新・赤竜王の上陸
「ジョアンナ、聖剣を奪い賊になり下がる」
この衝撃的ニュースは、たちまち王都を席巻した。
貴族の社交場や騎士の詰め所だけでなく、酒場の世間話も市場の商談の話題も何もかも、「国賊」という新たな不満の矛先を求めていたのだ。
ジョアンナという希望に縋りついていた民は、口を閉ざしてやり過ごすほかない。
ミリアム女王に恭順していない地方貴族達ですらも、女王からの苛烈な報復──処刑を恐れて港を封鎖するなどの措置を取った。
その結果、ジョアンナ達は港に寄れば罵声を耳にした。
国民による非難を聞く度、ジョアンナの心はえぐられる。
「お前ら、あの売女の娘……ジョアンナの海賊船じゃねぇだろうな?!さっさと出ていきな!!」
「てめっ、この……!勝手なこと言いやがって!!!」
「アーサー!……すまない。騒ぎになるし、もう行こう」
当然アヴァロン島から先、ジョアンナ達は着港を拒否される。
食料の補給ができない彼女達は、亡きアーサー船長の地図を頼りに、豊かな水と食料のある島を転々としながら更に南へと向かった。
「みんな、苦しい思いをさせてすまない……!私のせいで、食べるものにも困ることになって……」
「そう気にすんなよ。どうせ船の上には新鮮な水や食料なんて長く置いておけねーんだ」
「ジョアンナ様こそ、しっかりごはんを召し上がってくださいまし!きっと大陸に向かえば、港にたどり着くことができますわ」
「……アーサー。ヘレナ。」
落ち込むジョアンナに、ヘレナが寄り添って元気づけてくれる。
しかし彼女は、ヘレナの言葉をすんなり受け入れられるわけがなかった。
かつてモーガン王妃が亡くなった時、ヘレナとポルクスはジョアンナのために故郷を離れ、家族を失ったのだ。
しかし、彼らが命を張って頑張ってくれているのだから、その努力を無駄にしてはいけないのだが──
「どーせ心配するなら、ノートマン公爵のギヨームじーさんに会った時にどうするかを考えてくれよ。じーさんには、俺が……この俺が絶対に会わせる。だから大将は、舐められないように体調整えるのが役目だろ。な?ジョー」
ジョアンナの不安な様子に、アーサーJr.は眉尻を下げてジョアンナの頭をポンとなでる。
アーサーJr.もまた、未知のことばかりで不安に違いないというのに。
「ドレーク船長ー!目印の岬が見えてきたわー!」
「船長、お願いします!」
「アイアイ!……じゃ、ジョー。もうじきオラクルセトだから、ちゃんと食っとけよ。な?」
見張りをしていたアリエルと操舵を代わっていたポルクスに呼ばれ、人懐っこい笑顔を残してアーサーJr.は去っていった。
「ジョアンナ様──ジョー様、大丈夫ですよ。ジョー様には、心強い味方がいるではありませんか。貴女のお兄様も、アリエル様も、ポルクスも……微力ですが私も。それにこの辛さも、ジョー様ならきっと女王となった時の力に変わるでしょう。モーガン様なら、きっとそう仰られましょう」
「お母様なら──」
ジョアンナはその言葉にハッとすると、思わず立ち上がって船のヘリに身を乗り出した。
かつて母親と見たサザンハウスの海と同じ海が、ここにも広がっている。
── これからはもっと国の色んな所を見ていってほしいわ……。
「それが、王としての……務め」
ジョアンナの脳裏に、母親の優しい笑顔が浮かぶ。
ミリアムの統治だって、今のこの国の一面だ。
ジョアンナは海の向こう、オラクルセトの方角を見据える。
(そうだ、見ないと……!この国の辛いことも、悲しいことも……。)
母親の言葉の真意に気がついたジョアンナは、かつて共に見た海の景色を心で重ね合わせる。
(きっと戦争なんかで港が封鎖されたら、同じ思いをする民がいるかもしれない。似たようなことで苦しむ民も出てくるかもしれないのだから。何より、これ以上お姉様の好きにさせたらダメだ。だから、落ち込んでいる場合じゃない!!)
