07. 翡翠の女神からの啓示
※ 2026/2/23 加筆修正済
◇ ◇ ◇ ◇
「大聖女様……」
マリーは驚愕の表情をして壇上のダイアナを見つめていた。
だが、その黒き瞳は戸惑いを隠せなかった。
マリーは肉体は逞しかったが、まだ十四歳の巫女だ。
彼女の魔力は非常に高いが、本人は自分が大聖女になどと夢にも思っていなかった。
ただただマリーはダイアナをいたく尊敬しており、いつもダイアナの側にいる一番弟子になれただけで幸福で、彼女に野心などこれっぽっちもなかった。
ダイアナは次になるべき大聖女はマリーだと微塵も疑っていなかった。
それに神殿や聖教会で結界を張るのを常にマリーは見ているので、結界のやり方は知っている。
──とはいえマリーはまだ巫女だ。聖女にもなっていない。
魔力は申し分ないとしても、果たして翡翠の女神がマリーを気に入るかどうかだわ。
◇ ◇
「ならぬぞダイアナ、カミラが大聖女だ、その力がカミラにはある!」
アレックスはそんなダイアナの懇願をまったく辞さない。
「何故ならカミラは、幼き頃から魔力はお前よりも数段上だというではないか!──本来大聖女になる資質はカミラだったはずだ。前の大聖女はお前を個人的に贔屓してたというぞ!」
「その通りですわ、殿下。お姉さまも小さい時から私の魔力の実力をご存じでしょう!」
カミラは鼻の穴を膨らませて自慢げに言った。
「カミラ、確かにあなたの魔力は強力で過去に、私も羨ましいと思った時期もあったわ」
「あらまあ、一応はわかってらしたのね」
カミラはダイアナから褒められて、まんざらでもないと更に鼻の穴を膨らました。
だがダイアナはカミラの自慢など一切無視して冷静に言い切った。
「だけどあなたには事の重大さが何もわかってない。いくら魔力が強くても大神殿を守っているのは翡翠の女神様よ、女神様は男に穢れた女人に“碧き力”はけっして与えない!」
「ああ~まただわ~!私を穢れた女だってえ~!殿下~お姉さまが私を侮辱しますうぅ!」
カミラはわざとらしく泣き崩れてアレックス王子にべったりと寄りかかる。
「ダイアナ、お前は再三にわたって俺の婚約者を愚弄してばかりだな。ええい神官たち、こいつの魔力を奪う事は叶わんのかあ──!」
「アレックス殿下、無理でございます。大聖女の魔力は神殿内では強力すぎます。やはりこの場合、王宮追放が一番よろしいかと……」
アレックス王子の隣にいた年老いた神官長がいいだした。それも腰巾着みたいにぺこぺこしながら、王子をやんわりと宥める。
「なんと神官長、あなたは神殿と聖女を守る立場ではございませんか!」
ダイアナは老齢の神官長に向かってキッと翠の瞳を見開いた。
「そもそも大聖女の解任は、国王と神官の幹部たちの決議で決めるはず、何故神官長のあなたが私の解任を止めなかったのです?」
「だまらっしゃい、ダイアナ! お前はもう大聖女ではない。神官長の私に忠告するなどもっての他だ!」
と神官長はダイアナに怒鳴った。
「!?」
この老いた神官長は、これまでダイアナにも常にペコペコと遜っていたが突然ガラリと変わった。
──まあ、この神官長はなんて日和見主義なの、まさかこんな低俗な男だったとは!
私の眼は節穴だったわ、今までこんな奴を平然とのさばらせていたのね。
ダイアナは自分自身を戒めるように唇をグッとかみしめた。
──でも、困った、どうしたらいい?
このまま私が王宮から追放されたら二か月後には神殿の結界が消えてしまう。
それが分かっていながら、みすみす神殿から離れる訳にはいかない。
ダイアナが苦慮しているその時だった──。
ダイアナの脳内に翡翠の女神からの“啓示”が宿る。
「!?」
何?⋯⋯今の啓示は!
あ、もしかして翡翠の女神像が私に忠告してるの?
啓示は再度ダイアナに示した。
(そうですダイアナ、ここは一旦退きなさい!大丈夫、あなたはまたすぐに戻ってこれます!)
──翡翠の女神さま……
聴き間違いではない、翡翠の女神さまが啓示を示された!
ダイアナは感知した。
◇ ◇
「おい、ダイアナ、俺の話を聞いているのか?」
アレックス王子が発した。
「あ……」
ダイアナは我に返った。
「──わかりました。アレックス殿下の仰せの通り、私は王宮を離れましょう。ですが皆さま方、私の話は絵空事ではけっしてございません。これだけは御忘れなきよう肝に銘じてくださいませ……」
と言ってダイアナは王子たちに冷たく微笑んで、自ら纏っていた大聖女の称号たる聖衣を壇上に脱ぎ捨てた。
そのまま静かに礼を拝して大神殿を後にした。
◇ ◇
「けっ、なんつうこったい!」
突然、一人の立派な体躯をした王宮騎士団の若者が忌々しげに舌打ちした。
もぐもぐと頬を膨らましているのは、レモン飴を3つも同時に舐めているせいだ。
「おい、静かにせんか!」
側にいた騎士団長が若者に注意をした。
「…………」
若者は返事もせずに、もぐもぐと飴をなめ続けている。
神殿内での飲食はご法度だ。にも関わらず平気でもぐもぐと飴を頬張っている男の口元を、側にいた騎士等も横目で見ながら呆れ果てていた。
その間も、もぐもぐ男はダイアナの後ろ姿をじっと凝視していた。
このふてぶてしい若者、先ほどダイアナが“処女”と言った時、口笛を吹いた軽薄男であった。




