はじまりの王の最期
「はじめまして、ジョアンナ。わたくしはエレイン・サイコラクス。イグレイン・サイコラクスの娘で、あなたの叔母です。早速ですが、これからあなたに聖剣を授けます。」
エレインの自己紹介が終わるか終わらないかと言う時に、遠くからのものすごい大音が聞こえてくる。
「もしかして……大砲を使って戦ってるのか?!お姉様の軍相手に……」
「姫サン!いいから、剣を受け取れ!」
「でも……」
アーサーの様子を気にしてためらうジョアンナだが、やはりこの状況では聖剣を受け取る他ない。
「うーん……。わたしが後から来た船を遠ざけるために嵐にしたら、アーサーおじ様の船も巻き込んじゃいますねー?」
「わたくしの力を借りなければ、ちょうどよいのではなくて?アリエル。」
「あらー、たしかにそのとおり。エレイン様、ちょっと船にいるみんなを助けにいきまーす。」
「あっ!俺も……!」
アリエルに続いて駆け出そうとしたアーサーJr.を、船長が手で制する。
「アーサー。古き盟友と同じ名前を持つ少年よ。あなたにも聖剣を授けましょう。」
「な……?!」
エレインの掲げた手の上に、剣の形をした光が現れる。
それは二つに分かれ、一つはジョアンナの手に、もう一つはアーサーJr.の手に飛んでいった。
それぞれの光の剣は、二人の得意な獲物に姿を変えて実体化する。
ジョアンナは細剣、アーサーJr.はサーベルだ。
「白竜に与する湖の乙女・ビビアンが、ミリアム女王に力を貸しています。女王を退けて王位を勝ち取りなさい」
「待って!私だけでなく、Jr.も王になれる……のか?王の血統だっていうのか?!」
「間違いありません。わたしは、敵対する湖の乙女の魔法で狂って死にかけた幼い王子を、このアヴァロン島で治療しましたから。モーガン・サイコラクスによって救われたあなたを」
ジョアンナはその時ようやく女王・ミリアムの上に、幼くして亡くなった兄がいたことを思い出した。
その名前は、この国ではよくある王道のもので。
ああ、どうしてジョアンナは気づかなかったのだろうか。
彼の黒髪と金の瞳のその意味に。
「アーサーお兄様……だというのか……?だからお母様と船長は、私達を……?!でもこのままじゃ、お兄様はお姉様と戦うことに……。」
アーサーJr.は、黙って頭を横に振った。
「……あの処刑ジャンキーが妹だってーなら、止めてやんねーといけねーよな。俺は船長になるから王なんてどうでもいいけど、女王サマを止めるためには力がいる」
アーサーJr.は低い声でそう言うと、ふうと重いため息をついた。
「それに、姫サンを……ジョーを助けたいんだ。俺にとっちゃ、あんただって一緒に育った大事な妹だからな」
「ああ……!」
アーサーJr.の嬉しい言葉に、たまらず涙ぐむジョアンナ。
そしてアーサーJr.は、アーサー船長を一瞥する。
もちろん納得がいかないという表情だ。
「そう、決断してくれると思っていた」
「……だからって、こんなのはねーよ!絶対に……絶対にこの戦いを生き残れよな、親父!?はぁ……」
アーサーJr.は、背中を向けて試しに獲物を振ってみる。
聖剣に触れていると、いやに集中力が研ぎ澄まされ、体が戦闘モードになって燃えているような感覚にさせられる。
「聖剣……カリバーン。これを扱えなきゃ今の戦いを抜けられねーな。やってやる……」
ジョアンナもすぐに聖剣を構えてみる。
体が戦いのために作り変えられていく。
猛りによって視界が赤く染まるような、そんな感覚。
怖がってはいられない。
父と兄として慕う者達を、失うわけにはいかない。
「……私も、やってやる!船長から学んだ剣技、見せてやるからな!!」
「頼もしいことだ。……」
アーサー船長が小声で何かを呟いたが、それは侵入者によってかき消されてしまう。
「?!……ッ」
ジョアンナとアーサーが気配を感じ、剣を構えたその先。
草を分け入って現れたのは、鎧を着込んだ騎士だった。
騎士は一瞬で間合いを詰めると、アーサー船長に狙いを定めて飛びかかった。
「……ぐっ……!ランスロ……ットか?いや……」
アーサー船長には、敵の装備に見覚えがあった。
特に剣のうちの一振りは、かつて彼が死地への相棒として頼りにしていたもので。
