15. 大聖女、神殿に戻る!王太子夫妻の断末魔!
※ 今回も、残酷な描写があります。ご注意ください。
※ 2025/6/1 加筆修正済
◇ ◇ ◇ ◇
神殿の春の結界が消えたせいで、マリーたち巫女が球体形の結界をかけた回りだけが白く輝いていた。
後は異様に死んだカラスのような眼をぎょろっとさせた巨大な爬虫類の魔獣たちが、黒光りの鱗を光らせて何匹も神殿の壇上を占領し始めていた。
──これが魔獣たちの姿か、なんて醜くて獰猛な姿だろう、まるで野獣だわ!
ダイアナの目の前には、大神殿の中柱ほどある大きなトカゲの巨大魔獣が一匹、アレックスとカミラを前足で掴んで壇上にそびえ立っていた。
既に二人の顔は爪でひっかかれて、胴体の服も切り裂かれ体中血だらけだった。
彼等は今にも魔獣に食べられそうだった。
その巨大魔獣の後ろにも、魔獣たちが何匹もいた。
「うっ!」
ダイアナは壇上の真上を見ると、彼等を閉じ込めていた闇の扉が大きく開いていた。
──あの扉が翡翠の女神がいう冥界へと続く穴!
そこから、つぎつぎと魔獣たちが神殿に侵入してきた。
神殿を見渡せば、その数、十匹以上はいるだろうか。
魔獣たちは目覚めたばかりのせいか、動きがやたらと鈍かった。
小さい魔獣などは、眠そうに目を掻いてひっくり返っていた。
一度ひっくり返るとなかなか起き上がれない。
それでも運の悪い人々は逃げ遅れて、ある者は踏みつけられ、ある者は魔獣に捕まっていた。
壇上は血飛沫と血だらけの川のようだ。
そこらかしこに血の匂いが充満していた。
「ぎゃあああ、助けてくれ!!」
「わあああ、死にたくないいいい!」
王子とカミラの他にも、二人の側に居た神官たちが、眼を醒ました小さいトカゲ魔獣の獰猛な前足で捕まってしまう。
小さい魔獣といっても、人間の数倍以上もある大きさだ。
捕まったのはあの日和見主義の神官長だった!
カミラは魔力を消耗したのか、髪も瞳の色も元の茶色に戻っていた。
アレックスとカミラは、二人一緒に獰猛な魔獣の手の中にいた。
アレックスとカミラは意気消沈していたが、目の前にいるダイアナに気付いた。
「おお!ダイアナ……!」
「ああ! お姉さまああ!」
「──カミラ、アレックス殿下……」
「よく来てくれた、どうかこの魔獣をやっつけてくれ!」
「お姉さま〜助けて〜!お願い、私の術がなぜかここでは効かないのよおお!」
アレックスとカミラは血だらけの顔で泣き叫ぶ。
ダイアナは瞬間、二人を助けようとヒールをかけようと身構えたが、すぐにその場で立ち止まった。
「くっ……」
ダイアナは一瞬、声にならない声を上げた。
───駄目だ、二人は既に巨大魔獣に体を捉えられた!
余りにも残酷だが魔獣がアレックスとカミラを仲間とみなしたのだ。
ダイアナは魔獣の臭気と、自分の纏う聖気で瞬時に彼らの絶望を理解した。
※ ※
地底の魔獣は、己と同じ悪臭を放つ生物を好んで食べると言われている。
だが──真実は食べるのではなく、魔獣はお腹に好きな獲物を飲み込むのだ。
魔獣に飲み込まれた獲物は、新たな自分たちの仲間に引き入れる証だった!
魔獣自体も人間から見たら怪物だが、冥界へ戻れば普通の生物となんら変わりはない。
──冥界の生物は地上に来ると怪物になるだけなのだ!
ダイアナは無念そうに、二人の悲惨な姿を凝視した。
「申し訳ありません、殿下、カミラ。残念ながら私が来るのが少し遅すぎました。あなたたちは魔獣に捉まってしまった──つまり魔獣が選んだ人間を助けられない!──あなた達はそのまま魔獣として生きるしかないのです」
「な、なんだと──!」
「ひぃぃ……お姉さま、何を血迷った事を……」
「いいえ、事実なのよ、カミラ!」
二人の絶望した顔を見つめながら、更にダイアナは続けた。
「アレックス殿下、今さらいっても遅いが、なぜ貴方はたった一年くらい、私との結婚を待てなかったのか!──さすれば私は大聖女を引退してあなたの妻になったのです!」
「……ダイアナ」
アレックスは、ダイアナの悲痛な叫びを聞いて、後悔の念が全身を貫いた。
「そしてカミラ! あなたは大聖女の仕事を何もわかってはいなかった!今、あなたを捕まえている巨大魔獣を地底から目覚めさせたのは他でもない、カミラ、あなたのせいなのよ!」
ダイアナは冷たく言い放った。
「──あなたの聖女としての心根が、己だけでなく、もう少し他者に向けてれば、私より何倍も立派な大聖女になれたのに……あなたは己の欲望に負けてしまった!」
「お姉さま……あ……ああ……」
カミラの表情もアレックス同様、後悔の念は抱いてはいた。
だが──それでもカミラは『可愛い妹が怪物に食われそうだっていうのに、こんな時さえ姉は説教たれるんかい!』と堅物のダイアナに憎しみで一杯だった。
だがアレックスは違った。
「その通りだよ、ダイアナ、俺が悪かった、俺が愚かだった、許してくれ……これからは心を改めよう、だからお願いだ……どうか助けてくれ~」
「あ、うう、そうよ……お、お姉さま、私も私も悪うこざいました。謝りますう……お願いだから、どうか助けて、お姉さまは私の姉でしょう!!」
二人の必死の願いを聞きながらも、ダイアナの心は二人への憐憫が何故か湧いてこなかった。
ただ今ここで思うのは──この諸悪の根源を作ってしまった元婚約者と義妹の愚かさ。それをこれまで放置した大聖女である、己の責任を後悔する方が強かった。
「グワァァァアアアアァァッ!」
巨大なトカゲ魔獣の雄叫びが、大神殿中に轟渡った。
そして魔獣は死んだカラスのような眼を、ぎょろっと左右に動かして、アレックスとカミラをじっと睨んだ。
「「ひっ……」」
そのままトカゲ魔獣は大きな口の中に、アレックスとカミラの身体をごっくんと飲み込んでしまう。
それは束の間、二、三秒間の出来事だった。
「⋯⋯⋯⋯ゥッ」
トカゲの魔獣の口の中で二人の小さな蠢く声が微かに聞こえた。
魔獣は大きなげっぷをして腹回りをポンポンと叩いた。
それを目の前で凝視したダイアナの表情は、まったく動じてはいなかった。