じわりと滲んだ涙をぬぐい、ジョアンナは胸に手を当てて深呼吸した。
(大丈夫、私の信じるお母様はここにいる)
「おいコラ、ジョー!飯食えって言ったとこだろーが!」
ジョアンナを見つけたアーサーJr.が、遠くから怒鳴りつけてくる。
けれどその顔は、ジョアンナの元気そうな姿を見た安心のためか、緩んでいる。
思わずジョアンナは笑って手を振りかえした。
「あはっ……。悪い、今食べるっ!」
アクイテイン地方にある、ノートマン公領の港町オラクルセト。
この地でもやはり入港制限が敷かれているようで、多くの船が港で押し合いへし合いして混乱しているようだった。
アーサーJr.の策としては、ここで開港を待つ船に紛れている間に、こっそりアリエルとアーサーJr.でオラクルセトに降り立ち、密かに公爵に接触するというものだ。
しかしそこに、巨大な船が割って入る。
空を覆うような白い巨大な帆の上──海賊船を見下ろす物見台の上には、白鳩と月桂樹の紋章がはためいている。
「あれは……ノートマン公の紋章?!」
ジョアンナは思い立つと、すぐに船長室に行って羽ペンをとった。
危険な思いをしてアーサーJr.達がオラクルセトを移動するよりも、今交渉できた方がいいに決まっている。
「アリエル、頼むよ」
「はーい、まかせて。ちゃんとお手紙渡してくるわー。」
くるくる巻いて封蝋をした羊皮紙を携えたアリエル。
ジョアンナは彼女の体が風になり、一瞬吹いた強風と共にノートマン公爵の船に移動したのを見守る。
向こうの船では、突然現れたアリエルに騒然としている。
アリエルは剣を向けられているが、いつもと変わらない笑顔のままだ。
彼女は風になれば、切られることはない。
しかしジョアンナとしては、そのアリエルの余裕にはらはらしてしまうのだが。
「あらー、豪華な服のあなた……ノートマン公爵のご家族かしらー?風の妖精アリエルが、あなたにお手紙を持ってきましたのー。」
アリエルはそう言うと、ジョアンナの方に目配せする。
兵の後ろにいた、豪華な服の栗色の髪の少年が、ジョアンナを目にしてから慌てて前に出てきて、羊皮紙を開いて中を確認する。
「なっ……君は、彼女の遣いなのかい?」
「そうなのー。もしかして、あなたがリシャール様かしらー?わたしたち、できるだけ早く公爵様とお話ししたかったのよー。」
「そうかい。……全く、僕は非常識な従妹達を持って苦労するな。僕はお祖父様に話を通すから、もう少し普通の船に紛れて待っていてくれたまえ。」
リシャールは不服そうな顔をしつつも、ジョアンナに片手を挙げて「待て」とジェスチャーする。
ジョアンナはほっと胸をなでおろす。
プライドが高く気難しい彼だが、こういう優しさがあるからジョアンナは彼が結構好きだった。
まだ彼がジョアンナをミリアムの元に送る可能性もゼロではないが、とりあえずはオラクルセトで皆を下ろしてやることができそうだ。
しばらくして、ノートマン公爵が着港を許してくれた。
表向きは、ジョアンナ一行──リシャールの部下の一部が賊に捕まり、その時の船を奪ってオラクルセトまでなんとかたどり着いたということになったらしい。
「ありがとう、リシャール!なんとお礼を言えばいいか……。」
「フン。話は城に帰ってから……ッ?!」
「ジョアンナ、覚悟!!!」
人混みの中から男が現れ、ジョアンナの目の前でリシャールに切り掛かってきた。
それにアーサーJr.は反応し、聖剣を抜き放って刃を跳ね返した。
「ポルクス、後ろを頼む!……クソッ、どんどん現れやがる……!」
海賊の頭だけあって、アーサーJr.は容赦なく敵を斬り倒していく。
しかし敵もかなりの数。すっかり囲まれてしまっている。
