で、それはめでたく国会を通らなかったんだが、かわりにあの法律が通った。毎日毎日、「ナンバーの数字の下二ケタが偶数か奇数か」で、今日はこのクルマは走れる、このクルマは走れないって決めるワケよ。NHKで、毎朝三時にやってるだろ?「本日は《偶数》であります!」とかって。


 でも、この法律は一つ、穴っていうか手抜きっていうか、俺たちみたいなタクシーは法律から除外するって内容があって、そのおかげでタクシーは毎日、道を走っていいんだ。


 だから、単純にクルマが好きなヤツがタクシー業界に集まるし、国も「タクシー業界こそは、国に残された唯一の巨大な公共交通」とかって持ちあげたんで、今じゃあんた、東京都民ひとりあたりに、タクシーは六台の割合であるんだぜ。


 それでやってけるのかって?もちろんだよ。国は東京のばあい、一つの区に一つのでっかいタクシー会社しか作れないようにしたし、ある区のタクシー会社のクルマが、他の区で客を拾うのは禁止してんだな。東京ももう、すみずみまで人間でびっしりだし、別に食いっぱぐれはないね・・・と。


 さて、着いたよお客さん。ここが二重橋だよおっかさん、てなもんだ。お客さん、ドルか中国元で払う気はない?いや、なきゃいいんだ。円はもう落ち目だから、あんま使い道がないワケよ。まあそりゃこっちの話だからいいって事で。


 十万円札で・・・七万三千円のおつりと。東京はぶっそうだから、気をつけて行きな。ああ、それからお客さん、個人タクシーに乗るのは、やめといた方がいいよ。なんでかって言うと、個人タクシーは一匹狼だから、いろいろもめ事が多いんだ。だから、タクシー乗るときは「大国際無線タクシー同盟」がいいよ。なんつってもウチは日本最大のタクシー同盟。「安心・安全、お客様の生命を守る大国際無線タクシー」だから・・・・・


                                 

 榊原伸吾(さかきばらしんご)は、自分の愛車のそばでぐったりのび(・・)ているガキ(・・)を見下ろしながら、今日は悪い日になりそうな予感を覚えた。朝になって、自分のクルマのそばに、こういうゆとった(・・・・)クソガキが転がっている日は、たいていロクな日にならない。前回こういう調子で一日が始まったときは、目黒区のタクシー連合の連中に追い回されて、クルマのケツをさんざんに撃たれた。

 このガキもおおかた、伸吾のタクシーのホイールキャップでもかっぱらいに来たのか、体のわきにバールとドライバーが転がっていた。おおかた、スタン・セキュリティを反応させて、二万ボルトの電流を食らったのだろう、この寒い二月の朝に、季節感のない半ズボンから青白いすねをむき出しにしてひっくり返っている。

 足はすり切れたビーチサンダル、意味の通じない英語の言葉がプリントされた汚い野球帽は、かぶっている本人と同じように真横を向いていて、黒人ラップスター風の口ひげだけは一人前に生えそろった、今どきのチンピラだ。


 ブーツのつま先でガキをうつぶせに転がし、両腕を後ろに回して、両手の親指どうしをタイラップで拘束したあと、伸吾はガキをそこいらのどぶに蹴り込んでから、携帯電話を取り出し、警察に電話をかけた。

 通報された警察がやってくるまで待っていては商売あがったりなので、伸吾は防弾ベストのポケットからキーを取り出し、それをクルマに向けて、キーに付いたボタンを二回すばやく押した。アクセスに反応したクルマが電子音とセクシーで柔らかな女性の声で《警戒態勢が解除されました》と告げると、伸吾はドアの生体認証ノブに指を触れる。《アクセス者をオーナーと確認。ご乗車ください》のアナウンスと共に、ドアはプシュッと開いた。


 シートに滑り込んだ伸吾はナビゲーションに向けて、次々にコマンドを入力する。

「エンジン起動。オートドライヴ、ルートB3、エアコンを二八度に。それから、ダメージ報告」

水素燃料エンジンがヒュゥゥンと低い音と共に起動し、伸吾のタクシーのバーチャルナビシステム「エレクトラ」が反応した。《自己診断終了。全機能に異常ありません》

 その答えに満足すると、伸吾は言った。「出してくれ」

 伸吾の経営する武装個人タクシー、ATX205号が発車するとき、ちょうど警察が、臭いどぶの中からクソガキを引っ張り出しているところだった。目覚めたガキの叫ぶ「マジざっけんなこらオヤジおらマジぶっころっそらああ!」というやや下品な見送りとともに、205号はゆうゆうと走り去った。


                                 

 朝食の支度に立ちが立ったとき、女は自分の腹部に違和感を感じ、ふくらんだ腹を思わずなでた。出産予定日はまだ一週間半先の予定だったはずだが、次に感じたキリリとした痛みは、まちがいようのない出産の兆しを彼女に教えた。

「あうっ・・・いた・・・痛い・・・」

 彼女はガクリと床にうずくまり、腹を押さえて切れ目のない痛みを耐えようとしたが、それは自分ひとりだけではどうにも対処することができないほど、経験のない大きな痛みだった。

