18. 魔物が消えた後、女神との交信(2)
※ 2025/6/2 加筆修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
『啓示の交信』とはいってみれば翡翠の女神がダイアナと直にお話をしたいという事。
よほどの事がないと、女神からの啓示の交信はあり得ない。
少なくてもここ何百年かは翡翠の女神は大聖女へ『啓示』はしても『交信』は皆無だった。
翡翠の女神は、それくらいダイアナが昔から大のお気に入りだった。
女神は子供の頃から、ダイアナを有望視してた。
◇
ダイアナは平民の出なのに黄金の髪を持つ翠の瞳。
どこにいても際立つほどの美しさを持った娘。
何故こんな綺麗な子が孤児院にいるんだろう?
人間社会ていうのはとんとおかしな世界だよ
ほら、あそこにいる鼻垂れそばかすだらけの、みっともない娘が公爵令嬢なんだと!
とんとおかしいさね。
孤児のダイアナの方がよほどご令嬢だよ!
魔力も凄い、ふん、巫女になるなんざ朝飯前だろう。
ダイアナは言ってみれば月の巫女だよ!
おお、麗しの可愛いディアーナ!
新月の弓を持つその姿は永遠の聖処女さね。
あんたは死ぬまであたしのもの。
うん⋯⋯そう思ってたんだけどね──。
あんたが捨てたと呟いた家族の絆とかの夢を、叶えてあげたくなっちまったのさ。
これはいつものあたしの気まぐれ⋯⋯
愛しい黄金の大聖女ダイアナ。
◇ ◇
初めての交信の時、翡翠の女神は私にこう言った。
『ダイアナ、あんたも何も見えない空間に向かって、あたしにぱくぱく話すのもアホっぽいから、石碑像に話しかければいいよ!』
「はい、分かりました」
ダイアナは石碑の女神像に頷いた。
石碑の女神像は口角だけ上下に動いていた。
──なんだかおもしろい。彫刻の女神様の口だけでもパクパク動いてると生きてる人みたいだ。
こんな聖女冥利はないわ、とダイアナは感激していた。
それに、ダイアナが毎日、崇め奉る御方なのだが、女神の話し方が余りにもくだけた平民のおばちゃん風だったので、ダイアナに緊張感は殆どなかった。
『ダイアナ、この度はよくがんばったね。新米の頃とは見違えるように結界のパワーが上達したじゃないか。今回、あたしは高みの見物だったよ』
「ええ、そうだったのですか? 嘘みたいです。ありがとうございます」
『あたしの『碧き力』は軽く添えたくらいだったからね。きっとあんたが、巫女時代からずっとあたしを敬って精進してきた成果だね!──これは例外だけど、あたしはあんたが巫女になる前から、ピカピカ光る魔力のある子どもだなあと、ずっと観察してきたんだ。……だからあんたにあげた翡翠の魔石もプレゼントしたの覚えてるかい?』
「え? あの洞窟で見つけた魔石は女神様からだったのですか」
『そうさ、孤児院で凄い魔力を持った子供が二人いたけど、あんたの魔力の方が、カミラより清らかだったからね、ちょっとからかってみたくなったんだ』
──え、清らかだとからかいたくなる?
そういうものなの?
ダイアナは少し戸惑った。
「ま、まあ……なんて事でしょう。ではあのメッセージも女神さまが認めたのですか?」
『そうよ、瞬間移動は面白かっただろう!』
「ええ、最初はびっくりしましたけど、でもおかげでこうして神殿に来れましたし」
『まあね、あたしの気まぐれも捨てたもんじゃあないわね』
──女神様ってこんなに、悪戯好きだったなんて。
ダイアナは、翡翠の女神と交信してると、今までの高尚な女神像がガラガラと崩れそうだった。
『ああ、気にしなくていいよ。高尚な女神像なんてないない。あんなの見せかけだよ……あたしだって石碑の中では肖像画みたいにすましてるけど、実際はこんなんだし……』
「は、はあ……」
ヤバい、女神様は私の心を全てお見通しなのね。
『大丈夫だよ、ダイアナ。あたしはあんたの心なんて手に取るように分かるから、今更どってことないわ!』
ダイアナは納得して、そして観念した。
『それで交信したくなったのは、可愛いあんたにご褒美あげようかなって!』
「──褒美……ですか?」
『うん、そう。巫女のマリーだっけ? あの赤毛の偉丈夫の弟子さんも順調に育ってきてるみたいだし、これまでダイアナは通常の聖女の十倍くらい頑張ってきたから、ここらで大聖女のお役目御免にしてあげてもいいかなと』
「え、女神様、お役目御免とはどういう事ですか?」
なんだろう? ダイアナはちょっと不安になった。
『大丈夫、あんたには悪い話じゃないと思うよ。まあその内わかるよ』
「はあ……」
『それにあんたは更なる別のお役目が待ってるしね。ま、あれも相当ヤンチャだから、これからあんたはアイツを操縦させんのに手を焼くだろうね』
──アイツって誰かしら?