ジョアンナも応戦すべく聖剣を抜くが、横からリシャールに手で制された。
「どうやら、僕の父とうちの領民達が迷惑をかけたようだ。──君を狙っている!」
「どういう……」
リシャールの父であり、ギヨーム老の息子である次代ノートマン公爵であるジョフロワ。
ジョアンナにとって叔父となる彼だが、やはり反逆者とされる者を受け入れるのに反対なのだろうか。
しかし、話す余裕など今はない。
リシャールはジョアンナに向けられた剣を弾き返そうとしてくれるが、やはり多勢に無勢だ。
「リシャール!」
ジョアンナは、リシャールに向けられた剣を次々と弾き返す。
相手は手だれ。大きな体躯から放たれる剣戟は重く、腕ごと持っていかれそうだ。
しかしジョアンナは負けない。怯まない。
敬愛する赤竜の王の迫力と剣技に比べれば大したことはない。
何より、負けたら終わりだ。
母親の意志も、赤竜王の想いも、この王国も、仲間達も。
「はあっ!!!」
「ぐ……ジョフロワ様、ミリア……ム、陛下……」
ジョアンナは低く屈んで剣をかわすと、すねを切りつけて敵を思い切り蹴り倒す。
そして、リシャールと背中合わせになって剣を構え直す。
「……私だって戦えるんだ!もう従兄殿に守られるだけのかよわい姫じゃない!」
「へぇ……それは、残念!だっ!!」
心底嫌そうなリシャールの声に、ジョアンナは思わず唇を噛む。
貴族らしさを重んじる彼にとっては、「粗暴で」「力に訴える」今のジョアンナの変化は好ましくないだろう。
だからといって、大人しく彼に守られているつもりもない。
この命の危機を脱して、何としてでもギヨーム老に会わなくてはならないのだから。
敵は真っ先にジョアンナを狙って向かってくる。
ならば、それを蹴散らすほどの力で迎え撃つまでだ。
「アリエル!頼む!」
ジョアンナの言葉に呼応して、アリエルが暴風と共に背後に現れた。
彼女はすぐそばにいたリシャールにウインクをすると、指を拳銃のように構える。
風が凪ぐ。
しかしそれは瞬きをする間の出来事でしかなく。
「どっかーん♡」
アリエルの言葉と共に、荒れ狂う暴風の刃があちこちで血飛沫を上げる。
ジョアンナに切りかからんとしていたならず者達は皆、一瞬でかまいたちにより切り刻まれてしまったのだ。
倒れる敵を見て、脂汗を滲ませたアリエルがにまっと妖精らしい悪い笑みを浮かべながら倒れる。
ジョアンナは、背後から襲いかかろうとした敵を光る聖剣で切り伏せ、アリエルに手を伸ばす。
「アリエル!ありがとう。……大丈夫か?」
「ふふ……。大丈夫よ、船長……。自分自身の全力でイタズラするなんて、久しぶりでつい力んじゃったわー。船長の作戦通りサプライズが成功して、すごく楽しい……!」
アリエルを支えるジョアンナの後ろで、「ナイスアリエル!」と笑うアーサーJr.とポルクスが駆け抜けていく。
この乱闘も、すぐに終わるだろう。
「ジョアンナ、君達はいったい……」
驚き固まり、興奮と戸惑いに声を震わせるリシャール。
ジョアンナはアリエルと目を見合わせると、リシャールにニカッと笑って答えた。
「聖剣に選ばれた正当な王の卵と、その仲間だよ」
ジョアンナは光り輝く聖剣の血を払うと、鞘に納めた。
遠くでジョアンナを不安そうに見ていた民に気がつくと、安心させるように微笑んだ。
リシャールは頭をガリガリとかくと、ジョアンナ達に手招きした。
「……後ろ姿は貴族らしく、頼もしくなったじゃないか。さ、公爵家へ急ごう」
当初リシャールは三番目の追加キャラの予定だったのですが、ようやくここまでたどり着けました!
このストーリーの中で一番好きなキャラです〜
(画像はウェーブボブにならなかったけど雰囲気がよかったので採用しました)