(病院へ・・行かなくちゃ・・赤ちゃんが)

 テーブルの上のものをひっくり返しながら手探りし、コードレスフォンを握った彼女は、ふるえる指で119をプッシュし、電子音を聞きながら応答する者が出るのを待つ。

 ガチャッと音がして、電話がつながった。「もしもし・・・」

《こちらは、東京消防庁です。おかけになった救急出動受けつけは、あと、さん、じゅう、よん、件後に受け付けさせていただく予定です。どうぞ落ち着いて、そのままお待ち下さい、現在、全救急車は多忙のため、まことに・・・》


 彼女は機械がたわ事をたれ流している電話機を放り出し、玄関に向かって這いはじめると、驚くことに途中でよろめきながら立ち上がった。もはや救急車を待っていられない。タクシーを拾って、一秒でも早く病院へ向かわないと、おなかの子供が危ないかもしれない。彼女には他に助けてくれる知りあいはいなかった。子供の父となるはずだった若い男も、彼女が妊娠していると知った三日後に姿を消してしまっていた。

 サンダルも突っかけずに玄関のドアを開け放った彼女が、表の道路を目指してよろめき進み始めたとき、同じフロアでどこかのドアが開くと必ず顔を出してチェックする、青い髪をした老婆が、エレベーター前の部屋の玄関から顔を出したが、こっちに向かって進んでくる女性を見て目を丸くすると、大急ぎでドアを閉め、ガチャンガチャンとカギを閉めた。


                                  

 205号が豊島区にさしかかったとき、伸吾は運転をオートドライヴに任せ、ややくつろいで、ナビ画面に表示されているニュースティッカーを読んでいた。彼のタクシーが営業を許可されているのはまだ先の渋谷区、港区、千代田区なので、明治通りに入れば、そう道が混んでいなければ思ったより早く着けるはずだ。

 ある信号が赤になり、205号は前に普通乗用車、後ろは古びた宅急便のトラックに挟まれて信号待ちになった。クルマの乗車規制があるのにますます増える荷物の需要をこなすために24時間態勢で動いてるため、昼と夜が逆転してしまった後ろのトラックドライバーが、もう疲れた顔をしているのが見えた。

 そして伸吾がふと運転席から左側を見たとき、雑居ビルの間から、女性がひとりよろめき出てくるのが見えた。まず彼の目を引いたのが、女の腹が大きいこと、そして、大きめのワンピースから伸びた脚に、血が付いているのを見て、彼は何が起きているかを察した。


「オートドライヴ解除。救急車両モード。ここから一番近い産科のある病院を検索しろ!」伸吾は205号にすばやくコマンドを入力した。

《救急車両モードにシフトします。病院を検索中・・・》このモードに入ったタクシーから半径100メートル以内のクルマは、自動的に道路の左側に寄って、車線のまん中を開けるようにできている。


 彼がすばやく後部左側のドアを開けると、ようやく救われたという表情をした女が、転がり込むように乗ってきて、うめいた。

「お願い、病院へ・・・赤ちゃんが産まれ・・ううっ」

「分かりました。もう大丈夫です。すぐ病院へお連れします」伸吾は妊婦に話しかけた。チンピラをどぶに叩きこんだのと同じ男と思えないほど、その声はやさしい。


 そのとき、運転席側の窓ガラスをコツコツ叩く音がした。右を向くと、タクシー会社の制帽を斜めにかぶった中年の男が立っている。窓ガラスを下ろすと、その運転手は酒に焼けた声で言った。

「兄ちゃんよお、それ、緊急の客か?」

伸吾はなんの感情も入っていない声で告げた。「見れば分かるだろう。破水してる。急がないと危ない」

「そおりゃあ分かるけっどよ、兄ちゃんのクルマは、ここじゃ営業しちゃいけねえよなぁ?」

「そんなこと言ってる場合か!代替救急車両として活動する時は、その法律は適用外だ」

「フザっけんじゃあねえっぞ。こちとら豊島区ひとすじ二十年、個人タクシーごときにナメられてたまるかよ」中年男は、このタンカを最後まで言い終わる前に、道路にのびていた。

 運転席を降りてきた伸吾が、男の顔面にものすごいパンチを食らわせて「豊島区ひとすじ」あたりで終わらせてしまったからだ。

 サイレンを鳴らして走り去る205号を地面からにらみつけ、中年男はうめいた。「あの野郎、絶対許さねえぞ・・俺の客をカッぱらいやがって・・・」立ち上がったあと、中年男は自分のタクシーに向かってフラフラと戻っていった。


                                  

「エレクトラ」の検索によると、ここから一番早く到着できる病院は、文京区の東大病院だけのようだった。生まれる子供の数が少ないので、病院から産科がどんどん消えていったあげく、緊急の妊婦は豊島から苦労して、となりの区まで行かねばならない世の中なのだ。