翡翠の女神はダイアナの疑問には答えず話を続けた。
『大変だろうが、しっかり者のあんたがついてれば、あのヤンチャも何とか大成するだろうよ。なにせアイツは頭はバカでも魔力はピカイチだから!──あたしはアイツのそこを買ってるんだよ。だから困った時はあたしもあんたたちを助けてやるよ!』
──さらなるお役目? ヤンチャな子? 翡翠の女神様は長々と何を仰ってるのだろう?
ダイアナは翡翠の女神がにやにやと、楽しそうな口調だが、実際何をいってるのかよくわからなかった。
『あ、ヤンチャがきたよ!あたしの神殿には部外者のオノコは禁止だけど、今日だけは特別に許してあげよう。じゃあダイアナ、またね!』
「あ、待ってください、女神様──!」
ダイアナは思わず立ち上がってしまう。
石碑の女神はいつもの微笑む動かないオカタイ肖像画になってしまった。
──女神様とのせっかくの啓示交信がちょっとで終わってしまった。
ダイアナは我に却って、神殿内を見回すとシーンといつものように静まりかえっていた。
違っているのは、壇上の血の後と破壊された机と椅子や調度品、それと床や傷ついた柱だった。
普段のダイアナなら、水と風魔法で掃除したろうが、今日は魔力を使いすぎてそれができない。
ダイアナは気を張り詰めていたものが緩んだせいか、ガクッとよろめいた。
酷く気分が悪い。
それでも立ち上がり、歩きだそうとしたが、眩暈がしてよろけて倒れそうになった。
「大聖女──!」
とっさにダイアナの身体を支えた、逞しい男の両腕の感覚。
エドが目の前にいた。
「エド……なぜここに……」
ダイアナは薄れゆく意識と戦いながら、エドの顔を見つめた。
「大丈夫か、しっかりしろ!」
「あなた……なぜここに……」
「なぜここにじゃねえよ!──俺さあ、あんたが急に孤児院から消えちまったから、泡食ったぜ、一言、あんたが俺に魔物退治に神殿へ行くって言ったら加勢してやったのによ!」
「エド……」
「俺、初めて会った時、最初に言ったろう、いつだってあんたを護衛するって!」
エドのすみれ色の瞳がいつになく濃かったから本気で怒っているんだろなあと、ダイアナには分かった。
「あ……ごめんなさい」
「……いいよ。もう…それより、ダイアナ、顔が真っ青だぜ。魔力消耗しちまったんじゃないか!」
ダイアナはエドが自分をこんなにも、心配してくれてるのが妙に嬉しかった。
またいつもの「汝、男子は寄るな、ヒール!」とするのさえ気が回らないほどつかれていた。
今のダイアナにはガッチリとしたエドの胸の中が居心地良かっった。
「しかし、この神殿の有り様はひでえなぁ⋯⋯魔物やっつけたんだって?……途中、庭で家令たちが沢山騒いでいたから。皆あんたは凄い大聖女様って騒いでたぜ。やっぱりあんたは俺が惚れた女だけあるぜ」
「エド……でも女神様のおかげなのよ……」
──ふふっエドってホント、子供みたいによくしゃべるわね。
多分、どこかで翡翠の女神が私たちを見てそのうち怒り出すかも
あ、でも女神がいったヤンチャ!てもしかして?
だが──ダイアナはそのまま目を閉じてしまった。
完全に意識が遠のいたのだ。
「ダイアナ!!」
エドの叫びはダイアナには届かなかった。