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近くて遠い人

 私と勇佑の間には埋められない差が存在する。


 努力ではどうしようもない決定的な、それはもう大きな差が存在する。距離で言ったら日本とブラジルの位置関係くらいかな。そのくらい離れた何かがあるのだ。

 私と勇佑は幼馴染でいつも一緒だった。遊びに行くのも、ゲームをするのも、何をするのも一緒。それなのに二人はまるで違っていた。


 私がテストでとっても残念な点数を取っていても、勇佑は当たり前のように九十点台を連発していたし、対人ゲームをやった時も私が負け越すのが常だった。おまけに背は私より大きいし、博識で色々と知っているし、もう何から何まで私とは全然違う。


 正直、嫉妬したことは何度かあった。でもそれはどうして私はこんなにもできないんだろうという自己嫌悪からくる感情で、別に勇佑自身を疎ましく思ったからではなかった。


 私の中で勇佑は何でもできて格好いい人、それでいて私なんかに付き合ってくれる人。まるっきり違う私達だけど、今までがそうだったように、これからもずっと一緒にいる。そう思っていた。


 そんな二人の関係に変化が訪れたのは高校受験を控えた中学三年生の夏。勇佑は私にこう言った。


「俺さ、東高受けるつもりなんよ」


 東高は県内一の高校だった。中学で一番賢い子が行く高校。それが東高。好成績な勇佑であれば、目指して当然の高校と言える。だから私は驚くでもなく言った。


「そっかぁ、頑張ってね」


 別に素っ気なく言った訳ではない。ああ、勇佑は頭がいいから東高を受けるんだな。それ以上の感慨をその発言から受けていなかった。ただそれだけだ。


「理恵はどうすんの?」


 突然の問いに虚を衝かれて思わず黙ってしまう。私は勇佑みたいに頭が良くない。きっと行けそうなところを受けて、分相応な高校に収まるのだろう。進路についてはその程度にしか考えていなかった。だけどそうなった時に勇佑との関係がどうなるかを今日まで真剣に考えたことはなかった。


 もし私が東高とは違う方向の高校に進学したら、今までみたいに一緒に登下校することはなくなってしまう。お互いの家はそれほど遠くないから全く会わなくなるなんてことはないと思いたいけれど、環境が変わりゆく中でそれもどうなっていくか分からない。


 幼稚園から小学校へ、小学校から中学校へ。ずっとずっと変わらない環境の中でお互い少しずつ大人になっていくと思っていたのに、社会の構造は人を同じ環境のまま留めておいてはくれないのだ。


「受かりそうな私立高校を適当に受けるかな。そしたらさ、勇佑とは離れ離れになっちゃうかもね。私勇佑みたいに賢くないし」


 自嘲気味に話す私の姿を勇佑はただ黙って見ていた。それも何か考え込む様子で。勇佑の頭の神経細胞は今まさに目まぐるしく活動しながら、何かを導き出そうとしているのだろう。しばらくの沈黙の後、勇佑はふいに口を開く。


「もし理恵が嫌じゃなかったらでいいんだけど、一緒に東高受けん?」


 それは思ってもみない提案だった。私が一緒に東高を受ける? 勇佑と?

 呆気にとられる私を余所に勇佑は言葉を続ける。


「俺が勉強見るよ。分からないところとか教えたりして……だから俺と受けん?」

「私が勉強できないのは勇佑も知ってるでしょ。自分の勉強も大変なのに、私のことなんて気にしてたら、受験に失敗しちゃうかもしれないじゃん。勇佑だけ受けなよ」

「そこは大丈夫。よゆーってほどじゃないけど、東高は普通にしてたらいけると思ってるし。それに理恵と一緒な高校に通いたいしさ」

「何それ、何か嫌味ー」


 突然の提案にぶうたれてみた私だけど、内心はとても嬉しかった。勇佑は私と同じ高校に通いたいと思ってくれている。この関係性を終わらせまいとしてくれている。それが何よりもありがたかった。真面目な顔の勇佑を見て、生半可な気持ちで誘っていないことは十分に分かった。だとすれば私がやるべきことはただ一つ。


