二人の王、二人の船長
「ジョアンナ様!Jr.君!……」
「ポルクス!……よかった。みんなは無事か?!」
ポルクスはアーサーJr.の船長帽を見て、一瞬固まった。
「!……それが……。とにかく、船へ!」
小舟で戻った海賊船には、ポルクスとヘレナとアリエルだけが生き残っていた。
船のあちこちには、粉々になった白骨と崩れた服で小さな山ができていた。
「ああ、ジョアンナ様!ご無事でよかった……!先ほど海賊の皆様方が、いっせいに崩れ落ちて……骨になってしまって……!」
「?!イザール!みんな……!!」
アーサーJr.が、亡骸一つ一つに駆け寄る。
ジョアンナもたまらず駆け寄った。
彼らは元々酒ばかり呑んで、ほとんど食事をしていなかったことを思い出す。
赤竜王と同じ時代の人間だったのか。
彼の命が尽きると共に皆、逝ってしまう契約の魔法だったのだろうか。
「みんな……!どうして置いていっちまったんだよ……!!くそおおおおお!!!」
慟哭する痛ましいアーサーJr.に、ジョアンナは泣きながら後ろから抱きしめる。
湖での聖剣の授与から、転がり落ちるように悲しいことが起こりすぎた。
それはジョアンナにとっても辛く悲しい試練だったが、目の前のアーサーJr.の心を思うと居ても立っても居られなかった。
母親が亡くなったという事実を聞いた日に、黙って寄り添ってくれた彼だからこそ、だ。
そんな悲しみに暮れる船に似つかわしくない、風に運ばれるような足音がジョアンナ達に近づいた。
「泣くのも悪いことじゃないのよー。でも、泣いてる場合なのかしらー?」
「な……んだと?!」
凄むアーサーJr.に、ジョアンナが割って入る。
この風の妖精は喧嘩を売っている様子もなく、ごく自然な疑問を持って天真爛漫に尋ねたように見える。
「アリエル、代わりに私が聞くよ。」
「あらそうですー?でも、おじ様の船を動かせるのは、アーサーだけだと聞いたんですものー。この船の船長で、ジョアンナ様の騎士ですってねー。そのジョアンナ様は、一刻も早く王様にならないといけないんじゃなかったかしらー?」
「なんだとこの……っ!」
アーサーJr.は、目を剥いてアリエルを睨みつける。
しかし、ジョアンナと目が合うと目を逸らし、握った拳を下ろした。
ジョアンナはほっと胸を撫で下ろしつつも、アーサーJr.が心配でならなかった。
「アリエル、ありがとう。でも、私は王になりたいとはいえ、私のために民が無理強いされるのは好まないんだ。アーサーに無理はさせたくない」
「あらー。優しいのはいいことだけれど、それではミリアム陛下は倒せないのではないかしらー?それに、おじ様が亡くなって悲しいのは、アーサーだけではないでしょうー?」
アリエルの言葉に、アーサーはハッとしたようだった。
ジョアンナと、申し訳なさそうな金色の目が合った。
「すまん。俺は、ジョアンナにも親父との別れをさせねーで……ガキみたいに駄々こねて……」
「……とりあえず、叔母様に謝ってみんなで墓参りに行くか?ここのみんなも、島で一緒に眠らせてやろう」
ジョアンナが笑って言うと、アーサーJr.はジョアンナに跪いた。
ポルクスとヘレナもそれに続く。
「あらあらー、わたしもまぜてくださいなー」
アリエルも、続いた。
ジョアンナは、亡きモーガン王妃と赤竜王アーサーの遺志を継ぎ、再び航海の旅に出ることにした。
とはいえ、初めての航海だ。
どこを目指し、何をするかを考えるだけでも一苦労となってしまう。
まずは皆で船長室に集まり、作戦会議をすることになった。
「お姉様の情報も知らないと、何を優先すべきか検討がつかないな。まずは港町を目指すか?」