敵の兜は、バシャッと音を立てて水と化す。
現れた素顔は、向かって左が男、右が女の顔の歪なものだった。
「俺は、わたくしハ、にびあんソシテ、ランスロット。アーサー様を、せきりゅうノおうヲ、……殺、ス。」
「チッ……相変わらず悪趣味な奴だ。酷い母を持ったな、ニビアン!ランスロット!」
アーサー船長はなんとか受け流そうとするも、押し負けている。
古傷を庇って体を丸めてしまっており、相手の苛烈な攻撃に反応できていないためだ。
「……ぐ……う……」
「だまレ!……止せ!せきりゅうノおう!」
その時、騎士の背後を貫いたのは光の細剣だった。
騎士はバシャッと水に変化すると、するりと船長とジョアンナの間から逃げ出した。
「船長!大丈夫か?!」
ジョアンナは船長を背中に、ぐるりと辺りを警戒した。
先程敵の言ったことが本当なら、船長は──初代国王である赤竜王アーサー。
敵は、赤竜王の最も信頼した側近であり、湖の乙女に育てられた騎士・ランスロットだ。
その名前は、かつて赤竜王すら失墜させた最高の騎士。
剣先が震える。
しかし、怯えている場合ではない。
王国の父でもある彼を救うには、敵わぬ相手だろうと立ち向かわなくては。
何より、ジョアンナの偉大で敬愛すべき祖先なのだから。
「らあ!!!」
アーサーJr.のサーベルが湖の騎士を追う。
しかし実体が無いに等しい敵相手に、剣はするりとかわされてしまう。
赤竜王の胸と口元からは、赤い鮮血がボタボタと吹き出している。
「……俺は、いい。だから、エレインを……この島を、守……」
「うるせぇ!……うるせぇよ……!そんなことできるかよ!畜生!!」
ジョアンナの胸も、アーサーJr.の悲痛な叫びと同様に張り裂けそうな気持ちでいっぱいだった。
赤竜王を無視などできるわけもないが、そもそも湖の騎士相手にどうしていいかすらも分からない。
守れない、このままでは。
「……エレイン叔母様!水の力を何とかできないのか?!湖から出て助けてもらうことはできないのか?!助けたいんだ!!!」
「アヴァロン島のために、わたくしはサイコラクス湖から離れられません。そしてニビアンはわたくしを警戒して、アーサーを殺すまでは湖に近づかないようにしています。彼女達がこちらに近づくか、あるいは……あなたが湖の乙女としての感覚を得る、か」
「それってどういう……!」
「わたくしとニビアンに、何か感じるものはありませんか?さあ、湖へ!」
「……くっ」
ジョアンナはアーサーJr.を置いて湖に向かい、足まで浸かる。
そして二人の湖の乙女に感覚をなるべく集中させ、感じ取れるものがないか探ってみる。
(湖の乙女の感覚──身体?水?妖精の……?普通じゃない感じ、とか魔法?……もしかしたら、精神……心も繋がっている?)
心。
この王国を巡っての、建国から今までに至る湖の乙女同士の争い。
目の前にいるニビアンは、自分という体を捨てて騎士と一体になってまで、アーサー船長を排除しようとしている。
ランスロットの時は……人間と言えるのか。
アーサーJr.を翻弄するあの姿は、妖精とも言えるのだろうか。
湖の──王国の核となる水源を支配する、妖精の王とも言える種族。
「!」
湖の水を通じて、アヴァロン島を巡る水脈がジョアンナに見えた。
その中で異質な、荒ぶる水が目の前にいるニビアンとランスロットだ。
その不自然な水に向かって、ジョアンナは働きかけてみる。
「あなたを助けましょう、ジョアンナ」
エレインがジョアンナを抱きしめると、ジョアンナの意識はさらに水の中に没頭した。
水の意識はニビアンとランスロットを捉え、その荒ぶる心に語りかける。
「なぜそんなに苦しそうなんだ。」
荒ぶる水は、苦しみと悲しみに溢れている。
ジョアンナにはこれが涙の塊のように思え、胸が締め付けられるようだった。
彼らもまた、できることならば救いたい。
そう思えるほどに、悲しみの奔流がジョアンナに流れ込んできた。
「ニビアン、利用されるために育てられた、あわれな弟を解放してやりなさい。そしてあなたも弟も未だに、あなたの母ビビアンに利用されていることに気づきなさい。」
「えれ、いん……!はズベキ『みずうみノおとめ』ノひとり!」