「分かった。私も勇佑と一緒に東高を受けてみる」


 無謀な挑戦だと自分でも思う。それでも勇佑の提案を無下にはしたくなかった。

 東高への受験を決断してからは毎日がジェットコースターのようにせわしなく過ぎていった。勇佑は自分の塾の時間とは別に私に勉強を教える時間を設けてくれた。何でも人に教えると自分の復習にもなって良いのだとか。頭の良い人の考え方はよく分からない。


 塾に通う余力はうちにはなかったけれど、学校の先生に分からないところを質問したり、放課後にちょっとだけ残って自習したりと勇佑に頼りっぱなしではなく自分一人でも懸命に勉強した。その甲斐あって、成績はめきめきと良くなっていった。


 授業中は常に居眠りタイムで、宿題は存在自体忘れてしまうほど勉強とは無縁だった私がここまで頑張れているのは、勇佑があの時真剣な顔で私に同じ高校を受けようと言ってくれたから。思いに報いたくて入試当日まで我を忘れて勉強に打ち込んだ。そして――。


 学校終わり、私と勇佑は二人並んで帰っている。季節はあの頃と同じ夏。高校三年生の私たちは、うだるような暑さにうんざりとしながらもお互いの家に向かって歩を進めていた。高校生になって勇佑はさらに身長が伸びた。そのせいで話しかける時に若干見上げないといけなくなった。私の身長はそれほど変わっていないというのに、勇佑ときたらどうしようもない。


 三年前と違うのは身長だけではない。勇佑が着ているのは紺色のブレザー、そして私が着ているのはセーラー服だ。胸に取り付けられている校章も別の高校のもの。


 そう、私は勇佑とは同じ高校へは行けなかったのだ。死ぬ気で受験勉強をしたお陰で何とか勇佑が通う高校と同じ方面にある公立高校に滑り込めはしたのだけど、やはり県内一の高校には届かなかった。対する勇佑はと言うと、当たり前のように東高を受けて合格。やっぱり勇佑は勇佑だ。


 そんな勇佑は今、東京にある国立大学の進学に向けて必死に勉強しているらしい。大学に進学する経済力がないという事情もあったけれど、私は私で地元にある服飾の専門学校に進学したいという目標がある。


 受験という一大行事は三年前のあの頃と同じように私たちを別の道へ進ませようと見えない力を働かせてくる。見えざる斥力を憎らしく思う一方で、流石の私も大人になったからか仕方のないことだと飲み込む余裕を持てるようになってきた。


 人間の関係性は絶えず変化していく。仲良かった友達も、周りが引いちゃうくらいのバカップルも、先輩と後輩も。始まりがあれば終わりが必ずある。いつまでもお手々を繋いで人生という荒波を仲良く乗り越えていくことはできない。


 それは私と勇佑も同じ。幼馴染という属性がなくなってしまうことはないけれど、今日二人で並んで歩いて帰っているように常に一緒に居続けることはできない。


 だから、覚悟を決める。


 行っちまえ、行っちまえ、勇佑なんてどこにでも行っちまえ。東京の大学でも、世界的な企業でもどこまでも行っちまえ。勇佑は私とは違って世の中で大活躍できる人だ。もっと言えば世界で活躍できる人かもしれない。これは大げさな評価ではない。常に隣で見てきた私だからそう思うのだ。背中にある大きな翼を動かして、勇佑はどこまでも飛翔していく。


 私は勇佑といつも一緒だった。でも二人はまるで違っていた。

 近くて遠い人勇佑は私を置いて先に進んでいく。これは残酷なことなのだろうか。そうは思わない。勇佑が前に進むように、私も前に進む。


 私も頑張るから、勇佑も頑張れよ。分かれ道に差し掛かった時、心の中でそうエールを送りながら、私は勇佑に手を振った。

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