「それならまず、さっき海賊船組が倒してくれた女王の船を漁ってみるのはどーよ。ついでに海賊らしく、資金も調達できりゃ万々歳よ」
その言葉に、アリエルはパッと能天気な笑顔をみせる。
「あら素敵ー!じゃあ、張り切って海賊として初のお仕事開始ねー!みんな行くのかしらー?さっそく船に運んであげるわー。」
「それは自分とヘレナが!ヘレナ、準備を」
「はいはーい。できたら言ってくださーい」
「アリエル」
ポルクスとヘレナを見送るアリエルに、ジョアンナは声をかける。
「あなたが来てくれることはエレイン叔母様から聞いた。ありがたいんだが……それでも、あなたは嫌ではないのか?叔母様からも離れて、戦いにも巻き込まれて」
アリエルは呑気にうーんと考えてから、思いついたようにあっと声を上げる。
「だって、楽しそうなんだものー。エレイン様のところに仕えていたら、ずっと同じ。何十年も、何百年も」
「手強いと思ったら……筋金入りの性悪ばーさんじゃねぇか」
「うふっ……元気な子は好きよー。もっと元気に噛みついてくれてもいいのよー?」
「いでっ」
ニヤリと笑ったアリエルは、アーサーJr.にデコピンを喰らわす。
予想外の威力に、思わずアーサーJr.は額を抑えて恨めしそうに彼女をにらんだ。
「今の時代、ここまでの風の魔法を使える妖精はいないと思うのだけどー?風のウワサでは、だけど。だから、湖の乙女相手に暴れるのはまかせてー。他にもやったことがないことは、なんでもやりたいのよー。ジョアンナ様に、色んな世界を見せてもらいたいのー」
そう言うと、アリエルはキラキラした目でジョアンナの手をとる。
「ジョアンナ様みたいなひとと旅をしたら、きっと退屈はしないわよねー?」
その無邪気さのせいで、ジョアンナはなんだか心が和んでしまう。
王宮を出たばかりの自分の姿と重なったからだろうか。
「頼りにしているよ、アリエル!」
「うふ。洗濯物の乾燥から斥候でもなんでもまかせてー。それじゃあ、いってくるわー」
準備ができたポルクスとヘレナのノックの音を聞いて、アリエルは風のように去っていく。
ジョアンナがそんな彼女に手を振って見送った後、ぼそりとアーサーJr.が呟く。
「……ムカつくけど、ありがてーな」
「ちょっと元気出たか?」
「まあな。ちょっとは冷静になった。親父が過去に俺に残してくれた声も、今なら思い出せる」
アーサーJr.は涙の跡をこすると、船長室の棚に並ぶ本と地図を取り出す。
そして、ジョアンナの前の広い机の海図の上に広げた。
「親父が教えてくれたんだ。建国神話に出てくる場所を。──今回敵になったランスロットが育てられた湖も」
アーサーがピンを刺した場所は、王国の端の方だった。
王都がある本島ではなく海を越えた大陸にある地方、その中でも国境近くにあるベノワック湖。
そこが湖の乙女ビビアンの魔力の源だ。
「ビビアンに攻め入るなら、いつかはここに行かなきゃなんねー。けどその前に、ジョーの味方になってくれる奴を探したい」
次にアーサーJr.がピンを刺した場所は、同じく大陸方面の南方にある港町だ。
ジョアンナの目の色が変わる。
「アクイテイン地方ノートマン公領の港町、オラクルセト。ここはどうだ?」
「叔母様が嫁がれたところか!」
この領は父王の妹の嫁ぎ先だ。
現領主であるギヨーム老と、その孫でありジョアンナの従兄のリシャールは、かなりの戦上手である。
仲間にできれば心強い。
「しかし、お姉様に剣を向けるようなことをするだろうか?お姉様とも血が繋がっているわけだけど」
「親父が部下を通して領主と関わりがあったんた。俺も親父についていって、飯を食いながらそのやりとりを聞いたことがある。……わざと俺を連れてきたんだろうな」
