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海賊王女と船長騎士 The Piracess & The Knighrate  作者: よーじや
ベノワック湖の戦いと吟遊将軍 /The Nobadour VS The Nobadour
9/11

白竜の血

ギヨーム老はリュートを爪弾く。

挿絵(By みてみん)


「我々の分断の理由──それは、貴女方王家の歴史とその背景にある妖精達の争いと共にございます。外つ国の白竜派と我が国と共存する赤竜派──前者筆頭がベノワック湖の乙女ビビアン、後者筆頭がサイコラクス湖の乙女モーガン様……そう!貴女の御母上だったわけですな。」


家の分断すらも、彼が語れば叙情詩の語りに変わってしまう。

しかし、ジョアンナが受け入れられない事実は変わらない。


「……まさか、この争いは湖の乙女同士の王権の奪い合い……なのか?」


ピキ…。

ジョアンナは頭痛と共に、追憶の中の敬愛する母親の顔にヒビが入ってしまったと思った。

思わず額を抑えるジョアンナだが、ギヨーム老の空色の瞳からは目を逸らさなかった。


もし母親の真の狙いが血統による揺るぎない王を据えることだろうと、ジョアンナがミリアムを制することになるのは変わらない。

変わらないのだが、辛い。


「詩的ではない言い方をすれば、そうなりましょう。我々はそれでも──精霊との調和を重んじるジョアンナ様を王にすることに疑いなどありませんぞ!モーガン様の教育や判断も素晴らしいものでしたが──何より貴女様が素晴らしい成長を遂げていらっしゃいますからな」


彼はそう言うが、実際ビビアンやニビアンはなぜミリアムを女王としたかったのだろうか。

ジョアンナには、王族としてのミリアムはよくわからない。


覚えているのは、父の肩越しに突き刺さった憎しみの眼差し。

その金色の眼光に潜む燃え立つような怒りは、今思えばジョアンナにとって回避しようのない宿命を予感させるものだった。


「……あなたや叔父様は、ビビアンや即位後のお姉様には会ったのか?」


「勿論。息子は、陛下の炎のごとき激しさに心を灼かれてしまったのです。最愛の妻が民の混乱に巻き込まれて亡くなったが為に……愚かな民は、陛下のような力ある者に導かれるべきだと。それが彼の求める道でありロマンの形でした」


芝居がかっている悲劇的な口調がどこか虚ろで、さらなる悲哀を感じる。

リュートの旋律も悲しく切ない。


ジョアンナは思いだす。

まだただの王女だった頃、戦争の最前線にいたノートマン公の軍が押された時があった。

その時叔母も立ち上がり、戦争で行くあてもなくなった民らの犠牲を少なくするべく、戦場の近くの街で支援をしていたが──暴動に巻き込まれ、命を失った。


母モーガンも、彼女の貴族としての誇り高い死を讃えていた。

ジョアンナも悲しみながらも、王族としてかくありたいと思ったのだ。


「それだけじゃないだろうけどね。お父様は、ビビアンの仲間に何か吹き込まれているのさ。あの人の『影』も、お父様を通したビビアンの指示についていけなくて、逆らったりこちらに裏切ろうとしてほとんどが殺された。でも目的のためなら、最早どうでもいいんだろう。あの人は心を失った」


リシャールは無表情で素っ気なくそう言うと、席を立ってジョアンナの手を取った。


「お父様の部屋を案内しよう。そこの従兄殿にとっても、手っ取り早く状況を理解してもらえるだろうしね」


「それが良いな。リシャール、白竜の古文書にも目を通してもらえ。無論お前も読むといい」


頷くリシャールの手を取って、ジョアンナも立ち上がる。

アーサーJr.と、興味が湧いたのかアリエルまで、リシャールの後に続いて部屋を出た。


「なあ、リシャール。お前本当に大丈夫なのか?親父と殺し合いになるんだぞ?」


「大丈夫も何もないよ。お祖父様に付こうがお父様に付こうが何もせず見てようが、ノートマン公爵家の殺し合いは止まらない。ならば僕は、僕の正しいと思ったことをするまでだ。従兄殿は僕に説教をするより、ジョアンナの味方を減らさないために行動を見直すべきだね」


「お前がそう言うなら勝手にしろ。でもお前……うちの王様の味方になるつもりなら、親父とやり合って心が乱れてるって言い訳はねーからな?」


「……二言はないよ。」


ジョアンナは険悪な二人のやり取りにため息をつき、最後尾を目を輝かせながら歩いていたアリエルを盾にする。

完全に彼女の存在が意識外だった様子のリシャールは気まずそうに視線を泳がせ、彼女に敵わないアーサーJr.はげんなりした顔を見せて黙った。


「二人ともー、もっと激しく喧嘩してもいいのよー?遠慮しなくてもいいのにー」


「あはっ。そうだなアリエル。二人の優しさが身に染みるよ」


「あららー?ジョアンナはよく分かるのねー。わたしはよく分からないのー。特にリシャールはね、まとう空気とー、話す言葉とー、表情もみーんな違うから、なんだか新鮮で面白いわー」