 ハンドルを握りしめる伸吾の手に力が入った。この女は、俺が必ず助けてみせる。

 彼の心に、数年前、自分の妻が後ろで荒い息を吐いている女性と同じ目にあったときの記憶がまざまざと蘇る。

 妻が予定より早く産気づいた。救急車はストライキを起こしていてまったく動かず、病院に運ぶために拾ったタクシーの運転手どうしが客を取った取らないと、つまらないイザコザを起こして時間を食ったおかげで、妻はその場で破水、早産してしまい、彼の子供も妻も助からなかった。

 その場から逃げる二台のタクシーのナンバーを覚えていた伸吾がタクシー会社に抗議すると、事故係という肩書きのついたヤクザがやってきて、少しの金を払うとともに彼を袋だたきにしたのである。


「奥さん、大丈夫ですか。いま、東大病院に向かってます」後ろに向かって声をかける。

「はい・・でも、急いで・・ううっ」

 女は乗車したときより呼吸が早くなってきていた。だが、もうすぐ豊島と文京区の境界を超えられる。少しは希望が見えたかと思ったそのとき、鋭い電子音と「エレクトラ」のアナウンスが伸吾の不意をついた。

《追突警報。追突警報。乗務員および乗客は、衝撃に備えてください》

 車体後部から、ドガンッ、というものすごい音がして、驚いた女の悲鳴とともに、205号の車体は前にガクンと飛び出した。


「クソッ、なんだと?」

 車体後部カメラの映像には、けばけばしいクリーム色とオレンジに塗られたクルマが写っていた。それはまちがいなく(大としま タクシー総連合会)のタクシー。さっき伸吾が殴り倒した運転手が、豊島区のすべてのタクシーに、205号を手配したにちがいない。法を破って豊島区で客を取り、それを注意した運転手に暴行した個人タクシーとして。

 だが、ここで停車するわけにはいかない。伸吾はアクセルを床まで踏みこんだ。次の信号が黄色になった瞬間に交差点を抜ければ、後ろのヤツは引き離せるかもしれない。


 しかし、前方の交差点に進入してきた豊島タクシー二台が、交差点のまん中をふさぐようにして停車した。距離は三百メートルほどしかない。「エレクトラ」が危険のメッセージをあくまでセクシーに伝えてきた。《警告。警告。前方に障害物を発見しました。注意してください》205号は進退きわまった。

「お客さん、どこかにしっかりつかまって下さいよ!!」

 叫んだ伸吾が205号を、進路をふさいでいる二台のうち、右のタクシーに向かって突進させると、あわてた運転手がクルマから逃げ出した。その車体から数メートル手前でブレーキを全力で踏みつつ、ハンドルを思い切り左へ切る。205号は車体の前を中心に、タイヤから煙を上げながらくるりと回転する。


「オートマシンガン!障害車両のタイヤを撃て!」

 205号の後部トランクが左右に開き、九ミリ機銃が取り付けられたマニピュレータが展開した。そして停車したタクシーの右うしろを奇跡的にすり抜けつつ、パパパパンと正確に四発発射された弾丸が、道をふさいだ豊島タクシーの片側のタイヤ四つを撃ち抜く。

 そのとき、205号の左のドアミラーもバゴンッっという音と共に吹き飛んで《警告。左ドアミラーが破損しました》のメッセージが聞こえたが、伸吾はかまわずにクルマを走らせ、タクシー二台がへたりこんだ交差点をたちまちあとにした。請求書は、あとであのタクシーに乗ったヤクザどもに出せばいい。


                                   


 救急モードでやってきた205号を受け入れるため、東大病院ではスタッフが待っていた。看護婦と医師が女をストレッチャーにのせて運ぶとき、彼女は伸吾に話しかけた。

「ありがとう・・ございました。運転手さんがいなかったら・・いまごろ」

「大丈夫です。元気な赤ん坊を産んでください」死んだ妻のかわりに、という言葉は、そのまま飲みこんだ。

「運転手さんの・・お名前を教えてください」髪が汗で乱れ、化粧っけがなくても、これから出産という役目を果たそうとしている彼女は、美しかった。

「・・伸吾です。榊原伸吾」

「この赤ちゃんが男の子だったら・・私、運転手さんと同じ名前をつけます。この子の・・命の恩人だから」

「ありがとうございます。もう行ってください。おなかの子にさわります」

 彼女を乗せたストレッチャーが病院の奥に消えていくと、伸吾はふりかえって、騒動の事情を調べるために待っている警察官のチームの方に歩き出した。

 今日はこのまま休業するしかないかもしれないが、別にそれでもかまわない。伸吾がきょう救ったものは、二人の人間の命だけではなく、過去の自分でもあるのだから。


 そしてこの一年後、夫婦と男の赤ん坊が乗ったATX205号が「自家用」の表示を出してドライブするのが目撃されるようになるが、それはまた、べつの物語である。


(完)


ポイント評価・感想大歓迎です。

連載ものもやってますので、よろしければどうぞ。

5/29 質問いただきました。はい。ATXとは"Armed Taxi"の略です。

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[一言] はじめまして。 スピーディーですね。そして主人公がかっこいいです。 映画のカーチェイスを見てるようでした。 僕もタクシー運転手を主人公にした話を作ってみたいと思ってしまいました。 決ま…
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