ジョアンナは、ニビアンの言葉にドキリとした。
ニビアンはジョアンナの顔を見て、ケラケラと笑う。
「りよう……?ヒヒッ!『さいこらくす』ヲほろボス。ソレハ、わたくしヲふくメ『みずうみノおとめ』ノそうい!」
「なん、で……」
「聞くべきではありません、ジョアンナ。わたくし達サイコラクスの湖の乙女は、誓って恥ずかしいことはしていません」
「にんげんニ、からだヲうった!ようせいノほこリモ、なにモなク!ヒヒヒ!!!」
「誇り……?」
ジョアンナを襲ってきた悲しみの奔流が、止まって逆流していく。
妖精の誇りなぞ知らないが、ジョアンナは知っている。
モーガン王妃こそ誇りのある貴族であり、王たる資質を持つ者だ。
優しく、強い。
それは誰に対しても。
この女も、皆も、何も分かっていない。
「なまいきナ……ころシテヤル!!!」
ニビアンはさらにエレインの力を押し返そうとする。
「く……」
「しネッ……!!」
その時、ジョアンナは思わずその場で聖剣を振り抜いた。
聖剣の刃は白く眩しく輝き、水の体を確実に貫く。
「それが例え事実だったとしても、関係ない。私はお母様の高貴な志を知っている!私は、その志を継いだ赤竜の王になる!」
「いぎ……ぃ……!マダ、おワランゾ……!マダ……」
ニビアンのうめき声と水と感情の渦巻きに、いきなり引き込まれ飲み込まれるジョアンナ。
溺れる感覚も束の間、ジョアンナは現実に引き戻された。
「はっ……アーサー!!!」
ジョアンナが叫んだところ、傷だらけのアーサーJr.がフッと笑って手を上げて応えた。
彼の前には、粉々になった骸骨があった。
「姫サンの刃、ランスロットに届いたみてーだ。こいつ、船長に謝って死んだよ。船長も……親父も、笑ってた」
アーサーJr.は笑みを作って赤竜王を指し示すも、つうっと涙がこぼれて嗚咽が漏れ出てしまう。
ジョアンナは赤竜王に駆け寄り、膝を折る。
光の無い瞳を見て、ジョアンナはもうどうにもならないことを知った。
震える手を伸ばし、彼の瞳を閉じさせる。
まだ知りたいことも、伝えたいことも、いっぱいあった。
「なんで……みんな私に黙って逝ってしまうんだ……!」
エレインは赤竜王に寄り添うと、その手を取る。
「彼の身体は、元々人の力を超えたもの。わたくしがアヴァロン島で預かります。あなた達は、船に戻りなさい。この戦いは終わりました。アリエルを含めた皆で、今後どうしたいか考えなさい。アーサー船長、導き手はあなたです。地図を広げれば、あなたの父の言葉がよみがえるでしょう」
「……できるかよ、クソッ」
アーサーJr.は、船長帽を目深に被り直す。
しかし赤竜王には背中を向けたままだ。
「アーサー、いいのか?!」
「俺は嫌だ……!あの親父が死ぬなんて、認められるかよ……!」
ジョアンナはアーサーJr.の震える肩を揺するが、彼は決して振り返らない。
「アーサーの馬鹿!!あなたが認めようと認めまいと、船長は生き返ってくれないんだぞ?!そんなに愛しているなら、どうして逃げ出すんだ!!!」
ジョアンナの手が、アーサーJr.に無言で強かに払い除けられる。
諦めずにジョアンナはアーサーJr.の前に回り込んで止めようとしたが、思わず手が止まってしまった。
いつも笑顔で余裕綽々の彼が、迷子になった子供のように不安に満ちた表情でボロボロ泣いている。
「ごめん……」
アーサーJr.も、ジョアンナを思わず強く払い除けてしまったことは不本意だったらしい。
その謝る表情すらも、ジョアンナには痛々しく思えた。
「ううん。じゃあ……全てが終わったら、また一緒に会いに行こう。それでいいから、また帰ろう。アーサー。それまでは……私も振り返らないから。」
ジョアンナはそう言って、アーサーの肩を叩いた。
いつも彼がジョアンナにしてくれるように、元気になってくれることを願って。
「……だから、叔母様!船長を頼む!!」
「幸運を祈ります」
ジョアンナはエレインに頭を下げると、アーサーJr.と共に船に戻った。
エレインが現れた時とは違う、いやに不気味な静けさが島を覆っている。
それは、深い悲しみが島の彩りを殺してしまったからかもしれない。
船ではまた、別の悲しみが二人を待ち受けていた。