「そそ、そうかい?まあ貴族たるもの本心を出すべきではないね」


耳まで赤くなったリシャールが取りつくろって先頭を歩くが、アーサーJr.は目をぱちくりさせている。

彼にも分かってしまったらしい。


「おいおい……正気で言ってんのかッ……?!……ってぇ……」


ジョアンナはアーサーJr.を小突いて黙らせると、きょとんとしているアリエルに無理矢理拳をコツンと合わせてから、しれっとリシャールの後に続く。


「ははは。本心を出すべきじゃないと言うけど、私の記憶では叔父様はかなりの愛妻家だった覚えがあるよ」


「……ノートマン公爵家はいちいち大袈裟なくらいに恋に落ちるからね。お父様もそうだが、お祖父様やご先祖様も皆そうさ。当人の合意がない婚約をすれば、必ず『道ならぬ恋』に走ると言われるほどだ」


リシャールは咳払いをすると、扉を押してジョアンナ達を部屋に通してくれる。

人気のない寝室には、ジョアンナも見覚えのある赤い髪の女性の絵が飾られている。

挿絵(By みてみん)


「叔母様……!」


「僕の『影』によると、お父様は湖の乙女と竜の力でお母様を蘇らせたいようだ」


「……そんな事、エレイン様もできたのか?アリエル」


「土に還った人間を、っていうことー?よみがえらせるのは無理だと思うわー。アーサーのおじ様達は、イグレイン様とエレイン様に守られていたものー。それに、赤竜の血があったからできたことなのよー?」


赤竜の血。

その言葉を聞いて、リシャールは険しい顔で奥に引っ込むと、数冊の本と丸めた羊皮紙を持ってきてジョアンナ達のすぐ側のテーブルに置いた。


「なら、白竜の血なら……?」


リシャールの瞳が、アーサーJr.を映す。


ジョアンナは嫌な予感がした。

建国神話の頃、赤竜と敵対した白竜。

もし白竜がまだ存在するとしたら、建国神話での戦争の際に協力した妖精と共生している可能性がある。


ならば、その妖精──湖の乙女ビビアンの側にいる者は?


ジョアンナの視線を汲み、リシャールがジョフロワの竪琴を手に取り爪弾いた。

彼女の求める答えが、歌になる。




──ベノワックの霧は幻惑。


はしばみ浮かび 揺蕩う影に 白き星は現れん


王を倒す者よ、奇跡のちからを手にせよ!


湖の乙女と白竜の主が、新たな討伐者を祝福するだろう!




「あらこれ、むかし白竜側が歌ってたものと同じかしらー?」


アリエルは、リシャールの歌に歌を重ねる。

ハーモニーを奏で、歌は更に重みと威厳を増してジョアンナの胸を震わせる。




──新たな白竜の王は、赤竜の子らを打ちのめさん!!!




「……驚いた、あなたも知っているなんて」


「長生きだから知ってるだけよー。でもどうしてこの歌を歌ったのー?」


リシャールの喉が、唾を飲み込んで動いた。


「……アーサー、君の母であるジェニファー様は、白竜の可能性が高い」


「?!……ま、待て待て待て!じゃあ俺とミリアムは……」


ジョアンナとアーサーJr.の視線がかち合う。

あんなにずっと一緒にいたのに、あと一歩の距離がやけに遠く感じる。


「あ、アーサー……!大丈夫だ、気にするな!そんなの関係ない!!!ミリアムがダメなのは、ビビアンと一緒に妖精によって人間を支配する国を作ろういう野望を持っていることだ!私が願うのはただ……」


ジョアンナは思わず叫んだが、それは自分に言い聞かせたかったのだ。


「私はただ、みんなと……」


思わずこぼれた本音。

ジョアンナはその先を言おうとして固まった。


(何を、言おうとした)


「おい、ジョー!どうした?!」


「な、何でもな……!」


涙がこぼれる。こんな様子を見せて、「何でもない」で通じるわけがない。


しかしジョアンナは気がついてしまったのだ。

王として育てられ、何人もの犠牲の上に生きてきた彼女が、本当に望んでいたことに。


しかしそれは、王として望んではいけないことだ。


「言えよ、ジョー。忘れてほしいことなら、忘れてやるから言えよ。」


ジョアンナは、アーサーJr.に抱きしめられる。

痛いくらいに抱きしめられて、ジョアンナは子供のように泣きじゃくった。


「……ずっとみんなで旅がしたい。みんなと一緒にいたい……!!……こんなこと考えるなんて、私はミリアムよりも王失格だ……」


「そんな事ねーよ。でも、さすがに疲れるよな。……なあリシャール、ちょっとジョアンナを部屋でゆっくりさせてやってくれ。」


「あ、ああ……。」


ジョアンナは、アーサーJr.に支えられながら部屋に向かう。

自分が発言したことで取り返しがつかなくなったのではないかとぼうっと考えながらも、子供のように涙が止まらなかった。


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