「船長が?!……あ。元、だな。すまない……」
謝るジョアンナに、アーサーJr.は穏やかに笑って首を横に振った。
「謝るなよ。それより、俺に家名をくれないか?大貴族に名乗れる、格好いいヤツをさ。そうすりゃ、『アーサー船長』は親父で、『ナントカ船長』の方は俺だって分かるだろ?」
「分かった!考えてみる」
ジョアンナは、目の前に座る兄の姿をじっと見つめて考えた。
威厳があって、彼らしくて──できれば赤竜王とも繋がりのあるものがいい。
「ドラゴン──いや、綴りを変えて『ドレーク』だ。アーサー・ドレーク。海を食い荒らす蛮竜だ!どうだアーサー?!」
興奮したジョアンナの提案に、アーサーJr.も目を輝かせる。
そして机に転がっていた羽ペンをインク壺に浸すと、航海日誌のまっさらなページにその名前を刻む。
Capt. Arthur Draque、と。
「ドレーク!アーサー・ドレーク……!はは、最高じゃねーか!!」
ジョアンナは、喜びのあまり大きな黒犬のように興奮するアーサーJr.に強く抱きしめられる。
だがすぐに、アーサーの目にうっすら涙が浮かんでいるのに気がついた。
「さあ頼んだぞ、ドレーク船長!アーサー船長の正統な後継者は、あなたたけだ。そして、私の唯一の兄も」
「アイアイ!王妹殿下。……かなわねぇな、ジョーには。初めての保護者無しの航海も、震えてる場合じゃねぇ。──情けねぇ船長で兄貴だけど、きっと、もっとお前の力になってやるよ」
◆
そしてジョアンナ一行は、一路南へ向かうことにした。
アリエルの風が帆に風をはらませ、船は確実に目的地へと進んでいく。
そして船は小さな島を転々としながらも大陸へ向かい、やがてアクイテイン地方近くの海に入る。
しかし一方で、アヴァロン島の船の消息が途絶えたことに気づいたミリアム女王は、ジョアンナ達の捜索の手を広げていた。
王都近くの港はもちろん、地方の領地もジョアンナ達を捕まえるべく物々しい様子に侵食されつつあった。
その理由は、アヴァロン島での出来事のため。
「王の聖剣は盗まれた!」
ミリアム女王の忠臣である大臣が、玉座の間で甲高い声で叫んだ。
「あの妾の子──ふしだらなサイコラクスの女の子供が、遂にミリアム女王の反逆を企てたのだ!一層女王様の警護を強化し、汚らしい小娘を血祭りにあげるのだ!!」
おおっ、と歓声があがる。
血と暴力に酔って狂った女王派の貴族達の中で、中立派や元々ジョアンナとモーガンの味方をしていた貴族達は目立たぬようじっとしているしかない。
この空気感の中で下手を打てば、自分が血祭りにあげられるかもしれないからだ。
「あやつの存在は、最早売女の血で王族の血を濁すだけではなくなった。恥晒しで野蛮な、救いようのない盗人だ!」
玉座に座り、王笏を持ったミリアムは、長い黒髪を編み込みまとめており、輝くティアラをその上に戴いている。
静かで謎の多い彼女は、猛禽のような金色の瞳が何よりも雄弁だ。
常に怒りを瞳に宿しているからだ。
「あやつのことは、神の名の元にこの私が粛清する。ひっ捕らえて私の前に連れてくるのだ。多少腕やら脚が折れていても構わぬ。ビビアン、そなたも──よいな」
ミリアムが玉座の後ろを振り返ると、側に控えていた湖の乙女が歌うように答えた。
「仰せのままに、我が王よ」
女王の扇動により、多くの貴族はミリアムに付き従うこととなった。
ミリアムの強制的な捜査は王国全土に及び、ジョアンナはほとんど海の上のみしか居場所がなくなってしまった。
ミリアムとジョアンナの邂逅まで、時が迫る。
次回から、金曜週一投稿になります!
よろしくお願いします!