17. 魔物が消えた後、女神との交信(1)
※ 2025/6/6 修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
ダイアナが魔獣退治をしている最中──。
神殿から離れた王宮庭園にある礼拝堂では、巫女のマリーや聖女たち、彼女らと逃げ延びた神官、護衛騎士らが、多くの神殿にいた者が大聖女の勝利を必死で祈願していた。
いつしか礼拝堂の周辺は王宮の従者たちも、多数加わり、彼等から事情を聴いた王族や諸侯まで、緊急事態だとベッドから起き出して集り出していた。
その為、礼拝堂周辺は真夜中だというのに、人々でごった返しになっている。
既に夜空は神殿結界が消えてからは、真っ黒な雲に覆われて大雨がザーザーと降っていた。
「不吉な雨と雷だな……」
王族のひとりが心配した。
「大聖女は大丈夫なのか?」
「わかりません、巫女がいうには一人で魔獣と戦っているそうです」
御付きの家令が答えた。
「だれか助けにいかずともいいのか?」
「ええ、聖女様お一人でいいと、逆に邪魔になるからと本人が拒否したとか……」
王宮殿に住む者たちも、ようやく一大事と気付いてきた。
人々は固唾を呑んで、黒い雨煙りに覆われた神殿を注視している。
今は『神殿に魔獣発生!』と、王宮の警護騎士団から王宮全体に知らせがあり、神殿立入禁止令が出されていた。
その他、礼拝堂の中で必死に祈りを捧げる者。
魔獣からケガを受けて聖女に治癒されてる者と
多岐に渡ったが、皆の気持ちはただ一つ。
「どうか魔獣が消えて夏の結界が張れますように!」というものだった。
そして半時ほど経ったろうか──。
魔物が侵入してから王宮殿の上空は、暗雲立ちこめて大雨だったが、いつしか空は明るくなり夜空に明るい新月が顔を覗かせはじめた。
急に上空が明るくなって、夜空に満天の星が輝きだしたのを見た人々は、口々に歓喜の声をあげた。
「雨が止んだぞ!」
「ああ、大聖女さまが魔獣をやっつけたんだ!」
「きっとダイアナ様が新しい結界をかけてくださったんだ!」
「ああ翡翠の女神様、ありがとうございます、心から感謝いたします!」
マリーたち礼拝堂で祈願していた者たちも、庭園の大歓声が聞こえてきた。
祈りの途中だったが、庭へと飛び出していく。
「ダイアナ様が夏の結界をかけてくださった、翡翠の女神様、ありがとうございます!」
マリーが天を仰いで喜ぶ。
その他の巫女や聖女たちも、手を取り合い大喜びで、翡翠の女神に更なる感謝の祈りを捧げた。
◇ ◇
「ふう、なんとかうまく行って良かったわ……」
その頃、ダイアナはマリーに「自分一人でできる」と豪語したが、実際初めての魔物封鎖のヒールを発動したのだ。体はへとへとに困窮していた。
──ああ、今回も翡翠の女神様のおかげだわ。
私一人では、けっして魔物に太刀打ちできなかったし、夏の結界も張れなかったに違いないわ。
ダイアナは女神の石碑像の前に行き跪いた。
そして両指を組んで、勝利の報告と感謝の念を込めて祈願した。
「翡翠の女神よ、我に碧き力を与えて下さり、誠にありがとうございました。おかげさまで魔獣は冥界へ戻り、新たなる結界も張れました──ただ、アレックス殿下や妹のカミラを始め、多くの犠牲者を出してしまった事、心より深くお詫び申しあげます──私の力の無さ、彼等に対して慙愧の念に堪えません。どうか彼等の彷徨う御霊を弔わせてください。」
ダイアナは祈願の途中、自然にアレックスやカミラへの弔いの言葉が出た。
やはり、眼の前で魔獣に飲み込まれた、元婚約者と義妹への思慕が溢れ出てきたのかもしれない。
一時は憎いと思った二人であったが、されど一番長く自分と縁があったのもアレックスとカミラなのだ。
ダイアナは戦いが終わって、大聖女の責任からの緊張が無くなり、己の弱き心がどっと押し寄せてきたのだろう。
◇ ◇ ◇
『ダイアナ〜!そんなに落ち込まなくていいわよ。冥界もそんなに悪いもんでもないのよ』
「え?」 ダイアナは目を開けた。
『──まあ、あの二人は人間界でも行いが汚いからさ、自分から魔獣の仲間に入ったようなものよ──確かに魔獣は臭いし、汚いし見た目も怪物だけどさ~でも、あっちはあんなのゴロンゴロンいるからね〜すぐにアレックスとカミラも、魔獣の容姿に慣れると思うよ。ほら〜住めば都っていうじゃん!』
──へ? 何?
一体誰が私にペラペラしゃべってるの?
思わずダイアナはキョロキョロと辺りを見回す。
『ああ違う、こっちこっち、あんたの前にいる。あたしだよ!翡翠のおばちゃんだよ〜!』
「!?」
──翡翠のおばちゃん?
ダイアナの翠色の瞳は、目の前にある石碑の女神像を食い入るように見つめた。
確かに女神が私の顔見てニマニマしてるううぅぅ!?
この声は翡翠の女神だった。
ダイアナの感謝と懺悔の祈りに呼応したのか、翡翠の女神はダイアナと『啓示の交信』をしてみたくなったのだ。