07. 翡翠の女神からの啓示
※ 2025/6/3 加筆修正済
◇ ◇ ◇ ◇
「大聖女様……」
マリーは驚愕の表情をして壇上のダイアナを見つめていた。
だが、その黒き瞳は戸惑いを隠せなかった。
マリーは肉体は逞しかったが、まだ十四歳の巫女だった。彼女の能力はとても高く、いつもダイアナの傍らで働いている一番弟子でもあった。
ダイアナが神殿や聖教会で結界を張るのを常に見ているので、マリーも結界のやり方は知っている。
──だが、マリーはまだ巫女だ。聖女にもなっていない。
果たして翡翠の女神がマリーを気に入るかどうかだわ。
◇ ◇
「駄目だ、カミラが大聖女だ!」
アレックスはそんなダイアナの懇願を辞さない。
「何故ならカミラは、幼き頃から魔力はお前よりも数段上だというではないか!──本来大聖女になる資質はカミラだったはずだ。前の大聖女はお前を個人的に贔屓してたというぞ!」
「その通りですわ、殿下。お姉さまも小さい時から私の魔力の実力をご存じでしょう!」
カミラは鼻を膨らませて自慢げに言った。
「──カミラ、確かにあなたの魔力は強力で、過去に私も羨ましいと思った時期もあったわ」
「あらまあ、一応はわかってらしたのね」
カミラはダイアナから褒められて、まんざらでもないと更に鼻を膨らました。
「だけどカミラ、あなたには事の重大さが、何もわかってない。いくら魔力が強くても大神殿を守っているのは翡翠の女神様よ、女神様は男に穢れた者に“碧き力”は与えない!」
「ああ~まただわ~!私を穢れた者だってええ~!殿下~お姉さまが私を侮辱するううぅ!」
カミラはわざとらしく泣き崩れて、アレックス王子にべったりと寄りかかる。
「ダイアナ、お前は再三にわたって俺の婚約者を愚弄してばかりだな。ええい神官たち、こいつの魔力を奪う事は叶わんのかあ──!」
「アレックス殿下、無理でございます。大聖女の魔力は神殿内では強力すぎます。やはりこの場合、王宮追放が一番よろしいかと……」
アレックス王子の隣には腰巾着みたいに、ぺこぺこしている年老いた神官長が、王子をやんわりと宥めた。
「神官長、あなたは神殿と聖女を守る立場ではございませんか!大聖女の解任は、国王と神官の幹部たちの決議で決めるはず、何故あなたは私を解任させたのです?」
「だまらっしゃい、ダイアナ! お前はもう大聖女ではない。神官長の私に忠告するなどもっての他だ!」
と神官長はそれまでとは打って変って、ダイアナに怒鳴った。
これまでは常にペコペコと、大聖女のダイアナにへいこらしていた者が突然ガラリと変わった。
──この神官長は、なんて日和見主義の男なの。
私はこんな奴を平然とのさばらせていたのか。
ダイアナは悔しそうに唇をかみしめた。
──でも、どうしたらいい?
このまま私が王宮から追放されたら、二か月後には神殿の結界が消えてしまう。
それが分かっていながら、みすみす神殿から離れる訳にはいかないわ。
その時だった──。
ダイアナの脳内に翡翠の女神からの“啓示”が宿った!
「!?」
──何?⋯⋯今の啓示は⋯⋯。
もしかして翡翠の女神像が私に忠告してくれたのか?
啓示は再度ダイアナに示した。
『ダイアナ、ここは一旦退きなさい!大丈夫、あなたはまたすぐに戻ってこれます!』
と諭したものだった。
◇
「おい、ダイアナ、俺の話を聞いているのか?」
アレックス王子が発した。
ようやくダイアナは我に返った。
「──わかりました。アレックス殿下の仰せの通り、私は王宮を離れましょう。ですが皆さま方、私の話は絵空事ではけっしてございません。これだけは御忘れなきよう、肝に銘じてくださいませ……」
と言ってダイアナは王子たちに冷たく微笑んで、自ら纏っていた大聖女の称号たる聖衣を、壇上に脱ぎ捨てると、そのまま静かに礼を拝して大神殿を後にした。
◇ ◇
「けっ、なんつうこったい!」
一人の立派な体躯をした王宮騎士団が、忌々しげに呟いた。
もぐもぐと頬を膨らましているのは、レモン飴を3つも同時に舐めているのだ。
そしてダイアナの後姿をじっと注視していた。
このふてぶてしい若者は先ほど、ダイアナが“処女”と言った時、口笛を吹いた騎士だった。